(この記事は、ブログのトップに一定期間置いておきます。) 私は2024年8月に日本共産党を不当に除籍・解雇され、同年11月に私は共産党などに裁判を起こしました。

2026年9月頭に日本共産党の第29回党大会期の第9回中央委員会総会(9中総)が開かれました。
「飛躍期間」で達成目標にしていた党員拡大は、8.3幹部会決議で「飛躍に向けた条件を耕した」と豪語したものの、その期間を半分過ぎて「目標比7%」という深刻な事態です。*1

ところが9中総決議では「全党の大奮闘」「最終盤に変化が生まれたことは、9月につながるものとして重要」と評価するだけ。「1支部が党員1人を増やせば」というくだんの「1支部あたり」メソッドを使い「6000人の拡大目標もゆうゆうと実現できます」との「逆張り」表現で読む者をあっと驚かせています。
党幹部自身がもはやこの目標を真剣に追求していないことは、志位議長の表現を使えば「誰が見ても」明らかでしょう。
9中総決定の一つである「手紙の返事について――支部・グループのみなさんへの中央委員会総会としての応答」(以下「応答」と略します)を読むと、党の多くの支部では「目標をどう達成するか」という次元で真剣に悩んでいる支部はほとんどなく、「活動をどう前向きに起動させるか」というスタートラインで困っているところがほとんどです。
実際、9中総決議で次のように書いていることを見ても、もはや目標達成の追求はお題目になっていて、事実上「できることから足を踏み出す」が実践上の目標になっていることがわかります。
支部・グループの「返事」には、党活動上の悩みや困難とともに、党を強く大きくしたい、選挙に勝てる党をつくりたい、という思いが共通して語られています。そして、悩みや困難がありつつも、できることから一つでも活動に踏み出し、何とか打開したいとの気持ちが伝わってきます。「返事」にしたためていただいた内容を大切にして、できることから足を踏み出しましょう。
党勢拡大の目標数値を追い求めるという活動は総破綻してしまい、もはや党幹部を含めて誰も真剣に追求していません。実践上たどり着いたのは「できることから始めよう」ということだけになったわけです。
現場の支部と党員は、もう党勢拡大目標が実質的に意味を持っていないことをよくつかんで、自分たちにとって楽しくやりがいのある活動は何か、それを純粋に考えればいいのです。
これは前々から私が述べてきた(1)徹底したスリム化とそれに伴う事業モデル(マネタイズ、集金システム)の改革、そして、(2)全体の活動は「楽しさ」を基準にする、という二つの改革のうちの(2)の条件が現場で整いつつあることを示すものです。
では「楽しく党活動を始める」そして「できることから始める」というのは、9中総を読んで具体的にどうすればいいんでしょうか。
党活動を「楽しい」ものにする、という意味では、9中総決定にも関係する記述はあります。
9中総決定の一つである「応答」に、今後の党づくりに生かすべき「六つの発展方向」が書かれています。
この6つです。
このうち、「3.」を足がかりに議論を始めてみることを提案します。
うまく前向きに活動を起動させようということになれば、「1.」や「2.」(あるいは「5.」「6.」)に進んでいけばいいと思います。「1.」は人とのつながりを作って、社会運動に参加する楽しさを共有するという運動の原点のようなものですから、そこに向かうことは私は大切なことだと考えています。幸いにも、9中総決議では「『飛躍期間』の目標達成」とは別に、真っ先に記述されている訴えは「統一地方選挙勝利へ、戦略的大方針の『要求対話・要求アンケート』に取り組もう」ですから、決議の方もそこの議論を足がかりにして、まずは前向きに活動を始めるところからスタートします。
今の支部の人に話を聞いてみると、すでに活動している人は何をしているかといえば、身近な統一地方選挙に向けて支持者(後援会ニュース会員)の「訪問」をして、「要求対話・要求アンケート」や「支持拡大」をしているようでした。そうした流れとも整合的だと言えます。
そこすら到達していないような支部は、まずは学習をしたり、それに基づくおしゃべりをしたりすることから始めたらいいと思います。「3.」で「会議で学習の時間を必ず取ること」とある通りです。
学習といっても「2.」の「青本」「赤本」という『資本論』入門から始めるのはハードルが高いのではないでしょうか。最近支部の党員と話しましたが、「青本」「赤本」を支部で学習する苦労について語られました。やりたければやればいいでしょうが、無理にそこから始める必要はありません。
学習は「赤旗」がよく、「赤旗」の気に入った記事を読み合せることから始めてもいいと思います。昨今は動画がありますので、日本共産党国会議員団チャンネルや赤旗YouTubeチャンネルを15-20分程度見るだけでもいいんじゃないでしょうか。
そのようにして「活動の楽しさ」を共有するところから、すなわち「前向きに活動を始める」というところを、まずは起動させてはいかがでしょう。
その支部・党員が党勢拡大に取り組むかどうかはその次の話です。それを「段階論」だと言って責めても何も始まらないのです(実際、何も始まっていませんし)。
まず、党活動を楽しく・前向きに活動を始めるためにできることは何か、忘れていた原点を思い出させるにはどうしたらいいか、それを支部も地区も考えて始める——これが9中総を受けてやるべきことだろうと思います。
9中総全体は、先ほど述べた(1)(2)のうち、(1)の戦略的な転換を全く考えていないという点で、根本的に間違った方針であると思います。しかし、全てが間違った、デタラメな方針というわけではありません。9中総の中で活かせる部分をとらえて、後々の抜本的な改革につなげられるような準備をする実践を、現場ですすめておくべきなのだと思います。
以上が私が言いたいことです。
あとは余談です。

とはいえ私が述べた改革の(1)徹底したスリム化とそれに伴う事業モデルへの改革がなければ、党指導部=党中央としての責任は果たせません。ここまで現場が苦労しているのに、その苦労に甘えるのではなく、その苦労を取り除くために、中・長期的に持続可能な党活動の方向性を示すのは党指導部の責任です。
残念ながらその兆しは見えません。
集金・配達が維持不可能になっている現状について、次の大会議案で「抜本的な打開方向を提案」と9中総で喧伝していますが、おそらくその方向は紙のしんぶん赤旗日刊紙を維持し、配れなくなった地域は、切り替えなどの一定の措置をとった上で、積極的に新聞販売店にまかせる方針をとるのではないでしょうか。
共産党の29大会9中総では、赤旗を「増やしても配れない」に応えて党大会決議案で「抜本的打開の方策を提案する」と記述。
— 神谷貴行 (@kamiyatakayuki1) 2026年9月5日
同中総の決定文書に山梨県の党支部の経験が載っており、配達困難な地域は切替措置をした上で新聞販売店への依頼を原則的方向にするのでは? pic.twitter.com/1fmYmWZxcj
これは方針が出ていないので、現時点で断言できませんが、もしそうであれば、配達・集金の苦労はだいぶ減ることになるでしょう。「痛みの緩和」になると思います。しかし、紙を印刷し配達するコストはほとんど変わっていないし、販売店に払うコストが余計に嵩むことになっていて、党財政が侵蝕される事態は変わっていないどころかますますひどくなっていく危険性があります。現場の「痛み」がカットされて消えてしまうぶん、問題がいっそう不可視化されて事態が深刻になる恐れがあるのではないでしょうか。
現場や支部が抱えている困難を、現場や支部の「努力」によって解消させようとすることはもうとっくに限界に来ています。今回配達・集金に関して、そうした自己責任による自助努力だけでなく、「抜本的打開の方向」を打ち出したのは、大事な変化の兆しと言えますが、そのレベルのことで問題が解決するフェーズはとっくに終わっています。
組織全体を抜本的にスリム化し、活動のあり方自体を根本的に転換する方向を打ち出さない限り、現場の苦労は終わることはなく、先の見通しも見えない「暗いトンネル」が続くことになります。それを打ち出すのは党中央の責任です。
志位議長は9中総の「あいさつ」の中で
党綱領の一部改定は、第29回党大会決定とその後の探究・実践を踏まえて、綱領第5章「社会主義・共産主義の社会をめざして」を中心に行い、その他の章も必要不可欠な修正・補強を行い、綱領の全体を、現時点で考え得る最良のものとなるように、一部改定案を準備しています。
と述べて綱領を何やら変える準備をしています。
志位氏は学者との対談で、
現代が直面する諸課題に対して、「自由な時間」は統合的な答えを提供するキーコンセプトになっている
と述べていて、他の党幹部もこれに追随する発言をしています。
現在の綱領では、「労働時間の短縮による人間の全面発達」の位置付けが、社会主義の目的の中の一つに過ぎないかのような扱いになっているので、おそらく全てこの色で塗り替えてしまうのではないかと思います。「キーコンセプト」、すなわち万事「自由な時間」が解決するのだ、と。
そして現綱領にある「物質的生産力の新たな飛躍的な発展」などの文言を追放してしまうのではないかと推測します。*2まあ、これはあくまで推測ですが。
この問題は別に議論すべきことですし、実際に出てきた提案を見て判断はしたいのですが*3、正直なところ、「綱領をいじっている場合だろうか」というのが第一印象です。家の台所で火の手があがっているのに、「さて、我が家の新しい家訓を決めようか」といって居間にワイングラスを持ってきて一杯やろうとしているノンキナトウサンのようです。*4
もし誰かのレガシーづくりのために、党組織が動員されているのだとすれば、私物化ここに極まれりでしょう。やめてほしいと思います。いろんな意味で。
「応答」には、「(支部から中央への)『返事』では、『次々方針文書が出てついていけない』という声」が「少なからずありました」と記されています。
かつてはこんな頻度で中央決定が出されることはありませんでした。1つ1つが慎重に作成され、結果も時間をかけて分析されたものです。現在は中総だけでなく、都道府県委員長会議や幹部会決議などをふくめ、乱発と言っていいと思います。そのことが、支部からの苦情としてたくさんあがってきていることが、中央決定にも反映され「ついていけない」とはっきり書かれています。矢継ぎ早に「なんとか期間」「かんとか期間」と出されて、もはや最高幹部でさえ正しく名称を言えない事態です。
例えば党員の皆さん、あなたは「三つの突破点」「二つのチャレンジ」「三つのスローガン」ってなんだったか言えますか?
そうした中で「どうせ10月には10中総が出て9中総は古くなってしまう」と「やり過ごそう」としている支部も少なくないでしょう。
かつて中央決定が持っていた知的信頼や知的権威にすがりついて、それを出しさえすれば何か幹部として仕事している気になるのかもしれません。しかし、党幹部が「誰が見てもできない目標」を掲げ続け、まともな総括もせずに、決定を粗製濫造し続けた結果、中央決定が持っていた信頼や権威はすっかり食いつぶされ、消えて無くなってしまいました。
その末路が「次々方針文書が出てついていけない」という支部からの声だったのです。*5
9中総の「応答」では、この声に対して「中心となる太い方針を貫き、2カ月、3カ月、半年かけて実践する」と約束しているのですから、次の10中総は10月じゃなくて、少なくとも9月から2カ月後=11月にすべきじゃないかと思うのですが*6、どうですか? 言ったそばから反故にしますか?
「応答」には
「(支部から中央への)返事」には、今大会期、国政選挙で連続的に議席と得票を後退させていることに、「どうしたら勝てるのか」「前進・躍進するのは難しいのでは」という思いもさまざま語られています。
と綴られています。つまり、6中総や8中総で行った参院選・総選挙での大敗の総括に、現場は全く納得がいっていない状況が克明に映し出されているのです。
“高市旋風というつむじ風が吹いたので負けたんです”という総括に納得できる人がいるんですか? と私は書いたわけですが、やっぱり現場は「なるほど!」とは思っていなかったことがバレてしまったと言えます。「応答」ではこうした不満に応えるとして党中央は政治的・理論的にイニシアチブを強化し、その最初の成果が小池晃氏が報告した「訴え」(9中総決議)だ、と記しています。
9中総では、志位和夫議長のあいさつ、小池晃書記局長が提案した「訴え」に、その最初の応答を込めました。
“「小池訴え」で、理論的イニシアチブを強化した情勢分析を書いたので、まあみてくださいよ”というわけです。
しかし、「訴え」に書かれていることは、
わが党が伸びるうえでの「突風」や「逆風」がつくられ、党の値打ちが国民に見えづらい状況がつくられる中で、私たちは苦しいたたかいを余儀なくされてきました
というまたしても「風が吹いた」論——「突風」「逆風」論でした。8中総で「つむじ風ではなく旋風だった」という珍妙な言い訳をして失笑を買ったばかりです(辞書的な語義で言えば、「旋風」は「つむじ風」のことです)。それなのにまた「風」だというのでは、「シン・『八幡愚童訓』」と言われても仕方がありません。
26年1月27日の総選挙対策本部の訴えは「“つむじ風”は吹いていません」「党の先駆性が際立っています」「わが党にとって本当にたたかいやすい選挙」と言い切っていたではないですか。ところが今は「『突風』や『逆風』がつくられ」「党の値打ちが見えづらい」「苦しいたたかいを余儀なくされてきました」になっているのです。
「つむじ風でも旋風でもなく突風・逆風だった」という前回(8中総)を上回る珍論を披露するつもりでしょうか。
前にも述べたように、「高市自民党による『クーデター的』な解散・総選挙が強行されるなど、わが党が伸びるうえでの『突風』や『逆風』」(9中総決議)というだけでは、なぜ同じようにクーデター的解散をされた側にいた他の野党(参政党や国民民主党、チームみらい)が伸びるのか、中道改革が「厳しい審判を下された」分がなぜ共産党に来なかったのか、全く説明になっていません。
本当に総括すべきことを避けている——そのためにいくら「政治的・理論的イニシアチブの発揮をさらに強める」などと力んでみても、強めようがないのです。
まずは現実を直視することから始めようではありませんか。
「応答」の「3.」では「入党した党員を結集しきれていない苦労や悩みが寄せられています」とあります。
そして「応答」が示す「答え」は「党の方針通りに原則的な党活動を確立するための努力を行うこと」としています。
その例を「応答」はずらずらと書いているのですが、これが曲者だと思います。
例えばさっきも紹介しましたが、「会議で学習の時間を必ずとること」となっています。「おかしいな、うちの支部ではちゃんとやっているのに…なぜ結集しないんだろう?」と疑問を持ってしまうのです。
先ほども紹介した通り、「会議で学習の時間を必ずとること」自体は大事なことなのです。
しかしよくその中身を聞いてみると、「支部の古参党員がずっとしゃべりっぱなし」とか「他党を評価すると問答無用で切り捨てられる」とか、そういうタイムになっていたりします。
「応答」は実は「ベテランも若い世代も互いにリスペクトしあってすすめている」と書いてあるのですが、それがどういうことなのかよくわからないのです。「ジェンダー平等を自覚的に貫くことの大切さも、私たちは学んでいます」とありますが、これも現場ではよくわからないままなのです。聞き流すか、自分たちはやれていると思ってしまうのです。
新しく党中央の選対局が出した『選挙活動の手引き2026』には、「心理的安全性を感じられる空間になるためのチェックリスト」(p.49)とか「スタッフのグラウンドルール」(p.140)とかいう項目があります。
「心理的安全性」! 「グラウンドルール」!
これがあれば、私も取り囲まれて一方的に断罪される、不当なハラスメントに遭うことなどなかったかもしれません。*7
しかしこれらはあくまで「参考」「コラム」の扱いです。中央委員会総会決議でここまでつぶさに書くべきだったと思いますね。
新しい党員が結集しない、新人議員が離党する、ということが、大きな問題となり、中総決定の柱になっているのなら、「党の方針通りに原則的な党活動を確立するための努力を行うこと」などという誤解を招く表現をやめ、もっと踏み込んで解明すべきだったと思います。ベテラン党員の中には「あっ自分たちのやっていたことは、逆効果で、傷つけてしまっていたんだ」と気づく人もいるかもしれないのです。
*1:ふつう種子は7、8割が発芽するそうですから、耕しても発芽率が7%っていうのは相当な荒地だと思います。
*2:聽濤弘さんの「生産力概念」の解明など無視して。
*3:前の党首だった不破哲三氏が主導した2004年の綱領改定では確かに労働時間短縮による「自由な時間」の創出によって人間の全面発達が生み出されることを社会主義の主要な目的として位置付けを変えており、そのこと自体は私も大切なことだと思っています。ただ、現実社会では物価高騰や格差・貧困で多くの人が苦しんでいる中で、こうした一面的な強調が国民に噛み合うのかが心配ですし、社会主義が目指すそれ以外の要素を薄めてしまうのであれば大いに危惧せざるを得ません。
*4:かつて福岡県委員長は「党の綱領と規約に異論を述べる人は党員であり続けることはできない」という暴論を私に向け、私を共産党から追放しました。しかし、この福岡県委員長の暴論をかりそめに適用すれば、現綱領をいじろうとする党幹部は「現在の綱領に異論を持つ者」であり「党員であり続けることはできない」ことになってしまいます。
*5:あの…よく考えてほしいのですが「ついていけない」って、相当に手前での困難ですよ? 党幹部が何か高速で次々と難しい話をしているが、「少なくない」党員は聞いておらず、配られた大量の書類を整理することに追われてバサバサやってるだけ…ってことですから。
*6:真面目にそうせよという気はなく、党幹部が自分の言ったことと整合性を取るなら、というほどの意味です。
*7:過去の中央決定でこれに近い実践例は紹介されていますが「次々方針文書が打ち出されてついていけない」状況下では、誰も覚えていないのです。
(この記事は私の不当な除籍・解雇事件の問題の一部についてです。全体像を簡単に知りたい方はこちらを先にお読みください。)
2026年8月24日、東京地裁で、私が原告の共産党不当解雇裁判の第7回口頭弁論がありました。たくさんの傍聴、その後の報告集会*1へのご参加、そして募金等のご支援ありがとうございました。
この間、公開の法廷がずっとなく、時間が空いてしまったので、裁判の流れをもう一度簡単に書いておきます。
私の裁判は私の除籍・解雇、私へのハラスメントについて争われています。
このうち、解雇がいま審理されています。
被告(共産党幹部)は、“「党員でなくなれば自動的に解雇される」という明文のルールがあった”と最初主張し、しかし、そんなものは無いことが審理で明らかとなりました。当然です。
すると被告らは“「党員でなくなれば自動的に解雇される」という「黙示の合意(暗黙の了解)」があった”と言い始めました。
裁判所から、では具体的に示してくださいと言われ、被告らは最初は“共産党は警察に狙われ、スパイにされるから、党員でないと共産党の職員は務まりません。ゆえに党員でなくなれば自動的に解雇されるんです”と言いましたが(被告準備書面(4))、この主張はあまり相手にされませんでした。また、給与や傷病規定なども「党員であることが前提です」と言って持ち出したのですが、とても先ほど述べたような合意があるようには読めません。当たり前です。
そうすると、被告らは“県委員会の仕事は、党員でないとできない仕事しかないんですよ”ということを言い始めました。また、“党員でなくなれば解雇された例がいっぱいあります”ということで、そのリストを提出しました(被告準備書面(5))。
私たち原告と弁護団は、被告側が持ち出してくるいろんな主張は、どれも「党員でなくなれば自動的に解雇される」という暗黙の了解があることを証明するものじゃないですよね、と言っていました(「評価根拠事実がない」と言います)。 最後の「県委員会の仕事は、党員でないとできない仕事しかない」ということも、だからと言って「党員でなくなれば自動的に解雇される」ということとイコールではないし、どんなに無法なやり方で党籍を剥奪されても、党員でなくなればとにかく私は辞めますという合意などしていることにはならないよ、と主張してきました。それが反論の基本でした。
ただ、裁判所からは、 “県委員会の仕事は、党員でないとできない仕事しかないんですよ”ということ自体に反論はないの? と言われたので、いや、それ自体もおかしいと思うのでじゃあ本筋の議論じゃないと思いますが、その点は、事実の問題として反論しておきますということで反論をしました(原告第六・第七準備書面)。
そのポイントは以下に載せた私の口頭陳述要旨に3点でまとめてあります。実は、私たち原告が第七準備書面を提出した後に、それへの反論を被告側は準備書面で行いました(被告準備書面(6))。しかし、細かいことは別にして、被告側が言ったことは私の口頭陳述要旨でだいたいカバーして批判しているので、私の以下の陳述を読んでもらえれば、いいと思います。

令和6年(ワ)第30571号 地位確認等請求事件
原告 神谷 貴行
被告 日本共産党 外1名
口頭陳述要旨
2026(令和8)年8月24日
東京地方裁判所民事第36部合B1係 御中
原 告 神 谷 貴 行
1 陳述の機会を与えていただき感謝します。
被告準備書面(4)及び(5)について陳述します。
被告らは「理由を問わず、共産党員の地位を失った場合には、当然に勤務員の地位を失う」という黙示の合意があったと主張しています。被告らはこれを基礎づける評価根拠事実を主張しなければならないはずです。
しかしながら、被告らの準備書面(4)(5)では、給与や傷病などの規定のほか、県委員会の規約上の任務、採用方針、県委員会の業務内容を述べたにすぎず、どれも、「理由を問わず、党員の地位を失った場合には、当然に勤務員の地位を失う」という黙示の合意を基礎づけるものとは言えません。
そもそも不本意に党員資格を奪われると、生活の糧たる雇用労働者の地位までも自動的に失うというのは、勤務員の基本的生存権を奪うことにつながる重大な内容であり、そのような一方的な内容を、労働者があらかじめ合意するはずがありません。
以上のことを前提とした上で、被告のいう“県委員会の仕事は政治指導であり、党員でなければできない仕事だ”という点について、あくまで事実の問題として、簡単に3点指摘しておきます。
2 第一に、被告は「党員でなくてもできる仕事」をもっぱら行っている「総務部」の存在について触れていないことです。
総務部の1日の仕事を、私の観察と経験者からの聞き取りで紹介します。
総務部は2、3名の勤務員で構成されていました。
午前9時半の出勤とともに一人が受付に座って受付と電話の取次を、昼まで行います。
来訪者は郵便・宅配・業者などが中心で、幹部が個人的にAmazonで買ったワインを、連日宅配業者から総務部が受け取っているのも見たことがあります。重要な来客は応接室に通し、幹部を呼び出すだけです。
電話も同じです。大半は幹部や専門部への取次です。ごく稀にある市民からの問い合わせは、誰でも買える「しんぶん赤旗」に載っていることを知らせる程度には応対しますが、具体的な相談や複雑な苦情は総務では対応しませんし、できません。
一人が受付と電話対応をしている間、もう一人は5階まである階段、トイレ、風呂場などの掃除をします。被告の準備書面であたかも清掃なども幹部を含め勤務員全員がしているかのように書いていますが、それは月に1、2回程度のもので、日常的にはほとんど総務部が行っています。
階段は掃除機を使わず、濡れた新聞紙片をまいて箒で掃き、雑巾で丁寧にふきます。風呂場は毎日宿直者がきれいにするのがルールですが、そうなっていない場合が多く、洗っていない浴槽、髪の毛や使い捨てられたシャンプーの小袋などを掃除します。宿直者が使ったタオル、シーツなどがカゴに毎朝出されるので、それを洗濯し、干し、取り込み、たたんで収納します。事務所の外にある掲示板にその日の「しんぶん赤旗」を貼り出し、あわせて事務所の外回りのゴミを集めます。
午後からは受付・電話対応を交代し、もう一人は仕分けをします。地区委員会や他の県に送る輸送品の枚数や個数を揃えて行き先ごとに分けます。そのあとは、幹部から依頼された会議のための資料や事務所内での配布物を印刷します。ときには1人分が総計で何百ページにも及ぶ膨大な紙の資料があり、それを会議参加の数十人分、玄関にある長い下駄箱の上にずらっと置いて一枚ずつとり、最後にホッチキスで止めて一人分ずつビニールの袋に入れるという原始的な作業を延々繰り返します。引き継ぎの宿直者が午後6時にきて退勤となります。
以上のように、総務部の業務の大半は事務所の日常を支える極めて重要な仕事ですが、それ自体が「党員でなければできない」という仕事ではなく、経験者に聞いても「純粋な庶務ですよ」と述べています。
清掃の際に機密性の高い文書に触れないこと、あるいは受付での来客の個人情報を漏らさないことは、一般企業でも当然に行っているものにすぎません。以上の通り「党員でなければできない仕事しかない」という事実はありません。
3 第二に、「党員にしかできない仕事」とされているものも、実際には分解されて民間業者や非党員が担っています。
たとえば私の勤務員としての仕事についても、ビラやポスターの作製はきわめて政治性の高い仕事ですが、大半はDTP、つまりデジタルでデータを組む作業時間です。この部分は民間業者が担うことも非常によくあり、他県や地区委員会ではそれが普通でした。近年は動画が増え、ますます業者や非党員である「サポーター」への依頼が目立っており、そのことは機関紙「しんぶん赤旗」でも自慢しているほどです。最初の意見陳述でも述べた通り、私はビラを企画から入稿まで一貫してできるがゆえに、当時はきわめて珍しい存在でした。
裁判で私が「共産党の活動は分解して業者や非党員が担うこともある」と述べたた“そんな事実はない。あるなら言ってみろ”というので、口頭陳述で詳しく述べました。
— 神谷貴行 (@kamiyatakayuki1) 2026年8月26日
『選挙活動の手引き』①でも政策論戦は選挙の中心で②、その一つの動画作成も③非党員④や業者に依頼⑤していることが記されています。 pic.twitter.com/fMTaitThyz
あるいは、福岡市議会議員団の議会質問で使う調査やその集計なども膨大なものになるため、しばしば民間業者や非党員に依頼していました。
総務部のような仕事や、DTPの作業などで私の雇用を維持することを、被告らが真剣に検討した形跡は見当たりません。

4 そして第三に、私のような役員ではない勤務員は、「政治的指導・助言」をすることは規約上できないということです。これが一番大事な点です。
被告の主張の根幹は“県委員会の仕事は地区委員会への政治的指導であり、それは共産党員でなければできない”というものでした。しかし、実は私のような役員でない勤務員には、党の規約上、逆に政治的指導はできない定めになっています。規約30条で選挙により選出されたものが県委員会であり、31条で指導は県委員会の任務であることが明確に定められています。もし役員でない勤務員、つまり私が政治指導をしたら、それは越権行為となります。役員でない勤務員は、あくまで役員、つまり県委員の仕事をサポートする補助役にすぎません。被告準備書面はこの一番肝心なことを隠し、あたかも県委員会勤務の全員が政治指導をするから党員でないと務まらないかのように描いています。
企業の役員室にいる人は「役員室」とあるから役員しかいないように思えますが、実際には役員でないスタッフが補助として働いています。役員のスピーチを役員でない秘書が起案したり、役員でない受付が客を取りついだりしますが、それと同じです。「県委員会」の事務所にいるのは全員「県委員」なわけではなく多くの補助スタッフが支えています。役員でないスタッフの起案であろうと、外部の業者の委託成果物であろうと、それらは最終的な仕上げと決裁が役員によって行われるので、何ら実践上も規約上も、問題は生じないのです。
加えて、被告準備書面では、役員である勤務員とそうでない勤務員の仕事を混同させるだけでなく、党員全員に一般に求められている活動という、全く違ったレイヤーをごちゃ混ぜにして叙述し、それを「県委員会固有の職務」であるかのように描き出しています。
例えば、「しんぶん赤旗」の配達が被告準備書面に出てきます。それは党員なら誰でも求められるものです。職員としての任務ではありません。他にも、「しんぶん赤旗」や党の文献を読んで研鑽すること、地域の選挙活動に取り組むことも同じです。党員としてやっていることを、まるで職員固有の任務であるかのように描いています。
なお、「しんぶん赤旗」の配達や選挙活動は、党員でない人も参加しており、それは党としても公式に認めていることです。
5 以上3点を述べましたが、これはあくまで県委員会の実態、事実の問題として指摘したに過ぎません。
最初に述べた通り「理由を問わず、共産党員の地位を失った場合には、当然に勤務員の地位を失う」という黙示の合意について、そもそも被告らはこれを基礎づける評価根拠事実を示しておりません。そのことを重ねて申し上げ、陳述を終わります。ありがとうございました。
(以上)

私が驚いたのは、党幹部(被告ら)が平然と“役員でない党職員も政治指導や助言はするんだ”と書面で堂々と主張したことでした。
非役員の勤務員であっても、ときに政治的指導や助言を行うことはあるのである。(被告準備書面(6)p.3)
私の陳述で述べたとおり、党規約の第30条*2で、県党会議(県大会)の選挙で県委員会が選出されることが規定され、31条*3でその任務が政治指導や助言であることが明瞭に規定されています。
もっと言えば、これは民主集中制の5つの原則から生じている根本的な原則の一つです。規約第3条ではこの5つの原則が記載され、三番目に
(三) すべての指導機関は、選挙によってつくられる。
と書かれています。指導をする人たちに指導する権限があるのは、その集団が選挙で選ばれているからです。選挙で選ばれていない人に、その権限はないのです。
民主集中制の「集中制」の部分は、元々は軍隊的な強力さがありました。決定に基づきながら、その時々の判断は指導機関の判断に委ねられます。いちいち大会を開いてられないので、大会と大会の間は、指導機関の指導に従って一致団結して集中して動くことが集中制の強みであり、機動性でした。
しかし、軍隊と決定的に違うのは、その指導性は、党員たちがその指導部を選挙で選ぶということに根拠があるということです。つまり民主主義が基盤なのです。ダメな指導部ならみんなでその指導部を不信任したり解任したりできることでその指導性が支えられていたのです。
だから、選挙も経ていない「雇われ職員」が指導をできるはずもないし、やってはいけないのです。あくまでもそれは選挙で選ばれた指導部の補佐・補助でしかありません。
助言も同じです。
「助言」というのは、アドバイスのことだからきっと「うーん、事務所の入り口に飾る花はチューリップにしたらどうかな〜♪」…とかいうアホな話ではありません。規約17条*4にある通り、県委員会の下級である地区委員会が自治的に処理すべき事項があります。例えば市町村議会での賛否の対応などはその一つです。

しかし規約では、そうした地区委員会が自治的に処理する権限を持っている問題でも県委員会は「助言」できる、としています。「その議案は賛成すべきではありません」という感じです。こんなことを非役員ができるはずもないし、してはいけないのです。あくまで県委員の「補助」としてその役割に徹します。
地方自治法だって「助言」というのがありますが、それは大臣が行います。現場では国の部長や課長が自治体に電話したり連絡したりしているので、「ああ部長や課長も助言できるんだ」と思い込むようなものです。あるいは秘書や議員の配偶者が、議員の代わりができると思い込むようなものです。
なるほど現場で非役員の県党職員があれこれ、支部や地区に言っていることがありますが、それは正式に「指導」・「助言」なのかと問われたら、あくまで「援助」の一つに過ぎません。指導・助言ができるのはあくまで役員(県委員)。非役員はその補佐役でしかないのです。その区別が分からず、“だって現場で役員も非役員もあれこれ言ってるもん!”と宣っているだけなのです。
こういうレベルの理解の人たちが党幹部になって、真顔で書面にして裁判で規約そっちのけの理解を書き込んでしまう——実に頭を抱えたくなる事態だと思います。「政治指導は県委員会の仕事だから、県委員会の職員は共産党員でなければ務まらない」ということを言いたいがために、規約や民主集中制の理解が全くないことが露呈してしまったと言えるでしょう。こういう水準の幹部ばかりなので、規約蹂躙を平気でやるのだということを逆にあらわにしてしまったと言えるかもしれません。
そんな党幹部たちの無理解を書面にしなければならなかった被告弁護団の皆さんは、なんともお気の毒なことです。
なお上述の中で“党員でなくなれば解雇された例がいっぱいあります”として出してきたリストは、イニシャルと日時と場所しか書いてなくて、どういう経緯でどんなふうに解雇・除籍されたのかが全くわかりません。これじゃあ証拠にもならないし、こちらも検証しようがありませんね、と言っておしまいです。
日本共産党の2026年の講師資格試験が10月にあります。
「綱領」「規約と党建設」「科学的社会主義」「党史」などの科目があります。
「講師資格試験」という名前なので、本来はこの試験に合格した人が党内学習の講師ができる、というはずのものでしょうが、実態としてそういうことはありません。そんな資格があろうがなかろうが、講師活動は行われています。*1
要は「共産党員が党の組織や理論の学習をするための中央公認のテスト」です。「漢字検定」みたいなもので、受けようが受けまいが、そのこと自身でその人の党員人生にはさほど影響はありません。
ただ「中央公認のテスト」なので、その時の共産党が強調している方針・理論のポイントなどをちゃんとつかんでいるかどうかが問われることになります。

ところで、「規約と党建設」の科目で、例えば「なぜ『しんぶん赤旗』読者を増やすべきなのでしょうか」とだけ問われたら、どう書けばいいのでしょうか。これこそ講師資格試験に相応しい設問だと思います。
答え方がいろいろあり得ますが、共産党に入ったばかりの人が、「どうして党員はしんぶん赤旗を購読し、読者を増やすことが求められるんですか?」と聞いてくるような場合を想定するといいと思います。
これは主に4つ意味があります。
一つ目は、機関紙だからです。つまり党中央が日々起こる政治の問題をどう見ているか、どうやってそれを変えようとしているか、そのために方針のどこに重点を置いているか、を毎日つかむために党員が読むのです。
二つ目は、国民向けの宣伝です。言い換えれば、国民に共産党の主張を知らせるためです。一般の新聞に近い役目を持っています。
三つ目は、陣地を広げるためです。党のすぐ外に広がるシンパの陣地を広げることです。言い換えれば、新聞を通じて読者とつながるためです。配達や集金によって、読者は共産党を身近に感じます。社会運動、議会、選挙などで協力する関係が日常的に生まれるため、やがて共産党に入ってくれるようになるかもしれないのです。
四つめは、資金源です。赤旗を買ってもらうことが、共産党の活動を支えることになります。極端な話、中身を読まなくても、「じゃあ3ヶ月だけね」とカンパのつもりで購読してくれる人も少なくありません。
これらは2000年の第22回党大会決議でちゃんと4点にまとめられています。
私は、共産党員は、「なぜ赤旗を読み、増やすんですか?」と言われた時に、この4点をそれなりに言えることが必要だと思うのですが*2、あまり重視されていません。例えば市田忠義副委員長が2022年に書いた『日本共産党の規約と党建設教室』は講師資格試験で使われる党公認の正式なテキストなのですが、この4点は出てこず、22大会決議でこの4点の直前に出てくる、少し乱暴にまとめてある一文*3が載っているだけなのです。
それどころか、私は市田さんのこの『日本共産党の規約と党建設教室』という本の「しんぶん赤旗」中心の党活動を書いたくだりはどうも変だなあと思っています。
もし講師資格試験で「『若い世代は新聞を読まない』『だから赤旗を増やすのは難しいし意味がない』などという見方に対して反論してください」という問いが出たらあなたはどう書くでしょうか。
実は、市田副委員長の本ではこの意見への「反論」が書かれています。
ご覧ください。
世代的継承との関係では、「若い世代は新聞を読まない」などという見方がありますが、事実に反します。「新聞」の影響力への冷静・正確な見方が必要です。日本新聞協会の「新聞オーディエンス調査2020」(2021年三月発表)では——オーディエンスというのは新聞やテレビの視聴者という意味ですが——、新聞が発する情報に毎日触れている方は五〇・二%、平均年齢は四九・二歳で、すなわち五〇歳以下が半数を占めているのです。新聞の情報が、LINEやYahoo!ニュースになり、SNSで拡散されます。新聞の印象・評価についても、「情報が正確」「信頼性が高い」「情報が整理されている」などの項目でテレビやインターネットを上回っています。全メディア中トップの評価です。そういう目で若い方も新聞を見ている、新聞の情報を得ているということです。単純に“ネット・SNSの発達イコール「新聞の影響力はなくなっていく」ということではありません。ネット・SNSの活用にもっと力を入れるとともに、この調査結果でも指摘されている新聞の影響力が大きいことを踏まえて、「しんぶん赤旗」読者を積極的に増やしていく必要があります。(市田忠義『日本共産党の規約と党建設教室』、新日本出版社、2022年、p.228)
なかなかすごい文章だと思います。
まず、
「若い世代は新聞を読まない」などという見方がありますが、事実に反します。
という大見得を切ります。しかし、新聞通信調査会の「第17回メディアに関する全国世論調査(2024年)報告書」など見れば一目瞭然ですが(下図)は新聞を月ぎめ購読で読まないし、図書館での無料のものも含めてそもそも読みません。「若い世代は新聞を読まない」のです。

それなのに市田さんは、どういう理屈で「事実に反する」などというのでしょうか。
新聞が発する情報に毎日触れている方は五〇・二%、平均年齢は四九・二歳で、すなわち五〇歳以下が半数を占めているのです。
は?
(;゚д゚)(つд⊂)ゴシゴシ(;゚Д゚)…?!
まず、「新聞が発する情報に毎日触れている」という全然違う回答軸を持ってきます。例えば職場で新聞記事のコピーが回ってきたら(違法ですが)、それは「新聞が発する情報に毎日触れている」ことではありますが、「新聞を読んでいる」わけではありません。
案の定、すぐ市田さんは種明かしをしてしまいます。
新聞の情報が、LINEやYahoo!ニュースになり、SNSで拡散されます。
いや、それネットニュースやんけ。
若者はネットでニュースが流れてくるのを見てる!→そのネットニュースの元は新聞社のニュースだ!……それをもって「若者は新聞を読んでいる!」と称するのは曲解と言いますか、ごまかしと言いますか、大丈夫ですかと言いたい。
それだけではなく、市田さんは統計上の…というか算数の初歩的な間違いをしています。
新聞が発する情報に毎日触れている方は五〇・二%、平均年齢は四九・二歳で、すなわち五〇歳以下が半数を占めているのです。
いやいやいやいや。
「平均が49.2歳」だから「50歳以下が半分」ということにはなりませんよ。
簡単なケースをお示しします。
Q.E.D.
「すなわち」と記して、あたかも自動的に「平均値」からサンプルの属性(50歳以下が半分)が導かれるように書いています。もし本当に「新聞が発する情報に毎日触れている方」が「五〇歳以下が半数」ならそのことだけ書くべきだと思います。多分その情報はないので、「平均」から割り出しているんだと思いますが、完全に「平均値」と「中央値」を勘違いしています。
そして、もう一つ市田さんが持ってきているデータはどうでしょう。
新聞の印象・評価についても、「情報が正確」「信頼性が高い」「情報が整理されている」などの項目でテレビやインターネットを上回っています。全メディア中トップの評価です。そういう目で若い方も新聞を見ている、新聞の情報を得ているということです。
いやそれ、「信頼性が高い」っていう話であって、新聞を読むとか読まないとかいう話とは直接関係ないですよね?
「近所にある五つ星のフランス料理店は美味しいという信頼感がある」というデータが出ても、だからといってその店をみんなが利用するわけではありません。
要するに市田さんは「『若い世代は新聞を読まない』などという見方が事実に反する」ことを何一つ反論できていないのです。
でも、仮に講師資格試験で「『若い世代は新聞を読まない』『だから赤旗を増やすのは難しいし意味がない』などという見方に対して反論してください」という問題が出ても、市田さんの「反論」を書けば満点がもらえるということになるのでしょう。
もしそうだとすれば、そんなテスト、意味があるのでしょうか?
「何も考えない党員製造テスト」と言われても仕方がありません。
こういう本をテキストにしていることに、正直恥ずかしさを覚えないのでしょうか。*4
誰もチェックせずに世に出て、誰もまともに読まずに賛美しているだけなのでしょう。記述自体の間違いというより、それを通して組織のありようが透けて見えて私は恥ずかしくなります。なんで追放された私が一番丁寧に読んでいるんでしょうか。
本日(2026年8月22日)付の「しんぶん赤旗」では、新聞販売店の倒産が増えていることが記事になっています。
本日付しんぶん赤旗。
— 神谷貴行 (@kamiyatakayuki1) 2026年8月22日
「新聞発行の縮小に歯止めがかかりません」
「背景には…購読者の新聞離れ」
「配達員の高齢化」
「『紙の新聞』は歴史的な岐路に立っています」
うん…。 pic.twitter.com/N0JPgZsSlf
その記事は「新聞発行の縮小に歯止めがかかりません」として、「『紙の新聞』は歴史的な岐路に立っています」という言葉で締めくくられています。もし本当なら、赤旗自身がそのことを真剣に考えるべきです。「歯止めがかからない」のですから。
この記事は、市田さんの記述と矛盾するのではないでしょうか。
市田さんの記述と、この赤旗記事を整合的に捉えるとしたら、「紙の新聞は規模縮小をしていくが、デジタルや他の形態への転換によって生き残る可能性がある」と考える以外にありません。
例えば、商業新聞の中で、朝日や毎日などはデジタルへの転換には苦労していますが、日経はその中では比較的転換に健闘しています。デジタル読者は日経は100万ですが、朝日は30万、毎日は数万とされています。
紙の減を埋めるほどではないとは思いますが、うまくソフトランディングすれば、規模を縮小しながら当面は事業を続けていけるでしょう。もっとも中長期的に若い世代が新たに購読するかどうかは別問題ですが。
私自身は必ずしもそう思いませんが、例えば日経の「成功例」を示しながら機関紙の維持(紙の廃止・縮小とデジタルへの移行)を論じるならまだ根拠のある言論だと思います。しかし、市田氏のような主張を、数万人の党員たちがまじめな顔で「勉強」して答案に書かなければならないというのは本当に悲惨な状況だと思います。
以前も述べましたが、次の党大会はそのような改革が示される場にならねばなりません。「紙の新聞」を今の規模・価格で維持することに、未来はないのですから。
先ほど述べた機関紙の4つの意味を分解して考えてみましょう。
一つ目の、機関紙としての役割。つまり党中央から党員への指示、逆に党員が中央の考えをつかみ、意見を出す役割です。これは、ネットで十分でしょう。わざわざ1日待って紙で配って伝える意味はありません。メールやLINEやDiscordのようなクローズド・コミュニティ型SNSを使えばさらに即時性・双方向性が高まるでしょう。だから、この役割を「紙の新聞でしかできない」と思い込む必要はないです。
二つ目の、国民への宣伝の役割。これもネットでいいと思います。かつて、共産党の『機関紙活動の手引き』などでは、本当はテレビやラジオを使いたいが、それは電波法の規制があってできないから新聞で対抗するんだ、と書いてありました。しかし、今やインターネットの動画やネットラジオを自由に発信できます。これに加えて、議員が地域で出している議会報告を紙で配れば、十分代替できるでしょう。
三つ目の、陣地の役割。言い方を変えると、支持者などとの結びつきの役割ですが、これは後援会ニュースの配布で十分だと思います。300万のニュース読者がいるそうですが、それに配って感想を聞くだけでも、リアルなつながりはできます。
四つめの、資金源。これが実は一番問題なのです。赤旗日刊紙のような毎月3497円ものサブスクを続けることはかなり難しいでしょう。なので、デジタルの赤旗に切り替えた時に、毎月例えば3000円払ってくれる人は10万人いる、1000円なら20万人いる、というような計算をして、これに動画への投げ銭なら毎月500円が30万人いる、とかそういう計算をして今よりも縮小した収益規模を割り出すしかありません。
その縮小した収益規模から事業を発想し、組み直すしかないのです。
講師資格試験に出題するなら「赤旗を含め『紙の新聞』は縮小が止まりません。『紙の新聞』は歴史的岐路に立たされていますが、どうすればいいと思いますか」と思い切って出題してみてはどうでしょうか。
*1:特に資格もなく共産党の集まりで「SNS講師」を名乗る人もいるようですし…。
*2:今の路線を前提とするなら、という意味で、私自身は後述の通り改革が必要だと思っています。
*3:「機関紙活動は、たんに党建設のなかの一課題というだけでない。機関紙は、党中央と全党をむすぶきずなであり、党と国民とのむすびつきを広げる最良の媒体であり、国民の要求にもとづく運動、国会や地方自治体でのたたかい、選挙活動や党建設、財政活動など、党のあらゆる多面的な活動を促進し、統一し、発展させていく中心である。」
*4:そもそも「新聞」一般を、共産党は「ブルジョアマスコミ」などと批判してきたはずですが、その「信頼性の高さ」を持ち出してそのまま「しんぶん赤旗」の購読が増えるはずだという証明にしているのはおかしくないでしょうか。私自身は新聞社が一般的に情報のためにヒト・モノ・カネという資源を大量に投入していることは、新聞の信頼性の基盤になっていると思いますが、そのようなエクスキューズが必要なはずです。
2026年8月17日の福岡県議会(臨時会)で第三者委員会が議決されました。
基本的なことですが、ややこしいので書いておきます。
まずこれは服部知事が決めた「第三者委員会」とは別のものです。
知事(局)は知事の方で、2つの第三者委員会を設置して、一つは県議ではなく知事の海外視察、もう一つは県の部課長が強制されていたパーティー券購入などを対象としています。*1
また、知事が決めた「第三者委員会」では、県議会の正副議長をめぐる金銭授受疑惑は対象にしていません。*2
議会の第三者委員会との関係を聞きましたが、「完全に別です」とのことで、要は“関係ありません”ということでした。まあ、職員はそう答えるしかないでしょうね。
これに対して、県議会が議決した第三者委員会は、それとは全く別のものです。
これを設置する法令上の根拠ですが、すでに疑惑の渦中にいる蔵内議長自身が語っているように、地方自治法第100条の二です。
普通地方公共団体の議会は、議案の審査又は当該普通地方公共団体の事務に関する調査のために必要な専門的事項に係る調査を学識経験を有する者等にさせることができる。
「100条」とあるので、これも百条委員会の一種なのかと思ってしまいますが、 そうではありません。強制力のある様々な権限を持ったいわゆる百条委員会とは別のものです。(そう思わせたいのが蔵内氏の手法なのかもしれませんが。)*3

2000年代初めに地方自治法に導入されたもので、制度としては比較的新しいものです。全国の例としては導入当初は議会基本条例の制定などに専門家の意見を聞くために活用されたようです。
http://www.gikai-kaikaku.net/old/gikaikaikaku-senmontekichiken.html
議会定数の調査に活用しているところもあるようです。
https://www.city.iizuka.lg.jp/uploaded/attachment/9720.pdf
最近では例えば長野県松本市議会で「松本市議会スマート農業推進施策に係る調査業務」で学識者に依頼して調査報告書を出してもらっています。
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/uploaded/attachment/126517.pdf
いずれにせよ、百条委員会のような強制力のある権限がない調査委員会です。ただ、設置主体は百条委員会と同じで、県議会ということになります。県議会が調査を専門家(第三者)に委託する格好です。
そして、調査テーマについてですが、議会事務局に問い合わせると、対象を県議会議員とすること以外は決まっていないようです。調査内容自体を、選ばれた専門家が決めるということのようで、道理があるようにも思えますが、ちょっとびっくりします。
議決文書そのものを拝見したいと述べたのですが、議会図書室に行かないと見られないのだとか。県議会のホームページへのアップは正式な議事録の決定と同じで、「(2026年)10月」と言いますから、なんと2ヶ月後。呆れてしまいました。
では、地方自治法100条の二に基づく委員会(便宜的に「100条の二委員会」と呼びます)は調査権限がないのでなんの役にも立たないでしょうか。
ここで、議会の不祥事に活用した具体例を見ていきます。
それは山口県の長門市議会のケースです。
市議会議員・正副議長の職員への言動がパワーハラスメントに当たるのではないかという事件でした。この事件をめぐり「100条の二委員会」が設置され、報告書が提出されています。議会が議員による調査委員会を構成し、その委員会が、弁護士3人で構成される第三者委員会に委嘱するという形式でした。
https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/uploaded/life/68537_279576_misc.pdf
ここでは、正副議長や議員が調査対象になっており、いわば議会の中枢・当事者が裁かれる(査問される)状況でした。この点で、福岡県議会と重なり、参考になると思われます。
第三者委員会の調査報告を受けて、長門市議会の政治倫理審査会が、市職員へのパワーハラスメント問題を審議。議員と議長が政治倫理条例違反に当たると認定しました。副議長は認定されませんでした。
なお公平のために言っておけば、この時「違反」認定された議員の一人は、共産党の議員でした。辞職勧告決議案を全会一致で可決しています。この共産党議員は、共産党による処分(3ヶ月の党員権利停止)を受けました。共産党自身も、パワハラであったことを認めたわけです。ただこの議員は、「党の見解を踏まえ、進退を判断する」「パワハラ事案は反省しているが、有権者に選ばれた議員の職を全うしたい気持ちだ」とした上で辞職せず、議員を続けています。
まあ、現在共産党から不当な除籍・解雇をされてその撤回を裁判で争っている身としてはこの共産党議員へのパワハラ認定の当不当を考えたいところですが、それは当事者ではない私の手に余る話ですし、本題とは関係のない話なので、ここではおいておきます。*4
ここで大事なことは、正副議長や議員が疑惑対象であり、なおかつ権限のない「100条の二委員会」であっても、調査報告書を出し、それに基づいて議会として次のステップに行けるということです。
ということは福岡県民としては何をなすべきでしょうか。
もちろん引き続き、第三者委員会と並行して、強力な調査権限のある百条委員会の設置を求め、第三者委員会との連携で偽証などを許さない形での調査を進めるように求めるべきだとは思います。
しかし、それが実現しないもとでも、あきらめずに粘り強く第三者委員会の調査報告書をまち、次のステップを考えることは可能だということです。必要なら、第三者委員会に対して、どのようなテーマで調査をすべきか、どのような方法で調査を行うべきかを提言することが重要になってくると思います。
例えば、第三者委員会は問題を狭く正副議長就任における金銭授受問題だけにしてしまうかもしれません。議員の海外視察や、議会質問の成り替わり作成・横流しなども広く対象にすべきでしょう。
福岡県議会と県政の腐敗は多岐にわたっており、共産党は総合的な改革提案をすべきです。
— 神谷貴行 (@kamiyatakayuki1) 2026年8月3日
私が提起した「百条委員会と第三者委員会のミックス」が核になりますが、調査結果を待たずに今言えることを学識経験者の意見も聞いて出すべきでしょう。
単に「共産党を伸ばして」だけではダメです。→ pic.twitter.com/t7i6gIlkA6
したがって、この時点で第三者委員会のテーマが決まっていないわけですから、第三者委員会に対して、あるいはその調査を委託している主体である県議会に対して、「このようなテーマを議題にせよ」と改めて申し入れる活動が有効になってくると思われます。もしもそのテーマを外したら、大問題だという世論を醸成しておくことが大切ではないでしょうか。
知事の第三者委員会と混同してしまうとか、「百条委員会設置を」という一般論で終わり続けるとか、そういう雑な対応をしないよう、特に県内の政党関係者・議員・予定候補者には求めておきます。
(この記事は私の不当な除籍・解雇事件の問題の一部についてです。全体像を簡単に知りたい方はこちらを先にお読みください。)
日本共産党は来年2027年1月に第30回党大会を予定しています。
その大会議案が2026年「10月はじめ」に発表されるそうです。
私は共産党幹部に対して、自分に対する不当な除籍・解雇の撤回とハラスメントに対する賠償を求めて裁判をしており、私が共産党幹部に何を最優先で求めるかといえば、「不当な除籍・解雇を撤回して私を党に戻せ」「パワハラをしたことを認め、賠償せよ」というものです。それが最小限、私が「共産党改革に求めること」だともいえます。
次の党大会の議案の中にそれを盛り込んでほしいと思うのは当然です。
加えて、そのことから考えて私が「共産党に改革してほしい」と思っている点は次の通りです。これを第30回党大会議案に盛り込むようまずは提案します。
これらは共産党の組織全体から見たら部分的な改革提案と言えます。ぜひやって欲しいと思います。
その上で「なんでお前は共産党の改革など求めているのか」について少しだけ述べておきます。
この点は繰り返し書いていますが、何度書いても「共産党を出ていけ。戻ってくるな。新党を作れ」と繰り返し言う人がいるので、残念ながら何度も書かざるを得ません。
私自身は規約違反をしていないし、公式の違反認定も受けておらず、規約通りの共産党を求めているわけですから、私が出ていく道理はありませんし、戻らない道理もありません。
そもそも党幹部が規約を無視して共産党を私物化しているのですから、私物化をして好きな組織を作りたいのなら、その幹部たちが出ていけばいいと思っています。また、幹部でなくても、「幹部様の御パワハラに弓をひくなどという不届きなヤカラとは一緒にやりたくない」とおっしゃる党員の方がいるのであれば、その方も一緒に出て行かれて、新しい党をつくればいいと思います。
党幹部たちの私物化ぶり、世間からの隔絶ぶりは、すでに私の裁判の緒戦ですっかり明らかになりました。“共産党職員は労働者ではない!”という世間のどこにも通用しない理屈を使って私の残業代請求を半年も無視し続けましたが、私に裁判に訴えられて、「認諾」という世にも稀な形で「全面降伏」をするありさまでした。
私は裁判に勝って党に戻るつもりです。その際に、共産党が幹部たちによって破壊し尽くされていては困りますから、追放されている身であっても「共産党改革」は必要な範囲で提案します。それが上記に書いたことです。

そうしないと私が困るという切実さのもとに改革提案を書いているだけであって、伊達や酔狂で書いているのではありません。幹部に小判鮫のようについていれば安寧だと思っているような党員がもしいるなら、そのような人こそ私に対して邪魔をしないでいただきたい。日がな幹部様の動画でもご覧になって「銀行の帳面を見れば計画経済も立派にできるでござるなあ」とお茶でも啜っていればいいのではないでしょうか。
さて、第30回党大会議案をどういう角度で私たちコミュニストは接すればいいのでしょうか。
会議での発言のように、「私がしている小さな努力」「私が体感した小さな修正ポイント」を求めて終わり——そういうことでいいのでしょうか。
「現場で小さな改善策や工夫を必死で努力する」ということは美談になりやすく、そういうものが何らかの「ポエム」になってしまうことはあります。
「みんな自分一人ひとりができることを必死で努力しているんだ」というのは、「大きなことをコタツで/クーラーの効いた部屋でほざいているだけ」という構図との対比でとても美しく聞こえます。現場の人ほどそういう「美談」に心を動かされるでしょう。
しかしここには「罠」があって、実は大きな戦略や方向を決して問題にしてはいけない、争いのある問題を持ち込んではいけない、という暗黙の前提を強制されているのです。
政治の現場ではよく起きることで、共産党自身もそれは批判してきたはずのものです。小学生など書かせる「環境作文」「人権作文」がこうしたフレームで作られています。
当然、共産党の組織改革にもこれは言えるはずのことです。
現場の声を聞くことは重要ですが、それが「戦略的視点」を持っていない可能性があることも十分注意しないと、逆に「小さな改革」にとらわれていくことになります。
よく私があげる比喩ですが、「インパール作戦はどうすれば成功するのか」という問題設定で考えても答えは出てきません。「インパール作戦自体が無謀である」「満州権益や植民地を手放さないことを前提に日本が起こした戦争自体が無謀である」というところまでさかのぼらないといけないはずの問題なのです。
ただし、根本的な戦略変更が見つかるまでの間、党員を増やしたり、機関紙読者を増やしたりする努力自体は財政や組織を支える上では必要なことであり、それ自体は否定されるべきではないのでしょうが、戦略目標を正しく変えるべきだという話とは別の問題だという整理が必要です。
「しんぶん赤旗読者を増やさないと活動資金が当座入ってこないじゃないか!」という思考があまりにツヨツヨなので、「うん、当面はその通りだけど、いつまでもそのままそのビジネスモデルを続けてはいけないよねって話は別の問題だよね」という一番大事なことがかき消されてしまうのです。
大きな戦略の話なので「そんな話はジッカンガナーイ」「ピントコナーイ」とこれまたお経のように唱えていれば過ぎていってしまうのかもしれませんが。丸山眞男の言う「実感信仰」の一つです。でも大きな戦略転換期にはそれでは済まないのです。実感レベルのことはある程度必要だが、それだけ終わってしまうと「ポエム」や「美談」になってしまうと考えてもらえばいいでしょう。
第30回党大会議案は、おそらく組織上の戦略的転換を図れないままの「戦術的な小さな修正」にとどまるものが出てくる公算が大きいと思っています。
共産党幹部が戦略転換ができない錯誤についてはいろんな説明がありますが(例えば「集団浅慮」など)、「コンピテンシー・トラップ」はその一つだと思います。
高度成長期に成功したモデルから離れられず、急激に破綻はしないけど、ゆっくりと(しかし時々はガタッと)先細りしていっているのが現状です。例えば「中央から支部への手紙」「返事」という形式は有効性が全くないわけではないでしょうが、市田忠義さんや浜野忠夫さんが幹部にとどまり、彼らが若かった頃の、共産党が党勢を倍加させた高度成長期の成功体験を、そのまま引き継いでいます。
1959年7月~8月の中央委員会総会――第7回党大会6中総は、党員を2倍にする「党勢倍加運動」を提起し、「党を拡大強化するために全党の同志におくる手紙」を発表しました。…この「手紙」は、いま読んでも心を打つものです。“あまりにも党が小さすぎる。この党を大きくする以外に、現実政治を動かす力を持つことはできない。第8回党大会までに党を倍加しよう”。切々とした響きがあります。そして「手紙」は、最後に、“返事を党中央委員会にくれ”という言葉で結んでいました。全党がこれにこたえました。92%の支部が返事を書きました。そして、すべての都道府県が党員倍加を達成して、1961年の第8回党大会を迎え、党綱領路線を確定したのであります。(拍手)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-20/2012072004_01_0.html
自分の「昔とった杵柄」を居酒屋での新人への自慢話で終わらせず、正式な組織方針にしてしまうというもので、これは「コンピテンシー・トラップ」そのものです。
過去の成功は現状への満足感を生みます。満足している人は今のやり方が正しいと確信し、変える必要を感じません。成功体験は自己効力感を高めます。通常は良いことですが、環境変化の局面では逆効果です。自信ゆえに「今のやり方でもっと高い目標を達成できる」と考え、無理な目標を掲げます。そして目標達成のため、過去に成功した(しかし今は無効な)戦略により一層注力してしまいます。
決定的なのは情報の偏りです。成功したCEO役は、情報探索量は減りませんでしたが、自分たちのやり方に異を唱える否定的な情報を遠ざけました。肯定的な情報ばかりを集めた結果、市場からの警告信号を見落としました。…
成功企業は、今のやり方で利益が出ているため、それを効率よく反復することに意識が集中します。知っていることの繰り返しは楽で確実だからです。これを「活用の学習」と呼びます。一方、未知の領域を探求する「探索の学習」は不確実でコストもかかります。成功企業は目先の効率を追求し、将来のための探索を怠ってしまいます。
この傾向は、常に新しい機会を狙う「探索型」戦略の企業や、変化の激しい市場環境にある企業でより顕著でした。本来変化に対応すべき企業ほど、一度成功するとそれが足かせとなり、変わるための能力習得をサボってしまいます。
成功の罠には、慣れ親しんだ技術から離れられない、成熟技術に固執する、既存知識に近い分野ばかり探すといった種類があります。これらにはまると、企業は外部変化への感度と内部変革の柔軟性を失います。
過去の成功は「我々は優れている」という錯覚を与えますが、実際には学ぶ筋肉を衰えさせています。
とはいえこのような錯誤の分類はできますが、肝心なのはどう改革するか(戦略的な方向転換をするか)、ということでしょう。
それは情報も知恵もない私にはとうてい手に余る仕事です。
「こうすればいい」という方向が私にあるわけではありません。私が体験的に言えることは上記にすでに記しました。
しかし、それでも次のようなことは言えるのではないかと思っています。
一つは、「事業モデルを変え、それにあわせた組織にスリム化・再編すること」です。
共産党が地区への交付金やら赤旗の印刷代やらで年間200億円で成り立っている事業モデルだとします。しかし赤旗の収益や党費・カンパ・遺贈などで200億円を稼ぐことは相当に困難だと言わざるを得ません。*1頑張って今維持できたとしても長期的に持続可能なものではないと考えます。
現役の党員とお話ししても、少なくない方は、この「200億円のコストと収入」を前提にした集金・活動のあり方から出発します。地区や支部の活動をどうするか、赤旗読者をどう増やすか、配達集金を誰が賄うかは、今の財政規模——「200億円規模」が無意識に前提になっています。たぶん、私のアイデアへのツッコミが今後あるでしょうけど、おそらく「今の200億円規模を前提にした活動スタイル」を当然視する立場からのツッコミになっていると予想できます。「200億円規模」を維持するにはどうしたらいいか、「200億円規模」のどこを改善すべきか、というフレームからなかなか抜け出られません。これは議論の前提を誤らせています。
仮に年間50億円のモデル——今の4分の1に縮小するとしたらどうでしょうか。*2
党員の30%が月に3000円をサブスクしてくれる、残り70%は月平均1000円、月平均1000円のサブスクをしてくれる支持者(固定ファン)を10万人組織する、臨時収入で毎月1億円は見込める…などを計算します。そうして持続的にできそうなモデルを50億円と例えば定めます。
「現状かかっているコスト(年200億円)」から出発するのではなく、「現在から将来にかけて持続できそうな収益(年50億円)」から出発します。そして、「現在から将来にかけて持続できそうな収益(年50億円)」にあわせて、事業や人員を再構築(コスト切下げ)します。さらに現在ほぼ無視されているコンプライアンスのコストも加味されます。
仮に「現在から将来にかけて持続できそうな収益」が年50億円でなく年20億円ならその規模に事業・人員をあわせます。
「紙で発行する赤旗を定期的に購入してもらい収益を得るとともに、党の政治主張を知ってもらい、集金・配達で結びつき、ファン→固定ファン→メンバーシップ(党員)へ進んでもらう」という事業モデルを大幅に変えることになります。
「しんぶん赤旗」を紙で発行せず、多少の「ご祝儀」込みで低価格を設定し、動画やデジタルでの配信に変え、費用を落とし収益を確保します。
「赤旗の紙の配達をやめると結びつきが切れる」と思っている人もいるかもしれませんが、それは「紙の後援会ニュース」に変えればいいと思います。まず日刊紙の紙ベースをやめ、次に日曜版を…と段階的にしてもいい。まあそこも知恵を出せばいいので詳細にはこだわりません。とにかく今の赤旗の部数規模を維持して、ボランティアに依存する配達・集金体制を維持することは長期的に不可能であり、あわせて党の財産を深刻なペースで食い潰していってしまいます。この事業モデルは永続できません。そのことだけははっきりしています。
労働条件を適正にした上で、地区・都道府県の事務所や勤務員を集約し、希望者の退職も募って組織を大幅に再編して交付金を大幅に減らします。*3このようにして確保できる人員と日数から、逆算してできる業務を割り出します。「専従が労働者である」などを認めるのはもう当たり前の話です。問題は「誰を労働者として、誰を経営的な立場とみなすか」という線引きだけの話であって、30大会議案でそもそも「党職員=労働者」という宣告をやらないのであれば、「コンプライアンス無視の悪徳事業体」と言われても仕方ないですよ。
このように「コンプライアンスを徹底して、無理なく確保できる人員と予算」が決まった段階で、それに見合った活動の内容・量に切り下げることになります。*4したがって、地方議員候補者の挑戦数などは、そこからリアルに割り出すしかないのです。
これは私の勝手な見通しですが、地区委員会はかなり統廃合され(場合によっては県委員会も)、人員は都道府県、もしくはブロック(例えば「四国」)に集約・拠点化されるのではないでしょうか。*5
職員は「拠点」からリモートに会議に参加したり、自動車・電車などで実際に「拠点」から会議に出かけていくようになるかもしれません。しかし、それよりは専従(職員)ではなく、地域にいる地方議員が支部の政治指導などのカナメになる可能性が高いでしょう。
もしそうなれば、地区委員会ではなく、地方議員が中心になって現場の支部を指導する形に変わっていきます。これは現在でも実質的にこれに近い形になっている地域は少なくありません。
地方議員は、紙の赤旗がなくなることで集金・配達、拡大などの任務から解放され、「支部などの支援者のお世話をする*6」ことが任務の半分になります(半分は議会活動です)。

どれくらいスリム化すべきか、は私には情報がないからわかりません。その適正なレベルを見極める詳細な情報は党中央が持っているはずです。
もう一つは、支部の活動はとにかく「楽しく」を基本にすることです。
社会運動と学習はおそらく「楽しさ」の原点でしょう。それはそのまま生活の切実さとも結びついています。
本当はもっと「格差や貧困の問題、『手取りを増やす』的なお金の問題に特化した運動をやれ」と言いたいところですが、平和でもジェンダーでもいいので、まずは支部がやりたい活動を始めて、支部が立ち上がっていくところから始めていくべきではないでしょうか。
別の言い方をすると、無理な目標を掲げて組織拡大に追い込み、目標と活動スタイルを押し付ける活動はやめるべきです。
まとめると、(1)徹底したスリム化とそれに伴う事業モデル(マネタイズ、集金システム)の改革、そして、(2)全体の活動は「楽しさ」を基準にする。この2点を基軸に改革を考えるべきだと思います。
そのことはすでに「大綱」として以下の記事で示しています。
また、これだけではない知恵も必要でしょうから、私は、識者に意見を聞く試みを公開でもっとやるべきだと思っています。

その中で、戦略的に別の方向への転換も見えてくるかもしれません。
こうした「飛躍」は本来弁証法そのものであり、マルクス主義に通じた党員でこそ生み出せるはずですが、「ベンショーホー! ベンショーホー!」とお経のように繰り返していれば弁証法に達するわけではありません。残念ながら、識者の意見——「人類の知恵の総和」をこうしたときに借りるしかないのだと思います。
30大会の議案ではおそらく(2)の方向はDSAの教訓も踏まえて何らかの形で入ってくるでしょう。しかし(1)はあまり期待できません。従来の組織建設の延長線上でしかも拡大一辺倒路線を続ける可能性が高い。(1)について党中央がイニシアチブを発揮するし、現場からも議案討議の中で提出することを期待するものです。
もちろん、それ以前に、「神谷の除籍・解雇は不当であり、党に戻せ」とか「ハラスメントを第三者機関で審査させよ」などの改革案もぜひ議案に取り入れさせるようにして欲しいものです。
逆に言えば、政治路線についてはもちろん多少の意見はありますが、緊急というほどのものではありません。あえて言えば先ほど述べたように「生活を改善する——手取りを増やす」的なところにできるだけ特化・重点化した実践にすべきだと思っていますが、まずは土台となる組織を立て直す方が先だと思っています。現在の綱領路線を発展させていく方向でいいのではないでしょうか。
これらの私の案がベストだと決めつけているわけではありません。むしろ問題は多いでしょう。しかし次の第30回党大会はこうした話——事業モデルの大幅再編が中心にならないといけないのではないでしょうか。私の拙い案の売り込み・賛否など問題ではないです。少なくとも大幅な組織の再編を議題にすべきだということを私は強く主張したい。
なお、党幹部よって、そうした現場の意見を先回りして大会討論誌や県党・地区党会議発言から排除されないよう(「議案と関係ないので載せない」「喋らせない」と言われないようにするため)、「決議案に以下の内容を盛り込むよう提案する」「文書発言扱いにしたものは採決前に必ず代議員に配布するようにせよ。そうしないと採決に影響が出る」と書いて(述べて)提出する小技をお教えしておきます。
まあ、こう書いていても、今の党幹部は排除するときはこちらの想像を絶するエクストリームな「理屈」で排除してきますけどね。こちらが道理を尽くして、そういう無法を浮かび上がらせることができるかどうかというだけの話です。
*1:「年200億円」は正確な数字ではありません。「現在の党の収支の財政規模」くらいに考えてください。
*2:あくまで「50億」は例であり、私が今の段階で固定的に「4分の1にしろ」と言っているわけではありません。逆に言えば「50億」には何の根拠もありません。
*3:「ボランティア」「委託」で賄うところは、どのような条件なのかをはっきりと書面で示して、協力を得ます。基本的にボランティアの場合は、途中で帰っても、やってこなくても、会議に出なくても文句は言えないのです。「委託」は契約を結びますが、労働者的な指揮命令はできません。
*4:ある地域が「もっとこういう活動がしたい」という場合は、その地域が申請をして独自に収入を増やして、せいぜい中央はそれに補助金を出してバックアップするというほどになるでしょう。
*5:事業・人員の再構築は「集約化」を基本としつつも、いわゆるリストラを伴うものになるでしょう。その場合不補充など影響が小さいように漸次的に行うべきですが、リタイアして再雇用されている人や、この機会に転職したい人に退職を促すことなどが必要になるかもしれません。
*6:「お世話」というのは便宜的な表現で、支部の主体性の話はここでは置いておきます。対人的コミュニケーションのどこに時間・手間がかかるかをとりあえず表現しているだけです。
2026年8月7日に日本共産党の全国地方議員・候補者決起集会が開かれました。第30回党大会成功と統一地方選の勝利にむけたものだそうです。
小池晃書記局長が報告をしています。
報告を聞かせていただきましたが、小池氏はこの中で次のように述べています。
第29回党大会以降、ごく一部に、地方議員の離党・会派離脱、党からの除籍などの事態が生じています。
地方議員のみなさんのなかには、そうした動きを知って、心を痛めている現状があると思います。
いまごく一部で起きている離党・会派離脱などは、そのあらわれはさまざまであり、ネット上でもいろんな議論がとびかっています。
一部には、地方議員への援助の問題など、党として克服しなければならない課題もあります。
しかし、国政選挙の連続後退、党勢の後退が続くなどのもとで、敗北主義的な気分に陥るとともに、党の綱領と規約への確信を失ってしまったことによるものも少なくありません。
地方議員は、日本共産党の顔として、その地方、自治体で党を代表して奮闘されています。それゆえに、他党・他会派からもさまざまな攻撃や働きかけがあり、誘惑もあるでしょう。住民からは党に対する疑問や意見、たとえば「なぜ党名を変えないのか」なども、率直にぶつけられる相手が地方議員でもあります。
そうしたもとで確固として党の立場で奮闘するには、地方議員・候補者が、科学的社会主義、党の綱領と規約を深く学び、どんな困難があっても揺るがない政治的理論的確信、確固とした思想的立場を確立することが求められます。
来春の統一地方選挙では、住民要求にこたえた政策と党の役割を大いに語るとともに、日本共産党の歴史、理念、綱領など党を丸ごと語り抜いてこそ、勝利することができます。「なぜ私は日本共産党の議員として頑張るのか」を綱領と規約にもとづいて生き生きと語ることが大事になってきます。
地方議員団を確立し、そこでの学習・討議、党生活を確立することと一体に、すべての地方議員・候補者が、自らの課題として、科学的社会主義、党の綱領と規約、第29回党大会決定を深く学び、身に着けて、奮闘しようではありませんか。その際には、「赤本」「青本」の学習をしっかり位置づけることも大切です。
私は必ずしもこの小池報告に同意するものではありませんが、仮に小池報告の前提に立つとしても、首を傾げざるをえないことがいくつかあります。
というのは、「地方議員への援助の問題など、党として克服しなければならない課題」を認めておきながら、「しかし」といって、そのカテゴリーに当てはまらないグループとして「敗北主義的気分」に陥り、「党の綱領と規約への確信*1を失ってしまった」ケースをあげています。
必ずしも「確信を失った」のではなく「とても党にいられない」と泣く泣く出ていった人もいるでしょう。しかし、あえて、小池報告の前提——「確信を失った」という前提で考えてみます。
小池報告の冒頭では8.3幹部会決議で「飛躍期間」を成功させようという呼びかけが多くを占めているのですが、「2ヶ月で党員を6000人増やせ」だの「2ヶ月で日刊紙3900人、日曜版2万1000人の前進を勝ち取れ」だの、こんな根拠の乏しい拡大目標を押し付けられたひどい報告を聞かせられた人たちの中で「確信を失う」人——「もうこの党はダメかもしれない」と感じる人が出るのは、自然の成り行きだと思います。
例えば、8.3幹部会決議や8中総で繰り返されている党大会までの目標達成が「できそう」な根拠として挙げられている「平均すれば1支部あたり、党員1人、日刊紙読者1人、日曜版読者5人の前進で達成できる」という論法を見てください。
これは昔からある論法で無限ループのように繰り返されているのですが、一度も実現したことはありません。
2012年5月24日
第五に、「特別期間」で、「大運動」の目標を総達成するためには、特別の臨戦態勢をすみやかにとることが必要であります。
特別の臨戦態勢とは何か。「大運動」を全支部、全党員の運動にしていくために、ありとあらゆる知恵と力を総結集する態勢をとることであります。
残った目標は、大きいように見えますが、全支部、全党員の運動にすれば、達成は可能です。党員拡大では、現在まで23・7%の支部が成果をあげ約7700人の拡大という到達ですが、この流れを全国2万を超える全支部に広げれば、5万人の達成は可能です。「しんぶん赤旗」でも、1支部あたりでみれば、日刊紙読者で2~3人、日曜版読者で9~10人の純増で目標達成は可能となります。党員数で考えますと、5人の党員で1人の日刊紙読者、2人の党員で1人の日曜版読者を増やせば目標を達成できます。わが党は、その持てる力をすべて発揮すれば、目標を達成し、総選挙で勝利をかちとる力を持っている。そのすべてを引き出す取り組みに挑戦しようではありませんか。(「総選挙勝利、『党勢拡大大運動』目標総達成、全国活動者会議」志位和夫委員長〔当時〕の報告)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-05-26/2012052609_01_0.html
2019年1月4日
第二は、党勢拡大では、参議院選挙を「前回比3割増」の党勢を築いてたたかうことを展望し、その中間目標として、すべての都道府県、地区委員会、支部が、3月1日までに、党員、「しんぶん赤旗」日刊紙読者、日曜版読者で、前回参院選時を回復・突破しましょう。支部あたりで平均すれば、1支部あたり、1人の党員、1人の日刊紙読者、5人の日曜版読者を増やせば、この目標は達成できます。統一地方選挙をたたかう党組織は、前回統一地方選時を回復・突破することを目標に奮闘し、全党をリードする役割を果たそうではありませんか。以上が、「統一地方選挙必勝作戦」の呼びかけですが、いかがでしょうか(拍手)。これをやりきるのは大仕事ですが、みんなで力を合わせれば、やりきる道は必ず開かれます。(「党旗びらき」で志位和夫氏)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-01-05/2019010504_01_0.html
2019年5月12日
「しんぶん赤旗」読者で、日刊紙でも日曜版でも、毎月前進をかちとり、すべての都道府県、地区委員会、支部が、参議院選挙を、少なくとも前回参院選時を上回る読者でたたかいましょう。全党的には、日刊紙読者を2万4千人以上、日曜版読者を12万人以上増やす必要がありますが、1支部あたりにすれば、日刊紙読者で1人以上、日曜版読者で7人以上増やせば、前回参院選時を上回って選挙をたたかうことができます。(27大会6中総での志位和夫氏の報告)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-05-13/2019051307_01_0.html
2022年12月2日
同時に、「特別期間」の目標――5万人の働きかけと5千人の入党、「赤旗」読者の第28回党大会時回復・突破をやりとげるには、この12月に一大飛躍を起こすことが必要となっています。どうやって一大飛躍を起こすか。その道はただ一つです。全国すべての支部・グループが「特別期間」に参加することです。
残りの目標は大きな目標に見えますが、全国1万8千の支部で担うならば、平均すれば1支部あたり3人に入党を働きかけ、日刊紙読者1人、日曜版読者5人を増やせば達成できる目標です。全国すべての支部が立ちあがるならば、目標達成は十分に可能です。(常任幹部会からの手紙)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-12-03/2022120308_01_0.html
2023年1月5日
「130%の党」とは、全党的には36万人の党員、130万人の「しんぶん赤旗」読者への前進をめざす大事業であります。同時に、すべての支部・グループでこの事業を担うならば、来年1月の党大会までに、平均して、1支部あたり、現勢で、2カ月に1人の党員、1人の日刊紙読者を増やし、3人の日曜版読者を増やせば実現できます。(28大会7中総での志位和夫氏の報告)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2023-01-06/2023010606_01_0.html
同じ2023年1月5日に採択された手紙
「130%の党」とは、全党的に36万人の党員、130万人の「しんぶん赤旗」読者をめざす大事業です。同時に、この仕事を、すべての支部・グループで担うならば、来年1月の党大会までに、平均して、1支部あたり、現勢で、2カ月に1人の党員、1人の日刊紙読者、3人の日曜版読者を増やせば実現できます。これが過大な目標でしょうか。「高い山」のように見えますが、すべての支部と党員のみなさんがたちあがるなら、決してできない目標ではないのではないでしょうか。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2023-01-06/2023010609_01_0.html
2026年3月13日
新たな目標も、やり切るのは容易なことではありません。やりとげる道は一つ。すべての支部・グループが参加する運動にすることです。すべての支部・グループが立ち上がるなら、第30回党大会をめざす党勢拡大の目標は、1支部あたり平均で、党員1人、「しんぶん赤旗」日刊紙読者1人、日曜版読者5人の前進で達成することができます。(29大会8中総での山下芳生副委員長の第二報告)
https://www.jcp.or.jp/report/17633/
1支部あたり直せば「軽い」という「気分」を根拠にして繰り返していますが、一度も達成されていません。「これが過大な目標でしょうか」などと反語まで用いていますが、その1年後に130%という目標をたたんで(延期し)、その小さくなった目標に対してもその後「誰が見てもやれないような目標」だとうそぶく始末です。同じ「根拠」と論法を繰り返してまともな反省もなく、繰り返すだけの党幹部に失望し「この党はもうダメかもしれない」と思うことは、むしろそう思うことのほうが人間味があるとすら感じます。
さらに、小池報告では、“確信を失うのは勉強不足。不動の確信を得るために第29回党大会決定を勉強しろ!”とあたかも言わんばかりの大号令をかけます。
すべての地方議員・候補者が、自らの課題として、科学的社会主義、党の綱領と規約、第29回党大会決定を深く学び、身に着けて、奮闘しようではありませんか。
「えっ?」とびっくりします。
小池さんは、第29回党大会の「固く誓い合った」2つの目標を覚えていますか?
まず一つ目です。
第30回党大会までに、第28回党大会現勢――27万人の党員・100万人の「しんぶん赤旗」読者を必ず回復・突破する。党員と「しんぶん赤旗」読者の第28回党大会時比「3割増」――35万人の党員、130万人の「赤旗」読者の実現を、2028年末までに達成する。
大会決定の根幹であるはずのこの目標は、「誰が見てもやれない目標」として葬り去られました。
もう一つです。
総選挙では、比例代表での躍進を中軸にすえ、「650万票、10%以上」の獲得、すべての比例ブロックでの議席獲得と議席増をめざす。
この目標も、総選挙直前に大幅に引き下げられ、破綻しました。
選挙と党勢拡大という革命運動で最も重要な柱の目標が大会すら経ることなく、あっさり投げ捨てられてしまったのです。
そんな大会決定を読ませてどんな「確信」を湧かせようとしているのでしょうか。むしろ確信を失うのではないでしょうか。
思うに、党幹部は、第29回党大会決定など読んでいないのだと思

います。いや、一度は読んでいるのでしょうが、中身には何も関心がないのだと思います。
「確信を失いそうな人、不動の確信を培うには大会決定」というド
グマがあって、それを繰り返しさえすれば「不動の確信」が生まれると信じている——そうとしか思えないような論理展開です。「飛躍期間」だけに、論理まで飛躍しているのでしょうか。
同じことは、“「赤本」「青本」を読め、読んで不動の確信を養え”と言いたげな次のフレーズにもよく現れています。
すべての地方議員・候補者が、自らの課題として、科学的社会主義、党の綱領と規約、第29回党大会決定を深く学び、身に着けて、奮闘しようではありませんか。その際には、「赤本」「青本」*2の学習をしっかり位置づけることも大切です。
党を離れていった地方議員は、資本主義は永遠に続く、社会主義などこないと絶望して党を離れていったわけではないと思います。
資本主義の矛盾は矛盾として存在する限り、アウフヘーベンされざるをえず、新しい社会にとって変わるでしょうし、次第にとって変わられつつあると思います。それが共産党の党首であった宮本顕治氏の述べた「科学的社会主義の不滅性」でしょう。しかし、やはり共産党の党首であった不破哲三氏が著作の中で述べたように、社会変革は、共産党がいようがいまいが国民・人民の力で推進されていきます。『資本論』を読んでいる人が増えようがどうしようが、変わるのです。それが史的唯物論というものでしょう。
「青本」「赤本」を読んで仮に「確信が生まれた」としても、それは「資本主義を乗り越える運動が社会に広がり、やがて新しい社会に進む」という科学的社会主義の事業への確信です。その時に共産党がちゃんと居場所があって、何らかの役割を果たしているのかどうかは、「青本」「赤本」を何度読んでもわからないでしょう。
ここでも、党幹部は志位大先生がお書きになった御著作にも関わらず、「青本」「赤本」の中身には何の関心もないのです。
「確信が揺らいだ人には『青本』『赤本』」というドグマをお経のように唱えること、それ自体にしか関心がないのではないでしょうか。もっと「実践」的に言えば、レジュメから「赤本・青本」というワードを落とさないことです。
逆に変に中身に入って解説などしようものなら怒られてしまうかもしれません。「低い水準の解説で中身を薄めるな」と。まあ、そこは想像ですが。
見てきたように、党を離れていった・追放された地方議員の「少なから」ぬ部分が「確信を失った」とすれば、それはあげて党幹部の杜撰な方針に原因があると言わねばなりません。そしてそれはある意味で当然のことだと私は思います。
その反省もなく、“不動の確信がない! 勉強が足りんのだ。不動の確信を得るためには、まずオマエが勉強しろ”などと説教モードに入り出すのは、本末転倒というべきでしょう。ここへの最も根本的な対策は、まず党幹部がこれまでの自分たちのありようを根本的に反省することから始めるべきです。*3
私がペンネームで書いた『正典(カノン)で殴る読書術』のあとがきで述べたことですが、「知は力」として誰かから与えられた知のソフトを覚えこむ(勉強する)という知性のありようは、近代の躍進期には一定の意味がありましたが、こういう大変動期にはむしろ阻害要因になります。大激動期には、いろんな立場を踏まえられる「善性としての知」=「知は善」であることが求められるでしょう。
弁証法などもそもそもそのような哲学です。
*1:なお、「確信」という用語に不慣れな人もいるかもしれないのでちょっと説明しますが、辞書にある「物事が正しいと固く信じて、少しも疑わないこと」だとまずは理解してもらって結構です。「それは宗教的な信心ではないか」と思うかもしれませんが、宗教と違って科学の根拠があるから「物事が正しいと固く信じて、少しも疑わない」ということになっています。例えば、外科医が患者の体にメスを入れるのを患者を傷つけようと思って慌てる人は現代ではいないでしょう。科学的な根拠があってメスを入れているからですし、見ている人もそれを(それなりに)知っているからです。でも科学的な根拠がないのに「正しいと固く信じて、少しも疑わない」のなら、それはもうただの信心です。
*2:志位氏が書いた『資本論』や共産主義についての著作の愛称。
*3:ちなみに、私自身は、共産党の綱領と規約への確信を失っていません。確信の根拠が党幹部の示すものとは別なのです。綱領と規約への確信を失っていないからこそ、その実現をむしろ妨げて、組織を私物化している党幹部と闘うことで党の再生ができると考えるからです。それは別の機会にまた詳しく議論したいと思います。