福岡城「幻の天守閣ライトアップ」事業のこと

 福岡市は福岡城「幻の天守閣ライトアップ」事業というのをやっています。事業費は2年度にまたがっていて、総計で約1億円です。

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 市のプレスリリースは次のとおり。

■期間 令和6年さくらまつりの開始から、令和6年5月31日(金)まで
■場所 福岡城天守
■概要 天守台のうえに天守閣をイメージした仮設工作物を期間限定で設置し、観光振興を目的としたライトアップを行います。(天守台上部からの高さ約14m。天守台と合わせた高さは約27m。)屋根や破風、窓の形を強調することで、天守閣のような姿を形成します。色や光り方などが、日時や時間帯によって変化する演出を取り入れます。

 ところが、これについては、異議が出ています。

 というのは、福岡城には天守閣があったかなかったかが学問上の論争になっているからです。

 そもそも福岡市は公式には天守閣の「再建」=復元を公式に否定しています。指図(設計図)・絵図・古写真などの根拠資料がないからです。2014年に「国史福岡城跡整備基本計画」をつくりその中で天守閣については「復元が極めて困難」と位置付けられています。

国史福岡城跡整備基本計画p.66より

△経済観光文化局長 福岡城の整備については、平成26年6月に策定した国史福岡城跡整備基本計画に基づき整備を進めているが、天守閣は、同計画において、復元は極めて困難な建造物との位置づけがなされており、復元の計画はない。(平成28年決算特別委員会2016年10月16日)

 にもかかわらず、福岡市は、今回の鉄製パイプ・LEDでの構造物は、「復元ではありません!」という言い訳でやっちゃっているのです。

 

 3月の予算議会で論戦になっていますので、それをお読みいただいた方が早いでしょう。共産党(倉元達朗市議)の質問とそれへの市側の答弁です。(11分52秒ごろ)

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倉元市議 次に、観光・インバウンドについてお尋ねします。まず、福岡城幻の天守閣ライトアップ事業についてです。新年度並びに今年度の予算額、事業内容についてお尋ねします。

経済観光文化局長 令和5年度当初予算では、福岡城内のライトアップを実施する予算として4085万円余、6年度は福岡城幻の天守閣ライトアップの撤去費および設置費等の予算として6081万円余をお願いしているところでございます。

倉元 福岡城跡に、金属パイプ製の天守閣を設置し、LEDでライトアップするというものです。事業の目的についても答弁を願います。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるために実施するものでございます。

倉元 つまり、天守閣をライトアップで描き出して集客を図るというものです。そこでお尋ねしますが、本市は、福岡城天守閣が存在したとお考えなのか、ご所見をお伺いします。

局長 福岡城天守閣については、昭和50年代の後半までは天守閣の存在を推定させる古文書が知られておらず、その存在は定かではございませんでしたが、その後、天守閣の存在を推定させる古文書が発見、公開され、現在では天守閣が存在すると考える学説が増えてきているものと認識しております。

倉元 公式な見解はどうなんですか、〔天守閣は〕あったんですかなかったんですか、お尋ねします。

局長 この質問を受けまして、いろいろな法令を調べたところでございますが、私ども福岡市で公式な見解を述べる立場にはないと考えております。

倉元 そんなはずはないですよ。福岡城「『天守閣』の存在・非存在を巡る議論」についての福岡市の公式見解は、2013年に刊行された福岡市発行の新修 福岡市史 特別編 福岡城-築城から現代まで―』23ページにこう書いてあります。「さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない」ということです。この本は違うっていうんですか、答弁してください。

局長 先ほど答弁いたしましたのは私どもにあるなしを決定する権限がないということを申し上げたものでございまして、その市史に書いてあることはそのときの見解を述べたものだと考えております。

倉元 苦しい答弁です。福岡市が刊行しているんですよ。では、そこで今回の天守閣の絵は誰が書いたんですか、お尋ねします。

局長 仮設工作物については、企画提案公募により、最優秀企画提案者がデザインしたものでございます。

倉元 基になる資料もないまま、事業者の株式会社JR西日本ビルトにデザインさせています。あなた方はプレスリリースなどで「天守閣をイメージした仮設工作物」と説明していますが、これは天守閣が存在したという特定の学説の立場に立つものではないかと思いますが、ご所見を伺います。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるため実施するもので、一般的な天守閣としてイメージできるデザインとしているものでございます。

倉元 そう答弁されますがね、こんな事業をやったらどう見ても「天守閣はあった」っていう立場に立つものですよ。少なくとも市民はそう受けております。ではさらに聞きます。説明では「屋根や破風、窓の形を強調」したと工作物について特定の構造を前提として、一層踏み込んでいます。
 しかも、単なる展示や「イメージの一つ」にとどまらず、学問的な考証や比較が困難な行楽の人出の多い場所に27mもの巨大な工作物を作り、ライトアップまでして強烈に印象付けています。ところがですよ。天守閣の絵図は全く存在しません
 にもかかわらず、なぜ「屋根や破風、窓の形を強調」することができるんですか。答弁を求めます。

局長 外観につきましては、事業者において国内に現存する天守閣を参考にデザインされ、一般的な天守閣に見られる破風や屋根、窓の形を強調することで、天守閣らしさを表現するとともに、観光客や市民が遠くからでも輪郭を視認できるよう工夫されたものでございます。

倉元 歴史的な根拠のないものをここまで描くのは問題です。文化庁は「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」を2020年に改定し、その際、専門家によるワーキンググループに議論をさせています。ワーキンググループの取りまとめによれば「適切とは言えない再現」のやり方の例として「デザイン・形態等が全くわからないもの」また「史跡等の理解を妨げることに繋がるもの」が挙げられています。これらは、あたかも天守閣があったかのように描く今回の事業に当てはまります。そこで、文化庁の基準から照らして、今回の事業は不適切なものだと思いますが、ご所見をお伺いします。

局長 今回の事業は、福岡城への観光集客を図るとともに、福岡城や福岡の歴史に対する観光客や市民の興味関心を高めるため、石垣の保全に十分に配慮した上で、時限的に仮設の工作物を設置するものでございます。

倉元 要するに、文化庁の基準にさえ、当てはまらない事業をやろうとしているということです。極めて不適切ですよ。これをね、1億円もかけてやろうとしているわけです。あったかどうかわからないものを、あったかのように描く今回の事業はどう見ても問題があります。そもそも、文化財は、わが国の長い歴史の中で生まれ育まれ、こんにちまで守り伝えられてきた。貴重な国民的財産です。本市の貴重な文化財である福岡城で、集客のために、歴史的根拠もなく、天守閣があったかのように、復元とはかけ離れたやり方を、巨額の税金を使って行う今回のライトアップ事業は、やめるべきと思いますが、市長のご所見をお伺いします。

市長 福岡城を初めとした貴重な文化財は、福岡の2000年を超える長い歴史の中で生まれ、この日に伝えられてきた貴重な財産でございます。また文化財は、福岡の歴史や文化の理解に欠くことのできないもので、将来の文化の発展、継承の位置づけをなすものであるのみならず、市民が地域に対する誇りと愛着を持つという観点からも、とても重要なものであると考えております。今回の事業は「福岡城幻の天守閣ライトアップ」として、5月31日までの期間限定で実施をいたしますが、これを機に、福岡城に対する市民の皆さんの興味や関心が高まっていくことを期待しております。もう既に骨組みはできておりますけれども、大変歴史ロマンを想像しながら、この春は皆さんに楽しんでいただけるものと思っております。

 市は『新修 福岡市史』を市として公式に刊行しています。その中で「さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない」という立場を明確に書いています。「決着がついていない」というのが市の公式な立場なのです。

 倉元市議が引用した同書の前後の部分も紹介しておきましょう。

福岡城天守閣は存在しないというのが従来の定説であった。昭和六十二(一九八七)年末に鴻臚館跡が発見されると、その調査と保存をめぐって、関係が深い福岡城跡についても再検討の機運が生じていく。『福岡県史 近世史料編 福岡藩初期』上・下巻の刊行によって、〔黒田〕長政が「天守」の「柱立て」を指示した文書なども知られていたが、後掲する福岡城天守閣破却に言及する「細川家史料」が平成元(一九八九)年十月に新聞紙上に取り上げられるに及び(『西日本新聞』平成元年十月十六日)、「天守閣」の存在・非存在をめぐる議論は活発化する。さまざまな議論は現在にいたってなお決着をみていない。大まかに整理すると、一旦は建設された天守閣が何らかの事情によって取り壊されたとする説、当初から福岡城には天守閣は存在しなかったとする説、さらに天守閣の建造計画はあったが結局は実行されなかったとするもの、また建築の途中で取り壊されたとする説などがある。のこされた文献資料に拠る限り、「天守」には何らかの構造物が設けられたように見受けられるが、これが「天守閣」を指すのか、いわゆる「天守櫓」を指しているのかは、いまだ詳らかではない。(p.23)

 それなのに、市が1億円もかけてライトアップをして「天守閣の存在」を強烈に印象づける事業をやったことは、「存在する」という特定の学説に立つものではないか、という批判を倉元市議はしているのです。決着がついていないというのが公式の立場のはずなのに、ついつい一方の学説にだけ立った大々的な事業をやってしまって「観光で経済振興に使いたい」という欲望がダダ漏れですよ、と。

 

過去に「一夜城」は明確に否定されている

 過去に「大型模型」っていうのは「天守閣再建したい派」が提案する「隠しきれない欲望」としてよく提案されているんですよね。下記は自民党の議員(稲員大三郎市議)の質問です(2008年9月16日)。

◯27番(稲員大三郎) 福岡城の復元整備については、教育委員会のほうで平成17年に策定した福岡城跡保存整備基本構想に沿って事業が推進されていることと存じます。これに関しては、昨年12月の定例議会の際にも私のほうから質問をいたしましたが、いわばその第1弾として現在行われております下の橋大手門の復元工事がこの秋に完成する予定と伺っております。その進捗状況はどうなっているのか、いつごろに完成するのかお尋ねいたします。
 また、昨年9月の棟上げの際には、もちまきのイベントが行われ、私たちも参加させていただきましたが、今回の完成に当たっても、何らかの式典や関連イベント等を行う予定があるのでしょうか。あわせてお伺いします。その際、陽流抱え大筒の実演や、張りぼて天守閣による一夜城の制作などを行ったら面白いと思いますが、どうでしょうか

 だけど、これ、当時は市に塩対応されています。

◯教育長(山田裕嗣) 一夜城としての天守閣は、現在のところ根拠となる資料がございませんので制作が困難な状況にあります。

 復元じゃないんだから時限的なものならいいだろ、というわけです。今回の「幻の天守閣」事業は、まさにこの「一夜城」と同じ発想です。それでも当時の市(当時の文化財担当は教育委員会)はそういう工作物をつくることを明確に否定していたのです。

 

市は微妙に答弁を後退させている

 先ほどの共産党(倉元市議)への答弁で経済観光文化局長が「福岡市で公式な見解を述べる立場にはない」と答弁していますが、これは微妙なすり替えをして、答弁を交代させているように見えます。

 というのは、市の公式見解は「ない」のではなく、「決着がついていない」ということのはずだからです。

 これは、過去の答弁でも繰り返されています。2007年12月14日の本会議答弁をみましょう(前述の自民党の稲員市議)。

◯27番(稲員大三郎) NPO法人鴻臚館・福岡城跡歴史・観光・市民の会を初めとする市民の天守閣復元に向けてのさまざまな取り組みや動きについて、市はどのように考えているのかお聞かせください。

◯教育長(山田裕嗣) NPO法人鴻臚館・福岡城跡歴史・観光・市民の会を初めとする市民の取り組みにつきましては承知をいたしております。福岡城天守閣につきましては、歴史学会におきまして、築城当初に天守閣が存在したという説と、最初から存在しなかったという説があり、いまだ確定できていない現状がございます。また、仮に天守閣を復元するといたしましても、その復元に必要となります絵図、指図等の資料がなく、設計も困難であります。

 なぜ市は公式見解を「述べる立場にはない」=公式見解は存在しないという立場に後退させたのでしょうか。

 これは推測ですが、髙島市長は、税金を1億円も使ってここまでド派手に存在を印象づけてしまう事業を、どうしてもやりたかったんでしょうね。

 動画見てもらうとわかりますが、無邪気な気持ちで見れば、このライトアップ、なかなかキレイですよね。これでお花見+お酒なんかが入ったら、もう「天守閣にカンパーイっ」とかやっちゃいたくなりますよね。

 「天守閣再建の世論と機運を盛り上げたい!」というのに大いに役立つ気がします。いい悪いは別として。

 だけど、それをやっちゃうと、特定の学説の立場に立ってしまうという立場性がモロにあらわになってしまいます。これまでの市の立場(論争は決着がついていない)とは矛盾してしまう。それで、微妙なすり替えをせざるをえなくなった…ということではないでしょうか。*1

 

髙島市長の受け答えはなかなか苦しい

 西日本新聞がアンケートを行ったところ、市民の中にはこうしたイベントのあり方に批判的な意見が多いことが明らかになりました(4月7日付)。

www.nishinippon.co.jp

 一方、反対派が重視したのは史実との整合性だ。市内の女性(52)は「存在が明確でないのに、なぜ造るのか」。設計図は見つかっておらず、「空想の店主なら、私たちの街の城と胸を張れない」「客寄せの飾り物を遺跡につくることになる」との声が上がった。

 福岡城跡には歴史的建造物も多数存在し、女性(75)は「石垣や数々の門などをしのぶものはある」として天守閣は不要と回答。「歴史好きは自分で天守閣を想像したい」「謎は謎のままがいい」「膨大な建設費と維持費がかかる」との理由で現状維持を望む声もあった。

 記事では「存在が証明されれば大賛成」という声も紹介されています。

 この記事を書いた西日本新聞が、市長の定例記者会見で市長に質問しています。市長はこの事業への市民の反応について問われ、「西日本は(再建)反対なんですよね!」とイヤミを言った後、こう述べました。

https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/mayor/interviews/20240408sichoteireikaiken.html

 でも、これがいいと思っていて、これがいいと思っていて、やっぱり今まで、なかなかやっぱり関心を持っていただけなかったというところに、まず関心を持っていただく。そして、こうやって、あるところでは「絶対天守閣あった。だから、つくったほうがいい」っていう人もいれば、「いや、このままがいい」という人もいるって、こういう議論が盛り上がってくるということを一番期待をしていたことなので、あと2ヵ月間ある中でですね、2ヵ月かな、それぐらいある中で、皆さんがいろんなことを見て、いろいろ言っていただくということが一番大事なことかなと。
 ですから、いきなり最初から、ですからもう、いろんな結論がありきだとかいうことに向かって、突き進むという形ではなくてですね、いろんなことを皆さんが見ながら議論をしたりですね、いろんな立場から、それぞれの立場からお話をいただければ、それでいいのかなと思いますんで。まだ、これからしばらく桜が散ったあともですね、天守閣は当面、出水期の前までは残りますんで、皆さんでそんな議論をしていただければ、そして、また歴史のロマンにね、浸っていただければいいかなと思います。

 うーん、なかなか苦しいですね。

 この「幻の天守閣」事業をもってして「議論が盛り上がってくることを期待」っていうんですが、それはごまかしではないでしょうか。

 というのは、中立の立場、行司役に徹して「存在派」「存在否定派」を公平に紹介して議論を促進するんじゃなくて、市は明らかに「天守閣は存在した」という立場に立って、(税金という)大枚をはたいて「天守閣の再現」をやっちゃっているわけですよね。そういうことをやっておきながら、「議論が盛り上がればいいですね」じゃないでしょう。

 市長はキレイなライトアップをやればみんな賛成してくれると思ったのかもしれません。しかし、意外にも冷静な慎重派が結構いて、激しく動揺した…というところあたりがこのやり取りの真相なのでしょうか。

大濠公園のハス

この種の再現は絶対にいけないか

 ところで、絵図が全くなければ復元とか再現は絶対にいけないのか、といえば、私個人の見解で言えば、そうは思いません。

 私も博物館のような場所で、説明資料などが落ち着いた環境で見られて、学問的想像を刺激するものであれば、パネルや再現イメージを比較するのは大いに歓迎します。これは野外であっても同じです。学習的な環境がちゃんとあれば、ということです。

 縄文時代の竪穴式住居だって別に絵図があるわけじゃなくて、柱の跡などから上部の構造物まで想像するわけですからね。また、古墳を公園にする場合も「古墳が公園だったと誤解するじゃないか!」とはさすがに言いません。子どもや地域住民が歴史を学習し文化財に愛着を持つために、模型やイメージを活用することも、かなり自由にやっていいと思います。

福岡市西区にある古墳公園の上から眺めたところ

 今回の福岡市のやり方は、論争問題で一方の側に立ったことと、花見客・観光客のいる喧騒の場で1億円もかけてド派手に特定の立場の構造物を打ち出したことが「やりすぎ」だと思っています。

「稼ぐ文化財」優先の姿勢

 文化財を観光資源として活用する…という方向に自民党政権は舵を切っています。

 もちろん、観光資源になること自体は否定すべきことじゃありません。それで地域のブランド力も上がって、地域経済も元気になればいいことですよね。

 だけど、文化財としての扱いをぞんざいにしたり、犠牲にしたりして、観光資源化を至上にしてしまうようなやり方は明らかに行き過ぎです。今回の髙島市長のやり方はこの方向に合わせすぎて、文化財本来の向き合い方を大きく逸脱した、という事例ではないでしょうか。

*1:2017年に福岡城で「一夜城」的に天守閣の再現パネルの展示を福岡商工会議所がしている。同時に、史跡である福岡城天守台にパネルを建てるので、福岡市がその許可の段取りに関わっている。つまり、その段階では福岡市が関与したものの、再現の事業主体ではなかった。そこには多少の慎重さがあった。それが今回は福岡市がついに堂々とやり出した企画だとも言える。