3月8日の福岡市議会の条例予算特別委員会総会は、さながらロープウエー議会でした。共産党、市民クラブ、維新、みどりネットだけでなく、自民党までもがロープウエー予算削除の論陣を張ったからです(ただし自民党は「ロープウエーそのものには反対ではなく時期尚早だから」という理由ですが)。
ここで共産党の星野美恵子市議が質問を行い、市が「市政だより」で紹介している、有識者の研究会(福岡市ウォーターフロント地区アクセス強化研究会)の結論と、それをめぐる市の「Q&A」が、全くのデタラメではないかということを追及しました。
長々と書いてますが、時間がない人のために3点に要約したポイントを記します。
- ロープウエーは風に弱いことが専門家の常識だが、市長がつくった有識者の研究会ではそのことがまじめに検討された形跡がない。議事録では1〜2行だけ。
- 有識者の研究会に出され、市政だよりにも載せられたロープウエーの風に対する強さの数字は「風に弱くない」という結論を導くために、混ぜてはいけない、種類の違う数字を混ぜて記載している。「運転を止める風の強さ」だけでなく「柱がこわれない風の強さ」を混ぜている。
- ロープウエーが運転を止めるのは「風速毎秒15m」、他の交通手段は「25m」というのが実態。つまり「風に弱い」。
では、お時間のあるあなた、本文をどうぞ。
研究会では風についてまともな検討をした形跡がない
特にひどいな、と私が思ったのは、ロープウエーの「風に対する弱さ」についてです。
市政だよりではロープウエーの「耐風速」として「20〜30(m/秒)」として描かれ、他の交通手段はことごとく「25」とされています。
これを見るとロープウエーは「20〜30(m/秒)」ですから真ん中をとって「25」に見えます。つまり他の交通手段と比べても「遜色ない」ように見えるのです。
で、有識者のセンセイたちはこれをどう検証したのか。
3回研究会が開かれて、風に対する検討はたった1行。
〇ロープウェイは風に弱いという意見もあるが,他の交通システムと遜色ない。(第3回議事概要より)
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/61905/1/190109dai3kaigijiyoushi.pdf?20190222105514
これだけです。つまり事務局(市の担当者)が作った資料を眺めて、「へー、風に弱いっていうけど、けっこう強いんだね」と言っているだけなのです。完全にシロウトの発言です。鵜呑みといってもよく、まともな「研究」の形跡がありません。
以下に示す通り、ふつうにロープウエーの専門家の意見を聞けば、ロープウエーの風に対する備えは致命的な問題だとわかるはずです。
一方でロープウェイの弱点は、比較的、風に弱いことである。搬器〔ゴンドラ〕はロープにより吊され、風に揺れやすい構造となっており、風により搬器が大きく揺れた場合、支柱に衝突するといった事故に結び付く可能性もある。ロープウェイでは、風対策は重要な技術課題となっている。(交通安全環境研究所「風に対するロープウェイの安全性向上に関する研究」、2009年、強調は引用者)
まじめな「有識者」ならここを心配し、真剣に検討しなければなりません。
それなのに、「研究会」ではなぜ「遜色ない」などという結論になったのか。「有識者」が「研究」しないのであれば、せめて共産党市議団で調べようと思って調べたわけですが、調べてみるとこれがなかなかひどい。
混ぜてはいけないものを混ぜている
この「耐風速」とは何か。星野市議の質問に対して、住宅都市局長は、
鉄道事業法や軌道法などと言った法令に基づく設計条件の一つである「風荷重」や地形・気象条件などを踏まえ各運行事業者が定めた「運行見合わせを判断する風速」を記載したものです。
と答弁しました。これでアウトです。
「風荷重」というのは、簡単に言えば支柱などの構造物がどれくらい風に耐えられるかという基準です。「運行見合わせを判断する風速」というのは、どれくらいの風の強さになったら電車などを止めるのかという基準です。
みなさん、「柱がどれくらい風に耐えられるか」という問題と、「どれくらいの強風になったら運転を見合わせるか」という問題って同じだと思いますか? 全く別の問題ですよね。
両者を混ぜるとどんなデタラメになるか。例えばモノレールの運転停止基準は大阪のモノレールだと「福岡市政だより」にもあるように「25m/s」ですが、構造物の風荷重は「40m/s」です。同じ一つのモノレールをめぐる数字なのに、全然違うことがわかるでしょう(大阪府八尾土木事務所「第3回大阪モノレール 技術審議会説明資料」)。この二つを混ぜてしまったら、まともな比較ができません。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/10129/00224596/03_3siryou1.pdf
それなのに、福岡市の住宅都市局長は混ぜてはいけない2つの基準を混ぜて比較していることを公然と答弁してしまったのです。
念のため、 共産党市議団として国土交通省に聞いてみたんですが、両者は「まったく別の概念です」と回答がありました。国に聞いても両者は混ぜてはいけないのです。*1
だいたい、直前の2月議会の第4委員会へ出した資料(および研究会が実際に使った資料)には「運行見合わせ風速」としか記述していない(下図)わけですから、「風荷重」を勝手に加えてしまった住宅都市局長の今回(条例予算特別委員会総会で)の答弁は虚偽答弁といってもいいくらいです。
こんな不自然な「混ぜ合わせ」の数字を作ってしまったのは、後で述べますが、無理やり「ロープウエーは風には弱くない」というデタラメを研究会や市民に信じ込ませたいからです。
議員の質問を妨害する行為
質問の準備をするためにこの「20〜30(m/s)」の根拠を共産党市議団が住宅都市局の担当者に聞きに行きました。
そうすると「20」というのは、国土交通省監修の『索道施設設計標準・管理標準及び同解説』による「風荷重」のことだと説明しました。
『索道施設設計標準・管理標準及び同解説』に記されている「風荷重」の該当箇所を私も見せてもらいましたが、これは支柱の「風荷重」です。担当者に「支柱に対する風荷重のことですね」と何度も確認し、後日改めて星野市議からも同じ確認を担当者にしてもらいました。
じゃあ「30」というのは何かと聞くと、住宅都市局の担当者は「箱根ロープウエーの運行基準だ」と述べました。
「20」は標準設計にある支柱の風荷重、「30」は箱根の運行基準。
下限は支柱の「風荷重」の設計標準、上限は運行中止の基準――担当者の話を聞くなり私は心の中で「(゚Д゚)ハァ?」と思いました。市民が疑問に思っているのは「風が吹くとロープウエーはすぐ止まるっちゃろ?」ということなんですから運行基準の話だけでいいはずです。「なんでここに『支柱』の話が?」と異常さを感じたのです。
先ほど述べたとおり、「柱がどれくらい風に耐えられるか」という問題と、「どれくらいの強風になったら運転を見合わせるか」という問題は全く別の次元の問題です。
それを混ぜて作った「20〜30」という記載はデタラメそのものです。星野市議は、この問題を追及しようと考えました。
しかし。
しかしであります。
住宅都市局は、答弁の準備をしている最中に両者を混同してしまう重大性に気づいたのでしょう。
実際の議会での答弁は、「20」とはどういう数字かと星野市議が尋ねると、担当者の事前の説明と別のことを局長が口走りました。
函館山ロープウエーなどで秒速20m(の運行停止基準)の実例がございます。
「20」は「風荷重」の話ではなく、「運行の中止基準」の数字だという、事前の説明とは異なるすり替えを堂々とやったのです。単に議員への事前説明と食い違ったというだけでなく、その説明をもとに研究会の有識者のセンセイが「研究」をして結論を出したわけですから両者を混同させた表を作ったことは大問題であり、星野議員がこの点を批判しようと思ったのは当たり前です。それで星野議員は質問を組み立てます。
しかし、いざ議会の質問本番になると、その事前説明を覆してしまう。だから、質問の動画を見るとわかりますが、星野議員は事前の担当者説明と局長が全く違う根拠で答弁をしたことを抗議してますよね。
行政側にこういうことをやられると、議会質問が成り立ちません。「ご飯論法」みたいなもんです。いわば議員にウソをついて質問や調査を妨害するのと同じです。研究会にもデタラメの資料を出して有識者をだまし、議員に対してもデタラメな資料のまま説明し、質問の直前に矛盾に気がついて、こっそりと答弁で平仄を合わせる――こんなやり方が許されるはずがありません。
ロープウエーの実態を見れば「15」なのに
そして、ウソにウソを重ねるので、矛盾が深くなります。
つまり局長が新たに持ち出した理屈では、「函館山と箱根のロープウエーの運行中止基準を記したものが研究会に出した『20〜30』という資料の意味だ」ということになります。
もしそうであれば、上限の箱根の「30」の方はわかりますが、なぜ下限に函館山の「20」を持ってくるのかがわからなくなります。
なぜなら、全国各地のロープウエーの運行中止基準は下記のとおり、普通は「15」だからです。
運行停止風速(m/s) | 方式 | |
榛名山 | 15 | 自動循環式 |
宮島 | 15 | 自動循環式 |
御在所 | 15 | 自動循環式 |
金剛山 | 15 | 交走式 |
長崎 | 15 | 交走式 |
伊豆の国 | 18 | 自動循環式 |
新穂高 | 18 | 交走式 |
函館山 | 20 | 交走式 |
箱根 | 30 | 自動循環式(フニテル ) |
谷川岳 | 30 | 自動循環式(フニテル ) |
蔵王 | 15〜20 | 自動循環式(フニテル ) |
神戸布引 | 非公表 | 自動循環式 |
しかも函館山は、福岡市で採用しないであろう「交走式」です。*2
さらに言えば、函館山の「20」は突風の基準です。現地に確認しましたが、常時15m以上の風が吹いている場合は停止する基準を持っています。
絶対に「15」を市が認めないのはなぜか
実態から見てロープウエーの「耐風速」は「20〜30(m/秒)」ではなく、「15」と記すのがフェアでしょう。
仮に、上限と下限を書くという住宅都市局の印象操作を認めるとしても、「15〜30」となるのが自然です。
しかし住宅都市局はどんなことがあっても「15」という数字を下限に持ってくることができません。なぜか。
それは星野市議が質問で明らかにしましたが、もし「15」を下限にしてしまうと「15〜30」となり、平均は「18.95」*3になって、他の交通手段の「25」以下になってしまう、つまり「ロープウエーは風に弱い」という結論が導かれてしまうからなのです。
こんなことをしたら市長からにらまれて、役人人生が終わってしまうのでしょう。何としても「25」と同じか、「25」を超えたい。「30」は探したので、あとは必死で「20」を探さないといけません。初めは『設計標準』にちょうどいい数字があったのでそれを持ってきたのでしょうが、よく考えるとあまりにおかしい。そこで局長の「函館山ロープウエーなどで秒速20m(の運行停止基準)の実例」などというトンデモ答弁なのです。こうした忖度のみじめな結果が「20〜30」という表記です。
何れにせよ、下限を「20」にしたまともな「根拠」は、研究会の資料や議事録からも、事前の担当者の説明からも、局長の議会答弁からも、ついに見つけることができませんでした。
ちなみに、「市政だより」には、研究会のリストにはない鉄道との比較が言及されています。研究会の結論の領域を超えて、市の担当局が、調べたことをベラベラとしゃべって…いや、書いているのです。
こう言っています。
鉄道でも風速25メートル/秒を観測した場合には、運転を見合わせする基準が多く採用されています。
本格的な運行中止基準でいえば「25」ではなく、例えばJR東日本・西武・小田急・京急は30m/sです。*4
いやあ、ロープウエー(15m/s)の2倍ですね。
なのになぜ「25」なのか?
これはいわゆる「早め規制」です。本格的な規制基準よりも大事をとって早めに運行を停止するという数値です。鉄道の数値を低く見せて、ロープウエーの「20〜30」に近づけようと必死なんですね。というか「鉄道は30」と言ってしまうと「ロープウエーは20〜30」が見劣りしてしまうからです。
しかし、それならロープウエーも同じ基準で比べないとフェアじゃありません。
ロープウエーは先ほど見た通り本格的な運転停止基準の多くは15なんですが、実際の運用では風向き次第でもっと早めに切り上げることがほとんどです。電話して調べると「10mくらいで止める」というところもあります。
だから「早め規制」についていえば、「鉄道は25、ロープウエーは10」というあたりが実態と言えます。
「30」に耐えられるロープウエーにしたら景観は?
じゃあ「風速毎秒30mに耐えられるロープウエーがあるなら、それでいいじゃん」という話になるかもしれません。
しかしそうなると今度は別の問題が生じてしまうのです。
それを星野市議の質問ではさらに追及しています。
どうして30m/sに耐えられるのかと聞かれ、局長はとくとくとロープが2本のタイプの自動循環式ロープウエー(フニテル)について説明します。
しかし、専門家に話を聞くと、フニテルはロープが2本になるため1本の場合に比べ、支柱がかなり大きくなります。そうなると支柱の安全性や景観への影響が大きく変わってきます。
景観への影響を考える場合、当然こうした支柱の大きさは考えなくてはなりません。
ところが、「市政だより」ではロープが1本しかないタイプを前提にして早々とイメージ図などを載せて「空がたくさん見えてうれしいね」などと「ポートくん」に無理やり言わせているのです。気の毒なポートくん。何か弱みを握られているのでしょうか。
いや、フニテルなんか採用しないことだってあるでしょう。あるいはフニテルを採用するかもしれません。フニテルを採用するなら柱が大きくなる、採用しないなら風に弱い――それを正直に書けばいい。あるいはそのあたりを詳細に研究した結果を公平に載せれば、純粋に宣伝効果から考えても、「ロープウエーのメリットばかりでなくデメリットも書いてあって公平だな〜」と好感を持ってもらえたと思います。
それなのに、まず有識者の研究会がちっとも「研究」していないのです。これでは研究会で結論を出す前に市長が早々と公約して「導入」を打ち出したことを忖度し、「はじめに結論ありき」なんだと思われても仕方がない。
そして、市は、これから真摯に導入の実現可能性を検討していくための予算を5000万円つけたというのなら、「市政だより」にこんな結論を先取りして市民に押し付けるQ&Aなど載せるべきではないのです。
*1:ちなみに、国としてロープウエーがどれくらいの風速になったら止めるのかという数値基準は存在しません。「索道施設に関する技術上の基準を定める省令」が存在する唯一の運転判断の国基準ですが、その37条に「風、雨、雪、霧等により索道の運転に危険を生ずるおそれのあるときは、その運転を一時中止する等危険を避けるため、適当な措置を講じなければならない」とあるだけ。あとは事業者が判断するのみです。
*2:「交走式」は「ロープに吊された搬器が往復するタイプ」。対して、「循環式」は「ロープに吊された搬器が循環するタイプ」。日本索道工業会の公式サイトより。
*3:上記の表を使った算術平均とする。(30+15)÷2だという計算をするとしても平均は22.5。
*4:もちろん「25」の事業者もあります。