自衛隊への名簿提供について

 福岡市は、自衛隊リクルートのために18歳と22歳の市民の名簿を自衛隊に提供しています。

 福岡市政だより2024年4月15日号より

 この問題について、「議会と自治体」2024年5月号に、有田崇浩・平和新聞編集長が「『安保3文書』と軍拡の現段階」という論文を書いていました。

 現在、自民・公明政権は安保3文書にもとづいて対米従属下で「戦争国家」づくりを進めていますが、この名簿提供の動きは、そのような政治の動きの中でどう位置付けられているかを解明した部分に注目しました。

 

安保法制下および安保3文書のもとでの「名簿提供」

 まず、自衛隊は安保法制で任務が危険になったこと、そして少子化で、応募者が減っていることを指摘します。

 有田論文によれば安保法制下で任務の危険性が増し、自衛隊への応募者は減少を続けています。

特に現場部隊で中核となる「曹」や現場の最前線で活動する「士」の採用環境で厳しさが増大しています。(p.21)

 一般曹候補生の応募者は4万3639人(2009年度)から2万4841人(22年度)と半分近くになってしまっています。自衛官候補生の応募者は昨年春の採用達成率が目標の4割強だと言います(2009年度以降で最低)。

 私は少子化や安保法制化での危険に加え、ハラスメントが深刻であることが世界的に知られるようになったこともあげられるのではないかと思います。

www3.nhk.or.jp

www.bbc.com

 このもとで、安保3文書でのこの問題(自衛隊の人材確保)の問題がどう位置付けられているかを次のように書いています。一言で言えば「人的基盤の強化」です。

 国家防衛戦略は「防衛力の中核は自衛隊員である」と明記した上で、

採用については質の高い人材を必要数確保するため、募集能力の一層の強化を図る

 防衛力整備計画では、「人的基盤の強化」として、

防衛力の抜本的強化のためには、これまで以上に個々の自衛隊員に知識・技能・経験が求められていること、また、領域横断作戦、情報戦等に確実に対処し得る素養を身に着けた隊員を育成する必要があることに留意しつつ、必要な自衛官及び事務官等を確保し、更に必要な制度の検討を行うなど、人的基盤を強化していく。

 また「採用の取組強化」として

少子化による募集対象人口の減少という厳しい採用環境の中で優秀な人材を安定的に確保するため、採用広報のデジタル化・オンライン化等を含めた多様な募集施策を推進するとともに、地方協力本部の体制強化や地方公共団体及び関係機関等との連携を強化する。

としています。

 有田論文によれば、

二〇二三年二月の自治体への自衛官募集の協力依頼には「安保関連文書が決定された」ため、今まで以上に自治体と連携を強化したいと書き込まれました。

とあります。

 私は、自衛隊について、最終的には国際環境が整えば解消に向かうべき組織だとは思っていますが、当面は災害派遣および急迫不正の主権侵害に対応する部隊として活躍してほしいと思っています。その点で、ハラスメントの実効的な根絶に取り組みつつ、適正な形で人員募集が行われること自体を否定するものではありません(少なくとも私が市長になったとしたら、そのような募集業務そのものを否定することは考えていませんでした)。

 しかし、第一に、安保法制下で集団的自衛権の行使が容認された存在になってしまっており、そのような意味で「違憲」化してしまっています。そして募集された人員はアメリカの不法・違法な戦争に巻き込まれる危険があります。そのようなもとでの自衛隊の「徴兵」は許されないと考えます。専守防衛の部隊としての任務を全うできるよう、安保法制そのものをやめさせることが前提だと思うのです。

 第二に、自衛隊への名簿提供が自治体としての適正な形で行われていないという問題があります。福岡市においても不適切です。この問題が解決しないもとでは、名簿提供は許されません。

 地方議員や自治体での運動を見ていると、あまり安保法制や安保3文書との関連が取り上げられず、「自衛隊憲法違反だから名簿提供するな」とか「とにかく自衛隊を利するから反対」とかいう向きがあって、それはどうかなあと思っています。逆に「自治体の名簿提供の方式が適正なものになれば、安保法制の下であっても名簿は提供してもいい」という人もいて、それは私とは立場が違うなと感じます。

 むろん、社会運動ですからどういう動機であっても「名簿提供するな」という一致点で共同しようと思っています。

 

リクルートそのものよりも自治体と連携することがねらい

 有田論文では“名簿提供にこだわるのはリクルートそのものよりも自治体と連携することがねらい”という指摘が興味深かったです。これは引用して全文を紹介しておきます。

 提供された名簿に基づき、入隊加入のためのダイレクトメール(DM)が郵送されたりしますが、私が入手した陸上幕僚監部の内部資料によると、「地本の郵便物」の効果は一%程度としています。氏名・住所などの四情報は決して使い勝手がよいものではなく、名簿提供が具体的な募集効果をもたらす手段でないことは、防衛省自衛隊もある程度わかっているものと見られます。

 昨年度の募集に向けて作成された防衛省で作成された内部文書では、名簿提供などを求める理由を「協力関係の一層の強化のため」として、わざわざ傍線付きで強調しています。私が取材した防衛省関係者は「理解が広がっていることが重要」と言及しましたが、「適齢者名簿」の提供は、リクルートそのものより「自衛隊の人的基盤の強化のため」として、自治体にシームレスに住民情報を提供させる「仕組み」づくりや理解形成を強化すること自体にねらいがあると見るべきです(p.21)

 これは私の実感にもそいます。

 

自治体による名簿提供は何を根拠にしているのか

 最後に、自治体による自治体の名簿提供についてです。

 これは自治体によって名簿提供の根拠が違っているという不思議な現象があります。

 福岡市が持っている18歳と22歳の市民の情報は個人情報です。

 それを勝手に渡していいのでしょうか。

 

 福岡市の個人情報保護条例第10条ではそれを禁じています。

実施機関は、利用目的以外の目的のために保有個人情報…を自ら利用し、又は当該実施機関以外の者へ提供してはならない。

 

 しかし、例外として同条第2項で「渡してもいいよ」という場合を想定しています。

2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号のいずれかに該当する場合は、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は当該実施機関以外の者へ提供することができる。ただし、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでない。

(1) 法令等に定めがあるとき。

(2) 本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき。

(3) 出版、報道等により公にされているとき。

(4) 人の生命、身体、健康、生活若しくは財産又は環境の保護のために緊急に必要があるとき。

(5) 専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は他の実施機関若しくは国等に提供するとき。

(6) 前各号に掲げる場合のほか、実施機関が、福岡市個人情報保護審議会の意見を聴いて、公益上の必要があると認めるとき。

 だいたい他の自治体も同じように定めているのですが、「(1) 法令等に定めがあるとき」を根拠にしている自治体が時々あります。

 自衛隊法第97条1項では

都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う

 同2項では

防衛大臣は、警察庁及び都道府県警察に対し、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部について協力を求めることができる

 そして自衛隊法施行令第120条では

防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。

とあるので、これが根拠=「法令等に定めがあるとき」だと考えている自治体があるからです。

 しかし、有田論文でも指摘されているように、施行令120条の「資料」に、市民の名簿=住民基本台帳情報が含まれるとは言い難いのが実情です。

 なので、これで突破しようとしている自治体もありますが、法務関係者から「これは苦しいですね」と言われているところは、それを根拠にしていません。

 福岡市もそうなのですが、

(6) 前各号に掲げる場合のほか、実施機関が、福岡市個人情報保護審議会の意見を聴いて、公益上の必要があると認めるとき。

を根拠にしてきました。

 個人情報保護審議会が「いいよ(公益上の必要があるね)」と言えばできるだろうという建前にしたのです。

 福岡市が主張した「公益性」とは「事務の効率化」でした。名簿を提供することで事務が効率化するからいいでしょ、というわけです。

 しかし、福岡市ではこれはけっこう難航しました。

 意見がいろいろ出てしまったのです。当然ですね。事務がスムーズに行くから、禁止されている個人情報を渡してもいいでしょ? というのはあまりにもいい加減な理由です。そんならなんでもOKになってしまいます。審議会に出ている専門家が「はいそうですか」とそのまま通したら名折れです。

 そのあたりを共産党福岡市議団が市議会で追及し説明しているので、見てみましょう(2020年3月3月23日条例予算特別委員会、倉本達夫市議)。

◯倉元 まず、市長は名簿提供の根拠として、公益性があるからと言っている。市が挙げた公益性の一つ、事務の効率化については、審議会で、「こういう効率化ができるから提供するのが当然だとかいった説明は、慎重に願いたい。もしそれだけなら反対する」などの意見が相次いだ自衛隊以外の国などの機関に提供したいという2つ目の諮問は、効率化のみを理由に諮問したため否定されている。したがって、市長が主張した、事務の効率化を公益性とするのは明確に否定されたと思うが、所見を尋ねる。

◯市民局長 審議会においては、事務の効率化をもって個人情報を目的外利用する公益性があるとするには十分でないといった趣旨の意見もあったが、自衛隊の担う役割の重要性も含め、総合的に審議され、公益上の必要性があると判断するとの答申を受けたものである。

 もう一つの「公益性」は「法定受託事務だから」というものです。「自衛隊員の募集は法律で国が市長がやるように命じている事務だから、事務の範囲以外のことでもその事務に役に立つことはできるだけ協力するのは公益性があるでしょ?」というわけです。

 ところが、これについても審議会では批判されているんですね。

◯倉元 事務の効率化は明確に否定されたのである。もう一つ市長が挙げた公益性は、本市としては、法定受託事務を担うところで、できる範囲での協力を行うということである。しかし審議会では、部会長から、法定受託事務だから公益性があるのだというのは短絡的と批判されている。ほかにも、個人情報を守るのは大事な自治事務であり、憲法で保障されたプライバシー権を侵害してよいというほどの公益性が法定受託事務だということからは直ちに出てこないという意見もあった。つまり、法定受託事務を理由とすることに疑問が出された。したがって、いくら法定受託事務であっても、自衛隊に人が来ないから、その募集のためにプライバシー権を無視して、名簿を勝手に使ってよいとはならないと思うが、所見を伺う。

◯市民局長 審議会における法定受託事務に対する意見については、法定受託事務であることをもって、個人情報を目的外利用する公益性があるとするには十分でないといった趣旨の意見を受けたが、自衛隊の担う役割の重要性も含め、総合的に審議され、公益上の必要性があると判断するとの答申を受けたものである。また、自衛官等募集事務については法定受託事務であることから、可能な範囲で協力すべきであると考えている。

 このように、審議会からはかなりの批判が出て、傷だらけで「公益性」のハンコが押されたのです。

 そして、審議会は名簿を渡してもいいけど、条件があるよといって、4つ条件をつけたのです。

 その一つが、「私の情報は、自衛隊に渡す名簿から除外してください」と申請したら除外しないといけないという条件でした。

 共産党としては本人の同意を取るべきだと要求しましたが、市は頑なに拒否します。しかし、「私の情報は、自衛隊に渡す名簿から除外してください」という場合は、福岡市にいる18歳と22歳全員にもれなく周知されいないとこの条件は成り立ちません。

 そこで、共産党としてはハガキで本人に通知することを条例提案したことがあります(2021年9月3日、山口湧人市議=当時)。

 初めに、本条例案の概要について説明いたします。
 福岡市個人情報保護条例の第10条に、その3号として「実施機関は、前項第6号の規定により保有個人情報を提供する場合において、本人の求めに応じて当該本人の保有個人情報の提供を停止することとしているときは、保有個人情報の提供について公益上の必要があることその他の当該保有個人情報の提供に関することを市民に周知するとともに、本人の求めに応じて当該本人の保有個人情報の提供を停止することについて、あらかじめ、本人に通知しなければならない」という条文を加えるものです。
 …
 続いて、本条例案を提案する理由について御説明いたします。
 福岡市による自衛隊への名簿提供問題で、対象者の情報を紙媒体等で提出することは、公益上の必要があると考えており、提供については、紙媒体または電磁的記録による提出を行ってよろしいかという市長の諮問に対して、福岡市の個人情報保護審議会は2020年2月14日付の市長への答申で、公益上の必要性が認められるものと判断するとしながらも4つの条件をつけました。そのうちの1つとして「毎年度、情報の提供に先立って、公益上の必要性に関する説明を含めた市民への周知を行い、自己の情報を提供してほしくない旨の意思表示を行った市民については、提供する情報から除外する措置を講じること」という条件を付しました。
 個人情報保護法では、こうした除外希望者の除外措置はオプトアウトと呼ばれる制度ですが、このような制度は、通常、公益性の低い民間事業者に対して適用されるもので、行政などの公的機関が行う事業は公益性が高いことが当然に想定されており、通常、オプトアウトを設けることはあり得ません。だからこそ、自治体が扱う個人情報を対象にする各市町村の個人情報保護条例には、福岡市をはじめ、どこでもこのようなオプトアウト制度は存在しませんでした。したがって、市審議会がこうした条件を付したのは極めて異例です。自衛隊への名簿提供について、辛うじて公益性の必要が認められるものと判断したものの、その公益性は極めて低く、それゆえに普通は民間業者にしか適用されないオプトアウトを条件として付したのです。そのことは、審議会目的外利用等審査部会2020年2月7日の議事録を見ても、市の説明に対して「法定受託事務だから公益性があるのだというのは、ちょっと短絡的な感じがする」、「公益上の必要の、公益の中身が分かりにくい」などの異論が出ていることからも分かります。
 審議会答申を受けて市は、情報の提供に先立って、公益上の必要性に関する説明を含めた市民への周知を行った上で、自己の情報を提供してほしくない旨の意思表示を行った市民については、提供する情報から除外する措置を講じるとしています。
 ところが、この措置は市個人情報保護条例上、何ら位置づけがないため、どんなにずさんな周知や措置を行ったとしても、本人または第三者の権利利益を不当に侵害するものには当たることはないとされています。市長への答申で述べられている周知、除外措置は言わばただのおまけでしかありません。実際にオプトアウトをする際に行われている本人に通知するためのダイレクトメールの郵送などを市はかたくなに拒否し、本人が容易に知り得る状態に置くことになるホームページや広報紙への掲載などは個人情報保護法ガイドラインの要件を全く満たしていません。これでは措置はただのお飾りになってしまい、審議会答申の趣旨が踏みにじられてしまいます。
 そこで、条例を改正することで答申の趣旨を生かそうとするものであります。

 福岡市の広報が以下の不十分かも、共産党は論戦しています(2021年9月3日、綿貫英彦市議=当時)。

 実際に本市は、周知、措置の一つとして福岡市ホームページへの掲載をしています。個人情報保護法では、民間事業者にオプトアウトする際には、個人情報提供について、あらかじめ本人に通知し、または本人が容易に知り得る状態に置くと定め、具体的なガイドラインを設けております。例えば、ホームページではトップページから1回程度の操作で到達できる場所での掲載を例示しておりますが、本市のホームページでは自衛隊への名簿提供について6つのディレクトリをクリックしないとたどり着くことができません。以上のことから、本市の周知、措置は本人が容易に知り得る状況にはなってなく、ガイドライン違反となっています。市政だよりへの掲載も1回のみであり、高校、大学へのポスター掲示についても、実際に貼り出しが行われたかも確認されていません。実際に18歳や22歳の対象者に聞いてみても、圧倒的多数の若者が知らないと答えています。以上のことから、周知及び措置は全く不十分なものになっていると考えています。 

 つまり、「あなたの個人情報が今から渡されますよ、いいですか?」ということがちゃんと全ての対象者には周知されていないのです。それで個人情報を渡したらダメでしょ、ということなんですね。

 せめてこれがクリアされたら渡してもいいよ(ハガキで知らせた上でやるならいいよ)、という他の会派の市議さんもいて、こういう人たちと共闘をしてきました。

自衛隊への名簿提供に反対する市民(2021年5月)

 

 

福岡市の博多港を自衛隊の平時の訓練に活用することをどう見るか

 福岡市の博多港を、自衛隊の平時に訓練のために活用する「特定利用港湾の指定」問題。

www.jcp-fukuoka.jp

 

“軍事目的ではなく災害対応”とくり返す福岡市

 この問題で3月末に共産党福岡市議団が申し入れをした際に、福岡市の港湾空港局長は“軍事目的ではなく災害対応”という趣旨をくり返しました。そしてこの背景には台湾有事が念頭にあることを指摘した申し入れ文書に対して、局長はそれをわざわざあげつらって嗤っていたのが印象的でした。

 「軍事目的ではなく災害対応」「これまでとなんら変わらない」というのは、高島宗一郎市長の強調の仕方と同じです。4月8日の市長の定例会見ではどう述べているでしょうか。

https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/mayor/interviews/20240408sichoteireikaiken.html

記者
 博多港が特定利用港湾に指定されたという、もう少し広く、自衛隊の利用も今後想定される中でいうと、その辺はどう受け止められていますか。

市長
 そうですね。博多港としては、実はこれまでと運用は全く変わらないと聞いています。要するに、特に期待されるのは災害時等の物資の支援だとかですね、こういったものが普段からの連携によってスムーズにいくようにということですが、基本的にこれまでも自衛隊だとか海上保安庁について、民間利用に問題がない、支障がない場合については、これまでも入港していますし、これまでと博多港に関して変化がないと伺っています。

記者
 緊急時の国民保護と平時の利用を見込んでいるみたいなふうに、ちょっと私も報道ベースでしか分からないんですけど、そんなふうに聞いていて、その中で具体的にどういうのが緊急時の国民保護とか、平時の利用に当たって、そういう場合に、どういう利用をするかというような説明は受けてらっしゃいますか。

市長
 基本的に災害というところが一番大きいと思っています。例えば有事というのは、例えば戦争とかですね、戦闘とか、そういったものについては、枠組みが全く違う法律の範ちゅうになりますので、今回については、平時に民間の運航に妨げがない範囲内で、これまでと変わらない運用と国交省からは説明を受けています。

 

福岡市のごまかし(1) 「軍事でなく災害対応」?

 まず、ここでの単純なごまかし・すり替えについて述べておきます。

 第一に、「今回の指定は災害であって軍事(防衛)ではない」という福岡市の言い分ですが、そもそも「特定利用港湾の指定」という事業は「総合的な防衛体制の強化に資する公共インフラ整備」だと政府は述べており、名称一発で、市の言い分が何かをごまかしていることがわかります。

 内閣官房の公式サイトもQ&Aを載せてこの事業の目的を

  我が国は、戦後最も厳しい安全保障環境の下に置かれています。この取組は、このような安全保障環境を踏まえた対応を実効的に行うため
・平素から、必要に応じて自衛隊海上保安庁が民間の空港・港湾を円滑に利用できるよう、インフラ管理者(地方共団体等)との間で「円滑な利用に関する枠組み」を設け、これらを「特定利用空港・港湾」とし
・その上で、それらの空港・港湾について、あくまで民生利用を主としつつも、自衛隊海上保安庁の航空機・船舶の円滑な利用にも資するよう、必要な整備や既存事業の促進を図る
という取組です。

と示しています。軍事=「防衛」や「安全保障」目的が主眼であって、「災害対応目的」「災害対応限定」というごまかし(印象操作)は全く通用しません。

 

福岡市のごまかし(2) 「有事の話ではない」?

 第二に、「戦争・有事の話ではない」という髙島市長らの言い分です。

www.youtube.com

 たしかに今回の「特定利用港湾の指定」によって博多港を使うことそれ自体は、有事の枠組みではありません。有事(戦時)に自衛隊などが空港・港湾を優先的に使用する仕組みは、有事法制の一つ、「特定公共施設利用法」(2004年)ですでに定められています。それは髙島市長のいう通りです。

 しかし、有事になってすぐにスムーズに使えるわけではありません。そこで平時にも訓練で使うようにしたい、という思惑があったのです。先ほど紹介した政府のQ&Aでも

平素から、必要に応じて自衛隊海上保安庁が民間の空港・港湾を円滑に利用できるよう、インフラ管理者(地方共団体等)との間で「円滑な利用に関する枠組み」を設け、これらを「特定利用空港・港湾」とし

とあるのはこういう理由です。

 つまり、「有事でスムーズに使えるように、平時からの訓練を博多港でさせてください」というのが、今回の指定です。なるほど直接は有事(戦時)の枠組みではないけども、有事のために平時から備えさせてね、ということです。

 だからさっき紹介した、政府(内閣官房)の公式サイトの冒頭にも、安保3文書の一つである「国家安全保障戦略」を引用して

 令和4年12月に策定された国家安全保障戦略において、「総合的な防衛体制の強化の一環として、自衛隊海上保安庁による国民保護への対応、平素の訓練、有事の際の展開等を目的とした円滑な利用・配備のため自衛隊海上保安庁のニーズに基づき、空港・港湾等の公共インフラの整備や機能を強化する政府横断的な仕組みを創設する」こととしており、関係者で連携して取組を進めていきます。

というふうに「平素」と「有事」が両方とも書いてあるのです。

 髙島市長は「指定は(直接には)有事のためではありません(有事のために平時から訓練するのです)」と言っていて、カッコ部分を黙っている・すり替えているのがわかると思います。一種のご飯論法ですね。

 しかも、直接には「有事」じゃないとはいえ、「有事が近い」と判断されるときの枠組みとしても今回の指定が活用されることが、すでに他の自治体が政府とのやりとりで明らかにしています。高知県のQ&Aをみてください。

https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2024032200083/file_contents/file_202441111539_1.pdf

Q3 武力攻撃事態のような有事ではなくても、国際情勢が緊迫し有事の一歩手前のような状況になった場合はどうですか?

(答)
国際情勢が緊迫した場合のほか、大規模災害が発生したりして自衛隊艦船が緊急に物資輸送や部隊の展開などの任務に当たる場合があり得ます。
○ こうした場合、「特定利用港湾」に指定されている港湾は、自衛隊艦船による柔軟かつ迅速な利用が図られるよう努めることが求められます。

 

福岡市のごまかし(3) 「自衛隊の優先利用はない」?

 第三に、「自衛隊が優先利用することはない。これまでと運用は何も変わらない」という福岡市の言い分についてですが、国会質問でこの言い分はすでに厳しく追及されています。

 これは共産党福岡市議団の申し入れにまとめてありますので、まずそれを引用しましょう。

また、福岡市は国と一体になって「自衛隊の港湾の優先利用をするためのものではない」と言い訳していますが、それはごまかしです。本市との確認文書において防衛省は「緊急性が高い場合」に自衛隊などが「柔軟かつ迅速に施設を利用できるよう努める」と回答しました。国会の質問(3月26日参院外交防衛委員会)で「緊急性が高い場合」とは具体的にどういう場合かと問われ、防衛省は「緊急性の判断については関係省庁と管理者が連携して行う」と述べました。しかし、「緊急性」は管理者(自治体)には判断できません。実際に福岡市は、わざわざこうした判断を「国の専掌事項」だとして、自主的な判断を放棄する“約束”まで国と取り交わしています。なし崩しに自衛隊が優先利用できるようになってしまうことは明らかです。

 つまり「緊急だ」と国に言われたら、自治体は緊急かどうか判断できないので、「うん」と言うしかなく、なし崩しに優先利用できてしまうじゃないかということです。

 さっき紹介した高知県のQ&Aにも国の言い分として「自衛隊艦船による柔軟かつ迅速な利用が図られるよう努める」という言い回しが出てきましたよね。

 これは福岡市と国が交わした確認事項の中にも出てくる表現です。

  「緊急性が高い場合」について確かに「武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態は除く」って書いてありますが、先ほども述べたように、「 武力攻撃事態のような有事ではなくても、国際情勢が緊迫し有事の一歩手前のような状況になった場合」「国際情勢が緊迫した場合」は「自衛隊艦船による柔軟かつ迅速な利用が図られるよう努めることが求められます」ってはっきり書いちゃってあるんですよね。*1

 そして、福岡市は、有事=戦争の性格がどんなものか、それに加担・協力していいかどうかは「国の専掌事項」だと言って、判断を放棄する確認をしています。

 政府や自衛隊が「緊急性が高い!」と大声で言えば、そのことについて福岡市としてはとやかく言いませんよ、どうぞお使いください、と一札入れているわけです。

 そして、この元になった国会質問は、共産党の山添拓議員の質問ですね。

www.jcp.or.jp

 

米軍が使う可能性については全く視野の外だった福岡市

 共産党市議団の申し入れでは取り上げられていなかった論点として、米軍が港湾を使うのではないかという懸念があります。

 政府のQ&Aでは

Q10:「特定利用空港・港湾」となることで、米軍も利用することになりますか? 少なくとも米軍が利用する可能性が高まる可能性があるのではないですか?

A10: この枠組みは、あくまで関係省庁とインフラ管理者との間で設けられるものであり、米軍が本枠組みに参加することはありません。

となっていて否定しています。

 しかし、西日本新聞(2日付)では次のように指摘しています。

 米軍の利用を懸念する声に対し、Q&Aは「米軍が本枠組みに参加することはありません」と明記。長崎県の担当者も「政府からは米軍が使うことはないと説明された。問題ない」と話す。

 しかし、米軍は日米地位協定第5条に基づき民間の空港や港湾を利用できる。水深を深くして岸壁を整備し、護衛艦輸送艦が使用できるようになれば、米軍にとっても「使える港」になる。政府関係者は「日米地位協定を持ち出されれば拒否できない」と明かす。

 博多港を管理する福岡市も長崎県同様、民生利用に大きな影響はないと判断した。日米地位協定による利用の可能性について市の担当者は「そういう話は初めて聞いた」と驚く。自治体に説明したのか——。政府担当者は「そのような質問はなかった」と答える。

日米地位協定 第5条

1 合衆国及び合衆国以外の国の船舶及び航空機で、合衆国によつて、合衆国のために又は合衆国の管理の下に公の目的で運航されるものは、入港料又は着陸料を課されないで日本国の港又は飛行場に出入することができる。

 福岡市は、今回の指定を受けて米軍の港湾使用が行われる可能性について全く検討していなかったことがわかります。

 

日本有事=日本が攻められた時ではなく「台湾有事」が念頭におかれている

 冒頭にも書きましたが、福岡市の港湾空港局長が共産党市議団の申し入れに対して、「(今回の指定の背景には)台湾有事が念頭にあるとか、具体的に書いちゃうとは思ってもみませんでしたなあ」と嗤いました。

 これは「少なくとも博多港での自衛隊がやる訓練では対中国や北朝鮮、あるいは台湾有事などをイメージしているわけじゃないですよ」ということなのでしょう。

 政府のQ&Aでも

A2: この取組は、特定の国や地域への対応を念頭に置いたものではありません。

A3:  この取組は、平素における空港・港湾の利用を対象としたもので、武力攻撃事態のような有事の利用を対象とするものではありません。

と書いてあります。公式の表現だけに限れば局長の言い分には多少の理はあるでしょう。

 軍事上の「仮想敵」のようなものをこの時点で政府が公式に表現はしないでしょう。

 しかし、それを額面通りに受け取るわけにはいきません。

 タテマエではなく、リアルなところ、実際には何が想定されているのかを暴くのが議員・議会の役割です。

 共産党市議団の申し入れに書いてありますが、今米軍は中国との戦争、とりわけ台湾有事を念頭において軍事体制を組み、統合防空ミサイル防衛(IAMD)を進めています。自衛隊をこの中に実質的に組み込もうとする動きが急です。

 そのカナメが自衛隊・米軍の指揮統制の枠組み強化であり、そのための自衛隊側の対応が陸海空の自衛隊を一元的に指揮する「統合作戦本部」の創設、米軍側の対応が在日米軍司令部の機能強化(陸海空3軍と海兵隊を統括し、行政的任務だけでなく作戦指揮権を持たせる)です。中国との戦争で「すぐに動けるようにするための仕掛け」、というわけです。

 共産党赤嶺政賢議員の質問記事に注目しました。

www.jcp.or.jp

 赤嶺氏は、エマニュエル米駐日大使が、日米の指揮統制連携強化は台湾有事を念頭にしたものだと発言していると指摘。台湾有事を想定した日米共同作戦計画の原案が策定されたと報じられていることを挙げ、統合作戦司令部を創設し、米軍との間で、現実に即したより詳細な共同計画をつくるのではないかと追及しました。

 赤嶺氏は、自衛隊台湾有事で「米国の要請に応じて必要な行動をとらざるを得ないことは明白だ」とする森本敏元防衛相の指摘を紹介。「米軍の指揮下に組み込まれ、日本を台湾有事の矢面に立たせることは絶対に許されない」と批判しました。

 この統合・強化が台湾有事を念頭にしたものであることは、上記の通り、台湾有事を想定した日米共同作戦の原案がつくられたことからもわかります。

www.sanyonews.jp

演習はコンピューターを使用するシミュレーションで、シナリオの柱は台湾有事。防衛省特定秘密保護法に基づき、シナリオを特定秘密に指定したもようだ。

日米間には有事を想定した共同作戦計画が複数存在する。このうち、台湾有事に関する作戦計画の原案は昨年末に完成した。

 12日付の西日本新聞で磯部晃一・元陸上自衛隊東部方面総監が、「司令部強化 有事即応へ意義」と題して“自衛隊の統合作戦司令部の米軍の相手(カウンターパート)=インド太平洋軍司令部はハワイにいる。遠いし、時差もあって有事の際に不便極まりない。ミサイルへの対応などを考えると全然間尺に合わない。磯部は東日本大震災のときに米軍の「トモダチ作戦」の調整に関わったが来日は発災後10日経ってからだった。指揮権を持つ将官が日本にいれば直ちに即応態勢が取れる”という趣旨のことをコメントしています。

日本の戦略的位置付けが変わってきた。かつては朝鮮半島有事の際の後方拠点と考えられていたが、ミサイル飛来や南西諸島の戦域化という潜在的脅威にさらされ、もはや後方のみならず、第一線になってきたとの認識が日米の間で共有されている。

司令部が強化され、自衛隊との連携が緊密になれば、日本が標的となる可能性が高まるとの指摘がある。だが、日米首脳はリスクより、攻撃を抑止する効果が大きいと判断したのではないか。

 日米首脳会談で米軍と自衛隊の「指揮統制機能の連携強化」を合意し、「作戦及び能力のシームレスな統合を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性及び計画策定の強化を可能にするため」(共同声明)だとうたわれました。

 平時からのシームレスな日米の統合——これが台湾有事への即応のための備えです。「平時から有事まで」「シームレスな統合」がキーワードです。

 つまり、台湾有事を念頭としたアメリカと中国との戦争に、日本は否応なく動員されていく危険が強いのです。日本、特に南西諸島や九州・沖縄はその「第一線」になります。そのような中での、「総合的な防衛体制の強化に資する公共インフラ整備」であり「特定利用港湾の指定」であり、そこで行われる自衛隊の平時の訓練はまさに台湾有事の「第一線」としての九州での訓練なのだと言えます

 しかも米軍が想定する「有事」には国連憲章違反の先制攻撃までが含まれています。そんな国際法違反の戦争に動員され、市民が標的として巻き込まれる危険があるというのに、平時の訓練拠点として博多港を差し出していいのでしょうか。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2024-03-28/2024032804_02_0.html

山添氏は、政府の広報資料が空港などの利用例として自衛隊による国民保護の訓練を挙げているものの、元陸上総隊司令官は参院予算委の公聴会で「自衛隊の艦艇に住民を乗せて国民保護をやると国際法規上攻撃の対象になる」と公述していると指摘。

 

日本有事でもなく災害対応でもないことを考えるべきだ

 ここで「もし私が市長だったら」という形で問題を整理してみましょう。

 私=神谷は、2018年に市長選に立候補した時次のような公約をしました。

災害派遣や急迫不正の主権侵害への対応では自衛隊にも積極的に協力を求めます。海外派兵や違法な先制攻撃などへの市の軍事協力は許さず、そのような形での福岡空港博多港の軍事使用に反対します。

 突然何の理由もなく、日本が攻撃されたり、侵攻されたりしたとしたら、その時は(武力を使わない方策を極力追求しますけど)自衛隊にも積極的に働いてもらうべきだと考えます。当然市長になった時は自衛隊を合憲的存在として扱うつもりでいました。

 その時に、国民保護の取り組みを自衛隊が行うことにも市は積極的に協力すべきでしょう。

 だから私は「博多港を一般的に軍事で利用するな」ということを言いたいのではありません(もちろん自衛戦争も含めて一切の戦争に反対する、そういう立場からの平和運動があることは理解できます)。

 しかし、今直面しているリアリティのある危機というのはそういう形ではありません。

 中国が先に手を出すか、アメリカが先に何かを仕掛けるか別としても、米中が台湾をめぐって始める戦争・紛争において、自衛隊がそれに動員されるというものです。

 それは日本が攻められるとかいった、純粋な「日本有事」ではありません。

 台湾をめぐる紛争に、日本として軍事の点で首を突っ込みにいくということになります。さらに、米軍が先制攻撃=国際法違反という形もあり得るわけです。

 そのようなシナリオで日米(そして中台)が動いている時に、ナイーブに「軍事目的じゃありませんよね! 災害対応ですよね! じゃあ港湾を平時の訓練にお使いください!」と差し出していいのかという話です。

 少なくとも、そのような懸念がないかを日本政府に問いただすのが市長の役割ではないでしょうか? そして不明点があったり、懸念が解消されないなら、指定を見送ることをすべきではないでしょうか?

 見送った自治体も結構あります。

www.yomiuri.co.jp

ただ、全12施設が候補となった沖縄県は「米軍の利用などについて不明瞭な点があり、確認作業を続けている」(港湾課)として、県が管理する施設について合意しなかった。…8施設が対象の鹿児島県や、3施設が候補となった熊本県も、政府に要望した地元住民らへの直接の説明がなかったことなどを理由に受け入れを見送った。熊本県危機管理防災課は「防衛力の強化を掲げる以上、身近な空港や港が攻撃を受ける危険性を不安視する県民は少なくない。丁寧な説明がなければ判断できない」とし、態度を保留している。

 しかし福岡市にはそういう視点は全くないようです。市長も局長も「災害対応です! 軍事目的じゃありません!」「いつもと変わりません!」と宣伝するのに躍起ですし、米軍が地位協定に基づいて米軍が使用する可能性についても「そういう話は初めて聞いた」てな状況ですから。

 そして先ほど画像で紹介したように、わざわざ「国全体の安全保障政策及び防衛政策は国の専掌事項」だという確認までしてしまっています。

 「緊急だから自衛隊の訓練に使わせてください」と言われた時に「今緊張が高まっているのは日本有事とは関係ありませんよね?」とか「米軍が違法な戦争を仕掛けて起きている事態で、危険になっているんですよね?」とか、そういうことは口出ししないと、自治体の方からお約束してしまっているのです。平時でも「今やっている国の方向は台湾有事を念頭にする方向です。これではお貸しできません」と言えないわけです。国が判断すればいいと思っているわけですから。というか、市民や野党がそうやって福岡市を追及できないように、福岡市の方から国寄りの立場でその動きを封じてしまおうとしているのです。

 

*1:ちなみに「武力攻撃予測事態」は「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」つまり武力攻撃されそうだなという蓋然性が相当高い場合です。それを除外して「緊迫」した場合というのは、一般的に台湾での緊張が高まっているとかそういう場合だと言えるでしょう。その定義はないのですから、国が「緊急性が高い」と言えば自治体は抗弁するすべはなかなかないのです。

福岡城「幻の天守閣ライトアップ」事業のこと

 福岡市は福岡城「幻の天守閣ライトアップ」事業というのをやっています。事業費は2年度にまたがっていて、総計で約1億円です。

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 市のプレスリリースは次のとおり。

■期間 令和6年さくらまつりの開始から、令和6年5月31日(金)まで
■場所 福岡城天守
■概要 天守台のうえに天守閣をイメージした仮設工作物を期間限定で設置し、観光振興を目的としたライトアップを行います。(天守台上部からの高さ約14m。天守台と合わせた高さは約27m。)屋根や破風、窓の形を強調することで、天守閣のような姿を形成します。色や光り方などが、日時や時間帯によって変化する演出を取り入れます。

 ところが、これについては、異議が出ています。

 というのは、福岡城には天守閣があったかなかったかが学問上の論争になっているからです。

 そもそも福岡市は公式には天守閣の「再建」=復元を公式に否定しています。指図(設計図)・絵図・古写真などの根拠資料がないからです。2014年に「国史福岡城跡整備基本計画」をつくりその中で天守閣については「復元が極めて困難」と位置付けられています。

国史福岡城跡整備基本計画p.66より

△経済観光文化局長 福岡城の整備については、平成26年6月に策定した国史福岡城跡整備基本計画に基づき整備を進めているが、天守閣は、同計画において、復元は極めて困難な建造物との位置づけがなされており、復元の計画はない。(平成28年決算特別委員会2016年10月16日)

 にもかかわらず、福岡市は、今回の鉄製パイプ・LEDでの構造物は、「復元ではありません!」という言い訳でやっちゃっているのです。

 

 3月の予算議会で論戦になっていますので、それをお読みいただいた方が早いでしょう。共産党(倉元達朗市議)の質問とそれへの市側の答弁です。(11分52秒ごろ)

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倉元市議 次に、観光・インバウンドについてお尋ねします。まず、福岡城幻の天守閣ライトアップ事業についてです。新年度並びに今年度の予算額、事業内容についてお尋ねします。

経済観光文化局長 令和5年度当初予算では、福岡城内のライトアップを実施する予算として4085万円余、6年度は福岡城幻の天守閣ライトアップの撤去費および設置費等の予算として6081万円余をお願いしているところでございます。

倉元 福岡城跡に、金属パイプ製の天守閣を設置し、LEDでライトアップするというものです。事業の目的についても答弁を願います。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるために実施するものでございます。

倉元 つまり、天守閣をライトアップで描き出して集客を図るというものです。そこでお尋ねしますが、本市は、福岡城天守閣が存在したとお考えなのか、ご所見をお伺いします。

局長 福岡城天守閣については、昭和50年代の後半までは天守閣の存在を推定させる古文書が知られておらず、その存在は定かではございませんでしたが、その後、天守閣の存在を推定させる古文書が発見、公開され、現在では天守閣が存在すると考える学説が増えてきているものと認識しております。

倉元 公式な見解はどうなんですか、〔天守閣は〕あったんですかなかったんですか、お尋ねします。

局長 この質問を受けまして、いろいろな法令を調べたところでございますが、私ども福岡市で公式な見解を述べる立場にはないと考えております。

倉元 そんなはずはないですよ。福岡城「『天守閣』の存在・非存在を巡る議論」についての福岡市の公式見解は、2013年に刊行された福岡市発行の新修 福岡市史 特別編 福岡城-築城から現代まで―』23ページにこう書いてあります。「さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない」ということです。この本は違うっていうんですか、答弁してください。

局長 先ほど答弁いたしましたのは私どもにあるなしを決定する権限がないということを申し上げたものでございまして、その市史に書いてあることはそのときの見解を述べたものだと考えております。

倉元 苦しい答弁です。福岡市が刊行しているんですよ。では、そこで今回の天守閣の絵は誰が書いたんですか、お尋ねします。

局長 仮設工作物については、企画提案公募により、最優秀企画提案者がデザインしたものでございます。

倉元 基になる資料もないまま、事業者の株式会社JR西日本ビルトにデザインさせています。あなた方はプレスリリースなどで「天守閣をイメージした仮設工作物」と説明していますが、これは天守閣が存在したという特定の学説の立場に立つものではないかと思いますが、ご所見を伺います。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるため実施するもので、一般的な天守閣としてイメージできるデザインとしているものでございます。

倉元 そう答弁されますがね、こんな事業をやったらどう見ても「天守閣はあった」っていう立場に立つものですよ。少なくとも市民はそう受けております。ではさらに聞きます。説明では「屋根や破風、窓の形を強調」したと工作物について特定の構造を前提として、一層踏み込んでいます。
 しかも、単なる展示や「イメージの一つ」にとどまらず、学問的な考証や比較が困難な行楽の人出の多い場所に27mもの巨大な工作物を作り、ライトアップまでして強烈に印象付けています。ところがですよ。天守閣の絵図は全く存在しません
 にもかかわらず、なぜ「屋根や破風、窓の形を強調」することができるんですか。答弁を求めます。

局長 外観につきましては、事業者において国内に現存する天守閣を参考にデザインされ、一般的な天守閣に見られる破風や屋根、窓の形を強調することで、天守閣らしさを表現するとともに、観光客や市民が遠くからでも輪郭を視認できるよう工夫されたものでございます。

倉元 歴史的な根拠のないものをここまで描くのは問題です。文化庁は「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」を2020年に改定し、その際、専門家によるワーキンググループに議論をさせています。ワーキンググループの取りまとめによれば「適切とは言えない再現」のやり方の例として「デザイン・形態等が全くわからないもの」また「史跡等の理解を妨げることに繋がるもの」が挙げられています。これらは、あたかも天守閣があったかのように描く今回の事業に当てはまります。そこで、文化庁の基準から照らして、今回の事業は不適切なものだと思いますが、ご所見をお伺いします。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるため、石垣の保全に十分に配慮した上で、時限的に仮設の工作物を設置するものでございます。

倉元 要するに、文化庁の基準にさえ、当てはまらない事業をやろうとしているということです。極めて不適切ですよ。これをね、1億円もかけてやろうとしているわけです。あったかどうかわからないものを、あったかのように描く今回の事業はどう見ても問題があります。そもそも、文化財は、わが国の長い歴史の中で生まれ育まれ、こんにちまで守り伝えられてきた。貴重な国民的財産です。本市の貴重な文化財である福岡城で、集客のために、歴史的根拠もなく、天守閣があったかのように、復元とはかけ離れたやり方を、巨額の税金を使って行う今回のライトアップ事業は、やめるべきと思いますが、市長のご所見をお伺いします。

市長 福岡城を初めとした貴重な文化財は、福岡の2000年を超える長い歴史の中で生まれ、この日に伝えられてきた貴重な財産でございます。また文化財は、福岡の歴史や文化の理解に欠くことのできないもので、将来の文化の発展、継承の位置づけをなすものであるのみならず、市民が地域に対する誇りと愛着を持つという観点からも、とても重要なものであると考えております。今回の事業は「福岡城幻の天守閣ライトアップ」として、5月31日までの期間限定で実施をいたしますが、これを機に、福岡城に対する市民の皆さんの興味や関心が高まっていくことを期待しております。もう既に骨組みはできておりますけれども、大変歴史ロマンを想像しながら、この春は皆さんに楽しんでいただけるものと思っております。

 市は『新修 福岡市史』を市として公式に刊行しています。その中で「さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない」という立場を明確に書いています。「決着がついていない」というのが市の公式な立場なのです。

 倉元市議が引用した同書の前後の部分も紹介しておきましょう。

福岡城天守閣は存在しないというのが従来の定説であった。昭和六十二(一九八七)年末に鴻臚館跡が発見されると、その調査と保存をめぐって、関係が深い福岡城跡についても再検討の機運が生じていく。『福岡県史 近世史料編 福岡藩初期』上・下巻の刊行によって、〔黒田〕長政が「天守」の「柱立て」を指示した文書なども知られていたが、後掲する福岡城天守閣破却に言及する「細川家史料」が平成元(一九八九)年十月に新聞紙上に取り上げられるに及び(『西日本新聞』平成元年十月十六日)、「天守閣」の存在・非存在をめぐる議論は活発化する。さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない。大まかに整理すると、一旦は建設された天守閣が何らかの事情によって取り壊されたとする説、当初から福岡城には天守閣は存在しなかったとする説、さらに天守閣の建造計画はあったが結局は実行されなかったとするもの、また建築の途中で取り壊されたとする説などがある。のこされた文献資料に拠る限り、「天守」には何らかの構造物が設けられたように見受けられるが、これが「天守閣」を指すのか、いわゆる「天守櫓」を指しているのかは、いまだ詳らかではない。(p.23)

 それなのに、市が1億円もかけてライトアップをして「天守閣の存在」を強烈に印象づける事業をやったことは、「存在する」という特定の学説に立つものではないか、という批判を倉元市議はしているのです。決着がついていないというのが公式の立場のはずなのに、ついつい一方の学説にだけ立った大々的な事業をやってしまって「観光で経済振興に使いたい」という欲望がダダ漏れですよ、と。

 

過去に「一夜城」は明確に否定されている

 過去に「大型模型」っていうのは「天守閣再建したい派」が提案する「隠しきれない欲望」としてよく提案されているんですよね。下記は自民党の議員(稲員大三郎市議)の質問です(2008年9月16日)。

◯27番(稲員大三郎) 福岡城の復元整備については、教育委員会のほうで平成17年に策定した福岡城跡保存整備基本構想に沿って事業が推進されていることと存じます。これに関しては、昨年12月の定例議会の際にも私のほうから質問をいたしましたが、いわばその第1弾として現在行われております下の橋大手門の復元工事がこの秋に完成する予定と伺っております。その進捗状況はどうなっているのか、いつごろに完成するのかお尋ねいたします。
 また、昨年9月の棟上げの際には、もちまきのイベントが行われ、私たちも参加させていただきましたが、今回の完成に当たっても、何らかの式典や関連イベント等を行う予定があるのでしょうか。あわせてお伺いします。その際、陽流抱え大筒の実演や、張りぼて天守閣による一夜城の制作などを行ったら面白いと思いますが、どうでしょうか

 だけど、これ、当時は市に塩対応されています。

◯教育長(山田裕嗣) 一夜城としての天守閣は、現在のところ根拠となる資料がございませんので制作が困難な状況にあります。

 復元じゃないんだから時限的なものならいいだろ、というわけです。今回の「幻の天守閣」事業は、まさにこの「一夜城」と同じ発想です。それでも当時の市(当時の文化財担当は教育委員会)はそういう工作物をつくることを明確に否定していたのです。

 

市は微妙に答弁を後退させている

 先ほどの共産党(倉元市議)への答弁で経済観光文化局長が「福岡市で公式な見解を述べる立場にはない」と答弁していますが、これは微妙なすり替えをして、答弁を交代させているように見えます。

 というのは、市の公式見解は「ない」のではなく、「決着がついていない」ということのはずだからです。

 これは、過去の答弁でも繰り返されています。2007年12月14日の本会議答弁をみましょう(前述の自民党の稲員市議)。

◯27番(稲員大三郎) NPO法人鴻臚館・福岡城跡歴史・観光・市民の会を初めとする市民の天守閣復元に向けてのさまざまな取り組みや動きについて、市はどのように考えているのかお聞かせください。

◯教育長(山田裕嗣) NPO法人鴻臚館・福岡城跡歴史・観光・市民の会を初めとする市民の取り組みにつきましては承知をいたしております。福岡城天守閣につきましては、歴史学会におきまして、築城当初に天守閣が存在したという説と、最初から存在しなかったという説があり、いまだ確定できていない現状がございます。また、仮に天守閣を復元するといたしましても、その復元に必要となります絵図、指図等の資料がなく、設計も困難であります。

 なぜ市は公式見解を「述べる立場にはない」=公式見解は存在しないという立場に後退させたのでしょうか。

 これは推測ですが、髙島市長は、税金を1億円も使ってここまでド派手に存在を印象づけてしまう事業を、どうしてもやりたかったんでしょうね。

 動画見てもらうとわかりますが、無邪気な気持ちで見れば、このライトアップ、なかなかキレイですよね。これでお花見+お酒なんかが入ったら、もう「天守閣にカンパーイっ」とかやっちゃいたくなりますよね。

 「天守閣再建の世論と機運を盛り上げたい!」というのに大いに役立つ気がします。いい悪いは別として。

 だけど、それをやっちゃうと、特定の学説の立場に立ってしまうという立場性がモロにあらわになってしまいます。これまでの市の立場(論争は決着がついていない)とは矛盾してしまう。それで、微妙なすり替えをせざるをえなくなった…ということではないでしょうか。*1

 

髙島市長の受け答えはなかなか苦しい

 西日本新聞がアンケートを行ったところ、市民の中にはこうしたイベントのあり方に批判的な意見が多いことが明らかになりました(4月7日付)。

www.nishinippon.co.jp

 一方、反対派が重視したのは史実との整合性だ。市内の女性(52)は「存在が明確でないのに、なぜ造るのか」。設計図は見つかっておらず、「空想の店主なら、私たちの街の城と胸を張れない」「客寄せの飾り物を遺跡につくることになる」との声が上がった。

 福岡城跡には歴史的建造物も多数存在し、女性(75)は「石垣や数々の門などをしのぶものはある」として天守閣は不要と回答。「歴史好きは自分で天守閣を想像したい」「謎は謎のままがいい」「膨大な建設費と維持費がかかる」との理由で現状維持を望む声もあった。

 記事では「存在が証明されれば大賛成」という声も紹介されています。

 この記事を書いた西日本新聞が、市長の定例記者会見で市長に質問しています。市長はこの事業への市民の反応について問われ、「西日本は(再建)反対なんですよね!」とイヤミを言った後、こう述べました。

https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/mayor/interviews/20240408sichoteireikaiken.html

 でも、これがいいと思っていて、これがいいと思っていて、やっぱり今まで、なかなかやっぱり関心を持っていただけなかったというところに、まず関心を持っていただく。そして、こうやって、あるところでは「絶対天守閣あった。だから、つくったほうがいい」っていう人もいれば、「いや、このままがいい」という人もいるって、こういう議論が盛り上がってくるということを一番期待をしていたことなので、あと2ヵ月間ある中でですね、2ヵ月かな、それぐらいある中で、皆さんがいろんなことを見て、いろいろ言っていただくということが一番大事なことかなと。
 ですから、いきなり最初から、ですからもう、いろんな結論がありきだとかいうことに向かって、突き進むという形ではなくてですね、いろんなことを皆さんが見ながら議論をしたりですね、いろんな立場から、それぞれの立場からお話をいただければ、それでいいのかなと思いますんで。まだ、これからしばらく桜が散ったあともですね、天守閣は当面、出水期の前までは残りますんで、皆さんでそんな議論をしていただければ、そして、また歴史のロマンにね、浸っていただければいいかなと思います。

 うーん、なかなか苦しいですね。

 この「幻の天守閣」事業をもってして「議論が盛り上がってくることを期待」っていうんですが、それはごまかしではないでしょうか。

 というのは、中立の立場、行司役に徹して「存在派」「存在否定派」を公平に紹介して議論を促進するんじゃなくて、市は明らかに「天守閣は存在した」という立場に立って、(税金という)大枚をはたいて「天守閣の再現」をやっちゃっているわけですよね。そういうことをやっておきながら、「議論が盛り上がればいいですね」じゃないでしょう。

 市長はキレイなライトアップをやればみんな賛成してくれると思ったのかもしれません。しかし、意外にも冷静な慎重派が結構いて、激しく動揺した…というところあたりがこのやり取りの真相なのでしょうか。

大濠公園のハス

この種の再現は絶対にいけないか

 ところで、絵図が全くなければ復元とか再現は絶対にいけないのか、といえば、私個人の見解で言えば、そうは思いません。

 私も博物館のような場所で、説明資料などが落ち着いた環境で見られて、学問的想像を刺激するものであれば、パネルや再現イメージを比較するのは大いに歓迎します。これは野外であっても同じです。学習的な環境がちゃんとあれば、ということです。

 縄文時代の竪穴式住居だって別に絵図があるわけじゃなくて、柱の跡などから上部の構造物まで想像するわけですからね。また、古墳を公園にする場合も「古墳が公園だったと誤解するじゃないか!」とはさすがに言いません。子どもや地域住民が歴史を学習し文化財に愛着を持つために、模型やイメージを活用することも、かなり自由にやっていいと思います。

福岡市西区にある古墳公園の上から眺めたところ

 今回の福岡市のやり方は、論争問題で一方の側に立ったことと、花見客・観光客のいる喧騒の場で1億円もかけてド派手に特定の立場の構造物を打ち出したことが「やりすぎ」だと思っています。

「稼ぐ文化財」優先の姿勢

 文化財を観光資源として活用する…という方向に自民党政権は舵を切っています。

 もちろん、観光資源になること自体は否定すべきことじゃありません。それで地域のブランド力も上がって、地域経済も元気になればいいことですよね。

 だけど、文化財としての扱いをぞんざいにしたり、犠牲にしたりして、観光資源化を至上にしてしまうようなやり方は明らかに行き過ぎです。今回の髙島市長のやり方はこの方向に合わせすぎて、文化財本来の向き合い方を大きく逸脱した、という事例ではないでしょうか。

*1:2017年に福岡城で「一夜城」的に天守閣の再現パネルの展示を福岡商工会議所がしている。同時に、史跡である福岡城天守台にパネルを建てるので、福岡市がその許可の段取りに関わっている。つまり、その段階では福岡市が関与したものの、再現の事業主体ではなかった。そこには多少の慎重さがあった。それが今回は福岡市がついに堂々とやり出した企画だとも言える。

世界水泳福岡大会の経済波及効果の計算はおかしいのでは

 昨年夏に開催された世界水泳福岡大会。その経済波及効果については開催前は黒塗りだったことは前に書きました。

kamiyatakayuki.hatenadiary.jp

 大会は終わったけども、決算が全く出て来ず、どうなってんのかと思っていました。経済波及効果の数字も全然確定しなかったんですよね。

 ところが、3月にそれが確定し、各紙が一斉に報道。

 共産党がこれを3月議会で取り上げました(中山郁美市議)。

www.jcp-fukuoka.jp

世界水泳福岡大会の経済波及効果として、市は540億円の当初見込みに対して433億円になったと報告しています。中山市議は、これは数字を大きくするため意図的に不適当な計算モデルを使ってはじき出した経済波及効果だと指摘。共産党市議団が妥当な計算モデルを使って再計算したところ315億円にすぎなかったと紹介しました。

 これは一体どういうことか。

 福岡市がはじき出した経済波及効果の試算を詳しく見てみます。

 

福岡市がおこなった経済波及効果試算のあらまし

 福岡市の試算では、市内への波及効果の内訳は大きくは次の2つの柱からなっています。

  1. 大会事業費:組織委員会が注ぎ込んだお金174億円を35の産業分野に分解。
  2. 来場者消費:大会に来た人たちが落としたお金183億円を35の産業分野に分解。

 174億円+183億円=357億円は35産業分野に分類できます。それを産業分野ごとに自給率をかけて、市内にどれくらいお金が落ちるかを計算します。その結果275億円が市内に落ちるお金となります。この275億円を産業連関表で波及効果を調べると一次効果が83億円、二次効果が74億円。よって275億+83億+74億=433億円が市内の経済波及効果の総額…ということなんですね。

 

 このうち、1.の「大会事業費」は実費なので、一応認めるしかありません。

 しかし、2.「来場者消費」については、実際に落としたお金ではなく、モデルを掛け合わせてつくった推計値です。ここに悪意が入り込むと、計算する人間が自分の思惑で数字を操作できてしまいます。相応の根拠が必要になります。

 また、波及効果を計算する分析ツールにも、どんな設計にするかによって自分の思惑で数字を操作できてしまいます。

 

「来場者消費」試算の問題点

 来場者消費の項目は膨大にあるのですが、実はそのうち太い柱になっているのは

  1. チャンピオンシップの「観客」(県内・県外・海外)の消費(84.7億円)
  2. マスターズの選手「同行者」(海外)の消費(45.7億円)

 この2つだけなんですね。この「2つの太い柱」で来場者の全消費額183億円の71%(130億円)を占めます。1.の一般観客だけでもほぼ半分を占めます。

 どれも人数×泊数×単価が消費額で計算されています。このうち泊数・単価に都合のいい数字(モデル)を使うことになったら、あっという間に数字を膨らませることができてしまいます。

市側による来場者消費の試算(一部)

県外観客の宿泊数はなぜ「観光・レクレーション」の宿泊数を無視するの?

 これを見ると、県外(国内)からの「観客」は1人2.2泊することになっています。この根拠は観光庁「旅行・観光消費動向調査」2022年の「宿泊旅行」全体の平均泊数です。

 すなわち「観光・レクレーション」「帰省・知人訪問等」「出張・業務」という3つを全て含んだ宿泊数の平均なのです。

 しかし、全体ではなく「観光・レクリエーション」に限れば平均泊数は1.7日になります。世界水泳の観戦は明らかに「観光・レクリエーション」であり、「帰省・知人訪問等」「出張・業務」を含んだ全体の平均の泊数を採用する必要は全くありません(後者の2つの方が平均泊数は高い)。

 数字を大きく見せるため、わざと不適切なモデルを選んでいる可能性が高いですよね。

 

なぜ「スポーツイベント」でなく「Meeting」を使うの?

 次に、県外(国内)からの「観客」は「国内移動費」で1人24,122円使うことになっています。

 これは観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のうち「Meeting」に出かける日本人宿泊者1人が使う国内移動費根拠にしています(p.41)。

https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/810003507.pdf

 しかし、このモデルでは「Meeting」以外にも9区分があります。

 「Meeting」の備考欄に書いてありますが、これは「出張業務」です。つまりビジネスマンが、遠方で会議などの出張に行ってそこで落とすお金のことなわけで、スポーツイベントに来た観客が落とすお金とは全然行動パターンが違うことがわかりますよね。

 なぜ世界水泳の一般観客の消費単価を推計するのにこの「Meeting」を使うのか。

 他にも9の区分があるのに?

 9の区分を見てみると「Meeting」よりももっとふさわしい区分が…あった! ありますよね?

 そのうちの一つに「Event(スポーツイベント)」があります。まあ、誰が見てもこちらを使うべきですよね。しかし、こちらの国内移動費は10,947円しかありません(p.42)。

 世界水泳参加者に、ビジネスの会議を想定した「Meeting」モデルを採用する必然性は全くなく、「Event(スポーツイベント)」モデルを避けているのは不自然としか言いようがありません。

 

 

海外の宿泊数もなぜ「観光・レジャー目的」を使わないのか?

 また、海外からの「観客」は1人平均して11.2泊することになっていますが、これは観光庁「訪日外国人消費動向調査」の2023年7-9月期での平均泊数を根拠にしています。

https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001634972.pdf

 しかしこれも全体を平均した数字であって、「観光・レジャー目的」という限定をすると、泊数は7.2泊になります。

 宿泊数が1泊から2泊に増えるって大したことがないように思えますか?

 いえいえそうではありません。

 経済波及効果を試算する場合には、めちゃくちゃ大きな違いになります。例えば、

 1万人の観客×1万円の消費単価×1泊=1億円

…ですよね? これが2泊になると…

 1万人の観客×1万円の消費単価×2泊=2億円

 はい。消費額は倍になりました。

 消費単価の差より、宿泊数の差の方が、経済波及効果を膨らませる上では簡単にできるのです。消費単価の違いは簡単には2倍、3倍の差にはなりませんが、外国人客と国内客の宿泊数の違いはすぐに消費額全体を数倍、十数倍の違いにさせられるからです。

 

 

海外からの観客はなぜ「Event(スポーツイベント)」モデルを使わないの?

 海外からの「同行者」の1人あたりの「飲食費」は6,927円、「宿泊費」は12,755円で計算されていますが、この数字もやはり先ほど挙げた観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のうち「Meeting」に出かける海外旅行者1人が使う「飲食費」「宿泊費」が根拠になっています。

 しかし、同様に、「Event(スポーツイベント)」モデルでは「飲食費」は4,376円、「宿泊費」は10,844円と大幅に低くなっています。ここでも、「Event(スポーツイベント)」モデルを不自然に避け、「Meeting」モデルを使って数字を水増ししているのではないかという疑惑が生まれます。

 

富裕層が多い!?

 これは過大な計算モデルを適用しているのではないか? と共産党は議会で質問しました。それに対して、市側は次のように答えました。

世界水泳や世界マスターズ水泳大会のような長期にわたる大規模国際スポーツ大会におきましては、その運営費のほとんどが参加者ではなく、主催者により賄われること、また参加する選手や同行者は比較的富裕層が多く、高額な消費が期待されることから、一般的に通常のスポーツ大会に適用しますスポーツイベント単価ではなく、企業が主催する会議等に適用しますミーティング単価を使用したところであります。(2024年3月22日、市民局長)

 いやいやいやいや。

 問題にしている単価は「選手や同行者」ではなく、「一般の観客」なのです(全体の半分)。世界水泳にきた「一般の観客」は「比較的富裕層が多い」んですか? 国内外から世界水泳を見に来られたあなた。あなたは「富裕層」でしたか?

 また、富裕層が多いにしても、なぜそれがさまざまにある区分のうち「企業が主催する会議等に適用しますミーティング単価」相当なのかは理由がわかりません。

 実際、福岡市が参照した前述の観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のp.4には、「Event(スポーツイベント)」では「スポーツイベント(各種競技の大規模な国際大会)」がちゃんと想定されとりますよ、と書いてあります。

 つまり、「いやぁこの観光庁のスポーツイベントモデルは、大規模な国際大会で海外からたくさんの富裕層が来ることは想定されていないので、しょうがなく他のモデルを使ったんですわ〜」という福岡市の言い訳は成り立たないのです。

 もちろん、「土産・買物費」をはじめ「Meeting」モデルよりも「Event(スポーツイベント)」モデルの方が高い項目もいくつかあります。公平に全て「Event(スポーツイベント)」モデルで計算した場合、「2つの太い柱」{チャンピオンシップの「観客」(県内・県外・海外)の消費額と、マスターズの選手「同行者」(海外)の消費額}の合計は83億円になり、実に元の数字(130億円)から4割近くも激減して今います。つまり、消費額は数字の操作によって1.6倍に水増しされているのでは? という疑いが生じるんですね。

 

延べ数の観客に宿泊数掛けたらダメです!

 この単価や宿泊モデルが不適切だという話とは別に、観客の数がおかしいという問題もあります。これは共産党の中山郁美市議の質問から紹介しましょう。

 

◯中山 最後に「観客数」ですが、どうやってはじき出したか、これ、担当に聞き取りしたところ、客席にいる人を目測で数えて、例えば1日目にスタンドに1万人いた。2日目に5000人いた。3日目に1万人いた。そうしたら3日間で2万5000人いたと。こういう延べ計算をしてます。しかしこれに1人あたりの宿泊日数や消費単価モデルを掛けるのは明らかに不適当です。Aさんが2日間試合を見にきたら、Aさんは実際には2泊しかしていないのですが、モデル宿泊数は1人あたり2.2泊とされているので、2.2泊×2人でAさんは4.4泊もしている計算になってしまいます。(これに消費単価がさらに掛けられるので)これ、実態とかけ離れて、ものすごい勢いで経済効果(の数字)が膨らみます。お尋ねしますが、観客数を目測し、延べでカウントする計算の仕方も、実態よりも数字を過大にするために用いた悪質な手法だと思いますが、答弁を求めます。

◯市民局長 観客数につきまして日々の実数をカウントして集計をいたしております。また、宿泊数につきましても、これは実数を把握するためにですね、大会選手登録情報、それからその数字から取れないものでですね、アンケート調査を行なった上で、その基数に基づいて算出しております

 

 いやいやいやいやいや。それは嘘です。というか、めちゃくちゃごまかしです。

 アンケートをして宿泊数を出したのは、選手やスタッフたちの方だけです。消費額の半分を占める一般観客の方は、さっきも述べたように観光庁の統計モデルから引っ張ってきたモデルの数字であって、実際の宿泊日数ではありません。

 

◯市民局長 それから実数と延べ数ということでご指摘がございましたけれども、こういったイベントにおける来場者数をカウントする場合には、1日1日で消費効果がございますので、その実数ではなくて日々来場される観客数をカウントする、積み上げる延べ数で計算をするということになります。日々来場される方の数をカウントしてですね、その宿泊数を乗じることによって、その期間に行います消費活動による効果をですね、算出できるというものでございます。

 フンフンなるほど。確かに延べ数に消費単価を掛けるのは正しいと言えます。

 しかし、しかしであります。

 そこに宿泊数を掛けてはダメでしょう。そこに大きな間違いがあるのです。

 ここは反論になってませんよね。

 いやあ、中山質問の経済効果部分の答弁を読み直してみて、全体として想像以上に市側の答弁がダメダメだったことがわかりました。全然別の話してるんですもん。この市民局長は、保健福祉局長だったときのことなど知っていますが、なかなか冷静な答弁をする人です。ところが今回まさにしどろもどろ。理由があったのですね。

 

 そして、目測で観客数を計測した場合、一体どうやって外国人と日本人を分けたのだろうと疑問がわきます。実はこんな手法を取っていました。

 

◯中山 しかも当局からの聞き取りによれば、外国人観客と日本人観客の割合は、実際の数字ではなくて、前回世界水泳の会場であるハンガリーのブダベスト大会での比率をもとに推計されたということでした。陸続きの隣国から大勢やってくるヨーロッパでの大会のモデルを使えば、外国人観客の数が実際よりも多くはじき出され、外国人観客の方が宿泊数は日本人より何倍にもなりますから〔日本人は1〜2.2泊だが、外国人は11.2泊〕、経済効果の数字もあっという間に数倍に膨れます。

 あらら…。

 

経済波及効果を計算する分析ツールもなんだか多めに出てないか?

 産業連関表に基づく「分析ツール」(経済波及効果を計算するソフト)は今回のために市が発注先に特別に作らせています。

 しかし、福岡市が公式サイトに載せている「観光・イベント消費」の「分析ツール」(「令和5年11月27日 全ての分析ツールで使用している消費係数を最新値に更新しました」と記載)がちゃんとあるのです。

https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/renkanhyo/sangyorenkanhyo.html

 これに、福岡市がはじき出した433億円の経済波及効果の元になった数字(直接効果275億円)を前提にした数値を投入してみました。

 分類が若干違うので、いくつかの場合を想定してみたのですが、378億〜397億円となり、いずれも400億円を超えることはありませんでした。

 つまり、分析ツールの作り方で、ひょっとしたら1割程度水増しされている可能性があります。

◯中山 私ども共産党市議団では、観客数は市の数字をそのまま使い、1人あたりの宿泊数および1人あたりの消費単価を適切な国のモデルを使って計算し直し、さらに福岡市が公表している波及効果の分析ツールを使って再計算したところ、世界水泳の経済波及効果は直接効果、1次効果、2次効果全てあわせて315億円に過ぎないという結果を得ました。私が決算特別委員会で明らかにした観客数の実数に置き換えて計算し直せば、この金額はさらに大きく下がります。そこで、あの手この手を使って導き出した433億円という経済波及効果の試算は、全く根拠のないものだと思いますが、御所見を伺います。

 

 540億円→433億円→315億円→…とどんどん下がっていきます。

 福岡市のいう経済波及効果は、エンピツなめなめやれば、少なくとも数百億円の規模で膨らんだり縮んだりする数字だということです。

 

ガザ攻撃と高島市長

 イスラエルによるパレスチナガザ地区の攻撃について、杉並区の岸本聡子区長の答弁を見ました。

 また、昨年11月8日に出された「九都県市首脳による緊急人道アピール」も見ました。

九都県市首脳による緊急人道アピール|東京都

 中東のパレスチナガザ地区をめぐる情勢が緊迫、深刻化しています。
 私たちは、この紛争に関わる全ての当事者及び日本政府をはじめとする国際社会に対し、以下を訴えます。
一、 即時の人道目的の一時的な戦闘休止及び人質の即時解放
二、 国際法、国際人道法の遵守
三、 深刻な人道上の危機に瀕しているガザ地区を一刻も早く救済するために、あらゆる方策を講じて、人道的被害の抑制、人道支援物資の供給を通じた人道状況の改善に万全を期すこと

 そこには神奈川県知事(黒岩祐治)、埼玉県知事(大野元裕)、千葉県知事(熊谷俊 人)、東京都知事小池百合子)、横浜市長(山中竹春)、川崎市長(福田紀彦)千葉市長(神谷俊一)、さいたま市長(清水勇人)、相模原市長(本村賢太郎)が名を連ねています。つまり、首都圏*1の知事・政令市長が共同で停戦を呼びかけています。

 私は、このような表明を、日本の自治体首長は行うべきであると思います。

 それは当然福岡市の高島宗一郎市長も同じです。

 特に、彼は自分の著書『福岡市を経営する』で学生時代にパレスチナイスラエルを訪問したことが「私の人生を決定づけた」とまで語っています。

 イスラエル人が歴史的な苦難から「国家」への思いを強くしたことはいろいろな書籍や映画などを通じて知られています。

 一方、学生時代に訪問したパレスチナ自治区では、はじめて「国を持たない人」に出会いました。「国を持たない人」とは、自国のパスポートがない人たちです。

 私たち日本人は、あたりまえのようにパスポートを持ち、海外に行けば「私は日本人です」と自己紹介します。海外からの侵略や脅威からは自衛隊が守ってくれ、治安は警察が守ってくれます。パレスチナで出会ったのは、そういった機能に守られない人たちでした。

 治安を維持する警察機能は、自国民ではなくイスラエルが担っています。また国家がないので、国際社会ではあくまでもオブザーバーにすぎないのです。

 過去に国を持たなかったイスラエルと、今、国を持たないパレスチナという、どちらも国を持たないことによる不自由や苦難を味わってきた人たちに出会って、私は自分が置かれている環境のありがたさを再認識しました。国家を守り、その国家の名誉を高めてきた先人に、はじめて関心を寄せることになったのです。

 また、日本人はビザがなくても入国できる国が世界トップクラスで多いということも知りました。日本人が当たり前に取得するパスポートは、先人たちが脈々と築き上げてきた信頼に足る国づくりの賜物なのです。そして私も「誇るべき日本と、生まれ育ったふるさとをもっと発展させるべく、いつか自分も政治家として働いてみたい」と強く思いました。私の人生を決定づけたのが、この学生時代のパレスチナイスラエル訪問でした

 そこまで彼が思い入れをしている場所で、今、深刻なジェノサイドが引き起こされ、人道危機が起きているわけです。そうであれば、彼こそ即時停戦の表明を内外にアピールすべきではないのか? と私は思いました。

 

 この点を、3月25日に日本共産党(倉元達朗市議)が福岡市議会でただしました。

 市長は

 まず去年10月のハマスによるイスラエルへの武力攻撃、また誘拐などの一連の行為は、これについてはまず絶対に許されるべきではないというふうに思っております。一方現在ガザ地区においてはイスラエル軍によります大規模な攻撃があって、罪のない一般市民に多大な被害が発生をしており、大変深い悲しみを感じている次第でございます。双方の犠牲者の方々とそのご遺族に哀悼の意を示すとともに、停戦が速やかに実現をし、世界の平和と秩序が回復されることを強く望んでおります

という表明をしました。

 これは私には少し意外でした。

 彼はそうした表明さえしないのではないかと思っていたからです。

 しかし、そこまでは述べました。それは評価したい。

 問題は、そこからです。

 祈念するだけでなく、具体的に当事者に停戦を働きかける形にしてほしいと思いました。倉元市議もそう感じたのだと思いますが、その市長の答弁を受け、「そこまで言われるならば、きちんとアピールを出すべきだ」と求めました。

 福岡市に対して非核都市宣言をしないのかとただすと、市長は決まって「アジア太平洋都市宣言があるので…」と言ってきました。

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 そこには

 

  1. お互いのであいとふれあいを進めよう。
  2. お互いの生活と文化を正しく理解しよう。
  3. お互いの健康と平和を守ろう。
  4. お互いの現在を真剣に語り合おう。
  5. お互いの生きる立場を正しく認め合おう。

 

という条項が並んでいます。イスラエルパレスチナはアジアの一角=西アジアにある国家・地域です。この宣言の精神を生かすべき地域です。

 本当にこれを生かすつもりなら、高島市長は具体的な働きかけに踏み出してほしい。

 ぜひ高島市長には、そこまで進んでほしいと思います。

*1:厳密に言うと違うが。

箱崎キャンパス跡地に巨大アリーナは必要なのか

 福岡市東区箱崎では九州大学が移転し、その跡地利用が大きな問題になっています。

 九大の移転によって約50haの広大な空き地が生まれます。

 跡地の28.5ha分(福岡ペイペイドーム4個分)を、土地を所有している九大・URが、民間企業の開発に委ねようとしています。都心の開発としては相当大きな規模の開発です。

 この部分の開発をめぐり2024年元旦の西日本新聞が「最後の大開発 福岡の岐路」と1面トップで報じました。この地に巨大アリーナ建設するかどうかをめぐって大企業グループが分裂したのです。

 現在この地を巡って事業者の公募が締め切られ少なくとも3つの陣営が応募。九大とURは提案を審査の上、2024年5月に事業者を1つに絞ることになっています。

 

巨大アリーナ計画

 九州電力を中心とするグループはアリーナを目玉とした案を準備しているとされ、「九州電力幹部は米国に渡って、巨大なアリーナを目の当たりにした興奮がやまない」と報道されました。

 ここで九電幹部が興奮したという「米国の巨大アリーナ」とはどのようなものでしょうか。

 「米国の巨大アリーナ」はおそらくラスベガスに去年の9月にオープンした「巨大球形アリーナ MSG Sphere(エム・エスジー・スフィア)」ではないかということが共産党の調査でわかっています。

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 このアリーナは敷地面積7ha、高さ112メートル、幅約157メートルという世界最大の球体構造。規模も1.8万人収容です。九電グループ箱崎に「2万人規模のアリーナ」を提案すると報道されており、ぴったりです。さらに、容積率も114%で、箱崎の公募要件で200%以内という条件に適合しています。

 MSG Sphereは全体がLEDスクリーンに包み込まれており、上空から見たら一目で「ああラスベガスに来たな」というシンボルとなっています。

 西日本新聞の元旦の1面の報道では、企業幹部が「飛行機から箱崎を見下ろしたときアリーナのようなわかりやすいものがない」とこぼしていると報道されています。まさにMSG Sphereのようなものが検討されていると言えるのではないでしょうか。

 福岡市が曲がりなりにも跡地開発の指針としてしている「九州大学箱崎キャンパス跡地グランドデザイン」にはどのような原則が定められているでしょうか。

 「グランドデザイン」の将来構想には、こうあります。

  • 「ここ箱崎だからこそできるまちづくりに向けまち全体の一体感を創出する」
  • 「周辺地域との一体的な発展を目指し、箱崎千年の歴史に育まれた文化や関係性を大切にし、周辺地域との調和・連携・交流をはかる」
  • 「100年後の未来に誇れるまち」

 箱崎に九大のあった100年の歴史、さらに1000年の歴史を引き継ぎ、次の100年後にも誇れるような街づくりを目指すのが、住民要求を反映したグランドデザインの趣旨だというわけです。利用者も限られ、周辺に混雑を生み出し、街並みの一体感ともそぐわないアリーナ建設は、「グランドデザイン」の趣旨とは全く違うものではないでしょうか。

 

 しかも、巨大アリーナは各地で混雑などを生み、住民との間でトラブルを生んでいます。

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 2023年9月に開業した収容人数2万人のKアリーナ横浜は、収容人数がちょうど2万人で九電グループが計画しているアリーナとほぼ同じだとされています。先述の元旦の西日本新聞でも箱崎の計画報道の中でこのKアリーナが比較として触れられていました。

 このアリーナは横浜駅から10分という立地にもかかわらず、ライブ終わりの凄まじい混雑が問題となり、運営会社が謝罪する事態となっています。

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横浜駅から9分の立地であると紹介されているKアリーナ横浜。しかし、実際はライブ終わりに毎回凄まじい混雑が起きており、SNSでは2時間以上かかったという声もあがっているのだ。横浜駅から9分の立地であると紹介されているKアリーナ横浜。しかし、実際はライブ終わりに毎回凄まじい混雑が起きており、SNSでは2時間以上かかったという声もあがっているのだ。(FRIDAYデジタル2023/12/12)

 現在福岡市にあるペイペイドームやマリンメッセでのスポーツやコンサート後の混雑から見ても、箱崎周辺の住宅地が、イベントごとに混雑に巻き込まれることは容易に想像できます。ここにスフィアのような巨大建造物がくればなおさらこういった状況に陥ると思いますが、グランドデザインにある「ゆとりある空間整備」とはあい容れないものではないでしょうか。

 京都では住民の運動で巨大アリーナ構想は撤回に追い込まれました。

 

 さらに言えば、スフィアのような建造物ができて、「グランドデザイン」がうたう「歴史的資源と緑」を生かしたものになるでしょうか。その「面影や記憶を継承する」ものになるでしょうか。

 私にはそうは思えません。

 しかも「持続的に発展し、100年後の未来に誇れるまち」と「グランドデザイン」の将来構想はうたいあげていますが、派手なアリーナというのは、逆に陳腐化も最も早いのではないでしょうか。スタジアム・アリーナにとって、老朽化や設備の陳腐化は避けられない課題の一つだからです。

 

IT都市構想(スマートシティ )

 次に、報道されているもう一つの方向性、IT都市について。

 こちらはJR九州西鉄などのグループ、そしてトライアルのグループもやはりIT都市づくりを提案したとされます。

 同じく元旦の西日本新聞1面で、「アリーナ対IT都市」として、跡地の公募について報道されています。この記事では、箱崎の跡地が水素エネルギーを基軸にしたまちづくりということでパイプラインなどを配置するデザインにしているが、現状ではコストが3倍もかかって企業もあまり使わないという話が書かれています。続けてその記事はこう言っています。

市のインフラ先行投資に「将来的に技術が陳腐化し、時代遅れになりかねない」という声も聞こえる。

 これは重要な指摘だと思います。

 ITやエネルギー関連は、幾何級数的に技術が進歩していきます。人工設計的に集中投資された街は、あっという間に古くなってしまいます。

 ビルなど都市開発のライフサイクルは50〜70年単位ですが、デジタルは5年後に陳腐化すると言われています。ITはライフサイクルは3年から5年、長くても10年です。

 野村證券コンサルティング事業開発部の大道亮氏は

 日本で最も古い超高層ビルは1968年に竣工した霞ヶ関ビルディングだが、リニューアル工事を経ながら50年以上経過した現在でも問題なく稼働している。都市開発のライフサイクルは50年〜70年単位と見て差し支えない。一方で、デジタルは技術も流行も移り変わりが激しいため、現在使用されているものであっても5年後には陳腐化している可能性が高い。ライフサイクルは3〜5年、長くても10年程度である。

 1度建てたら50年〜70年稼働させることを目指してビジネスモデルや体制を構築している都市開発に、5年後には企画から見直す必要に迫られるデジタルを組み込もうとすると大小様々なハレーションが発生する

と指摘しています(「都市の開発者は今、スマートシティとどう付き合うべきか」2021年10月)。

 IT都市のような発想は、最初は華々しいけど、数年であっという間に陳腐化してしまう(同じことは、アリーナについても言えます)。どんなに目新しいものを作っても、すぐ古くさくなる。どちらにしても、「100年後に誇れるまちをつくる」というグランドデザインのコンセプトに合わないのです。

 

跡地をどう利用すべきか

 先の西日本新聞の記事で、跡地利用の協議に参加していた住民の声が紹介されています。

最先端技術の実験場でなく、千年の歴史がある箱崎らしさを生かして、この地域の文脈を大事にしてほしい。

 これこそ住民の声です。

 昨年の西日本新聞10月24日付に報道された「九大箱崎キャンパス跡地、何がきてほしい?」というアンケート結果600件では、1番多かったものは「大きな公園」で、次が「教育施設」です。

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西日本新聞2023年10月24日付より

 そもそもスマートイースト構想の認知度は「知らない」が4割で最多。「知っているが内容はよくわからない」をあわせると、7割を超えて認知度がないとの結果です。

 さらにその声は、

  • 「住宅と商業で土地を埋めるような安易な開発にはならないでほしい」
  • 「商業施設は国道3号線の混雑につながる。ららぽーとやイオンなどすでに揃っている」

と、安易な開発を戒め、広大な公園を望む声が紹介されています。

 これはまさに、地元の4校区の住民が「広大な防災のための公園を」と要望してきた声と一致しています。

 今のままでは、30haに巨大なアリーナやスマートシティがつくられて、公園はわずか1haしかないという結果になります。

 15万人しか住んでいない能登半島地震でも、仮設住宅の建設用地が深刻な不足に陥っていることが日経新聞の1月16日付で報じられています。その10倍の人口を抱える福岡市で、都心に広大な公園を残し、そこに最先端のICT技術などを組み込むようなあり方こそ求められています。スマートシティやアリーナなどのような構想は一見時代の先取りのように見えて、あっという間に陳腐化する時代遅れの都市開発です。

 こうした枠組みを見直すように市として正式に表明し、4校区協議会が当初から求めた、広大な防災公園や元寇防塁を生かした、真に住民の願いに立ったまちにすべきなのです。

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