共産党の総選挙目標論議と志位氏の議員引退

 解散・総選挙ということになり、共産党が常任幹部会声明を出しました。

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ここはどこの地形でしょうか?(26年1月神谷撮影)

共産党後退の「総括」の行き詰まりと破綻

 びっくりしたのは、第29回党大会で掲げた「650万票、得票率10%以上」という総選挙目標が「450万票、得票率7・5%以上」に勝手に引き下げられていたことでした。

 「議会を通じての革命」をめざす政党として、国政選挙でどれだけの得票をするかということは、当面の最も重要な目標です。情勢認識や党の現状の認識を総合してその結論が導かれます。

 その最も重要な結論が大幅に変わってしまったということは、それを導いた情勢認識や党の現状の認識が間違っていたか、根本的に変化したことを意味します

 本来なら、大会を開いてそれを変更すべきものです。

 ところが、大会を開くでもなく、中央委員会を開くでもなく、それどころか、幹部会さえ開くことなく、常任幹部会だけで大会目標を勝手に変えてしまったのです。

 もちろん緊急事態の場合にそういうことがあり得ないわけではありません。

 しかし、前回総選挙の後に4中総(第29回党大会期 第4回中央委員会総会)、そして前回25年参院選の後に6中総もありました。見直すために1年から半年は時間があったです。私は、25年参院選共産党が歴史的惨敗を喫したことは、重大な事態だから臨時党大会を開いて全党で議論をすべきだと提起しましたが、党幹部はそうした警告を全く無視して、6中総で大後退について“「突風」が吹いたから”と言い訳する「総括」を出しました

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「これらの『突風』は、選挙戦の真の争点を覆い隠すとともに、わが党の前進を妨げる大きな圧力となって作用した」

「複雑な『突風』が吹くもとで、わが党は、…」

「複雑な『突風』が吹くという情勢のもとで、わが党の主張を広い有権者に伝えることは…」

「『比例を軸に』を貫く点でのこれらの弱点が、複雑な『突風』が持ち込まれたときに、党が存在感を発揮して前進することができなかった一つの要因となった」

(6中総決議より抜粋)

 つまり後退したのは“「突風」という特殊事情だったから”という言い訳をしてきたのです。私から見るとこれはまじめな総括とは言えませんでした。

 ところが今回の常幹声明では、昨年参院選の「比例286万票、得票率4・84%」を「起点」とし「450万票、得票率7・5%以上」を目標にせよ、としました。今でも「突風」が吹き続けているとでもいうのでしょうか? 

 特殊事情であった「突風」が吹いていたはずの状況をなぜ「起点」とし、それを基準した目標へと引き下げるのでしょうか。説明がつきません。実は共産党が大後退したのは「突風」でも何でもなく、基本的な情勢がそれを生み出したということに他なりません。

 

 結局、共産党が大後退する情勢が現在もベースとして続いていることを、党幹部は認めざるを得なくなったのです。「突風」でも何でもなかったわけです。

 これは4中総から6中総で示してきた党幹部の「総括」が行き詰まり、破綻したことを意味します。しかし情勢や党の現状についての再度の真摯な反省はどこにもありません。実践を受けて検証することをしない態度、思っていたのと違う結果が出たことを自己分析しない不真面目な態度です。

 統一した実践を受けて検証することが民主集中制の原則ですから、まもなく開かれる7中総では、6中総の総括が間違いだったと認めるところから始める必要があります。それもしないのであれば、党幹部自身が、規約や民主集中制の原則を踏みにじっていることになるのではないでしょうか。

 もちろん、私は、得票目標の引き下げはせざるを得ないと考えています*1。しかし、そのやり方や過程が、あまりにも反規約・反民主集中制であると言いたいのです。

京都のとある駅から(26年1月神谷撮影)



志位氏の議員引退も行き詰まり・破綻の表現

 このことに関連して、志位和夫氏が議員を引退し、次の総選挙には出馬しないということを表明しました。

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 私から見れば、これもそうした共産党の大幅後退のまじめな総括をしてこなかったことの行き詰まりの現れであり、その破綻を示すものだと思います。

 

 志位氏は議員引退について「私自身の心の中では、2年前、2024年1月の第29回党大会で、新しい党の体制をつくった時に、だいたい決めていた」として、あたかも前々から考えてきたように述べています。

 しかし、不出馬会見の発言を読んでもそのように読める箇所はありません。他のことについて述べた部分*2を強引にそのように解釈しているだけです。

 ではなぜ志位氏は不出馬を突然表明したのでしょうか。

 志位氏が出ていたのは衆議院比例の南関東ブロックで、前回総選挙では43万7724票の得票でした。AIに計算させたら、あと約8万5000〜9万票減ったら1議席失うということでした。ということは2割得票が減ったら志位和夫氏は落選することになります。

 2割減。

 前回総選挙では共産党全体の比例得票は361万票で、翌年の参院選の比例得票は286万票となって、総選挙に比べて3割減っています。

 つまりこのままいけば南関東で「志位落選」という非常に無様な状況になってしまいます。

 志位氏はそのことにぞっとし、急遽出馬を取りやめ、後付けでいろいろ言い繕ったのではないでしょうか。

 

 そもそも24年1月の党大会で志位氏が議員引退を考えていたならなぜそれから10ヶ月もたった24年10月の総選挙に出馬したのか、今回もどうして候補者発表が現職から行われなかったのか、「世代交代のため」と言いながら発表された比例候補で元国会議員の畑野君枝さんは2つしか違わないのでは、など疑問がつきません。それは急に気づいて怖くなった、ということで整合的な説明がつきます。

 

 そうだとすれば、参院選の大後退をまじめに検証せず「突風」だなどと言ってすませてきたことのツケが、「突然の志位氏不出馬」という大破綻となって現れたというふうに考えることができます。

 だから、私は、志位氏の議員引退表明を白けた気持ちで見ました。

 私一個としても、志位氏の国会論戦に学んだことはそれなりにありましたが、そういう問題ではないからです。

 志位氏クラスの議員引退となれば、その論戦の軌跡を振り返り、全党、とりわけ議員が自身の議会活動の糧とするはずのものですが、記者会見で志位氏自身が述べた、含蓄の乏しい、間に合わせのまとめが、なんとも言えない哀愁さえ誘います。それはあわてて臨んだ会見だからでしょう。(詳しくは下記の「まとめ2」をどうぞ)

 

福岡市内の川のそば(26年1月神谷撮影)

 議員職(候補者職)からは逃げ出しても、議長職はそのままのようです。

 私の裁判や松竹伸幸さんの裁判では、志位氏は引き続き被告です。

 異論排除の不当な追放、およびハラスメントの全容を裁判で徹底的に暴き、議長職のまま、その責任を取るようにさせたいと思います。

(本文終わり)

北九州市内(26年1月神谷撮影)



おまけ

 下図は福岡県で使われている共産党後援会ニュースです(26年1・2月号外)。次の26年2月の総選挙に向けては、25年参院選並みの得票では、現在九州・沖縄ブロックで獲得している共産党衆院比例の1議席は失われ、あと1.5倍化しないといけないという大変な状況がつわたってきます。

 全国的に共産党を取り巻く支持の状況が深刻なことがわかると思います。

26年2月の総選挙に向けた福岡県の共産党後援会ニュース。
南関東に限らず共産党を取り巻く事態の深刻さがわかる。

 

おまけ2

 「いや、志位氏はこの会見の後半の記者との一問一答ではけっこう語っとるじゃないか」と思われるかもしれません。

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 しかし長い議員生活を振り返って志位氏は「自民党政治の劣化」とまとめていますが、「自民党政治の劣化」は不破哲三氏が10年以上前から語ってきたキーワードの「劣化版」ですよね。33年もつとめてきながら結局大先輩のひそみにならって自分の仕事をまとめてしまうあたりは、逆にいかにも志位氏だという気もします。そこは「自分の言葉」が欲しかった。

 また、この記者会見、たとえば志位氏は「世代交代」についても語っていますが、年齢については上記で述べた通りです。加えて、年齢を持ち出して「出処進退はそれぞれの方の判断を尊重」「私のケースが基準になるわけではない」と言いながら「比例の場合は、世代交代を自覚的にやらないと」と述べており、支離滅裂です。仮に95までやる人が候補になったり議員で続けてもそれは「本人の判断を尊重する」のでしょうか。志位氏は、高齢(78)の赤嶺政賢氏が引き続き候補者として出ることの矛盾に気づいてあわてて“比例と選挙区候補は違う”という「にわか基準」を喋り出すのですが、赤嶺さんは比例重複ですよ…。もうめちゃくちゃです。自分の「思いつき」を合理化するために、その場でガラクタな「基準」を量産するのは、やめてほしいです。

 党員減少や高齢化など「党勢の課題」を聞かれているのに、志位氏は国政での躍進の話をしているのも噛み合っていません。

 あと「やり残したこと」を聞かれた際の回答の中で志位氏は「党の政策や路線を、国民の願いにそくして発展させていくことも必要」と述べているんですが、これは何のことなのかなと思いました。「憲法を真ん中にすえた共同」のことだとすればそれは従来からの路線であって、何も「政策や路線の発展」ではないように思うのですがどうでしょうか。

 ちなみに「反動ブロック形成反対の共同」が、いつの間にか、「憲法を真ん中にすえた共同」にスライドして、社民党新社会党沖縄の風などいわゆる左派だけの共同に置き換わっていることも気がかりです。いや、そういう共同はアリ(ありうる)だと思うんですが、概念が不安定で、幹部の好きなように揺れ動いていて、定義的な概念になっていない。定規のように悟性的に定義しないというヘーゲルマルクスの「伝統」でしょうか(笑)

 立民・公明の新党の動きを「注視する」と志位氏が表明したのは、節度があるとは思いました。ただ、安保法制もそうですが、さらなる根っこである安保条約に踏み込まないのはなぜかは相変わらず疑問です。

*1:引き下げ幅がこれでいいのか、議席などの関連目標はこれでいいのかなどは別に検討しなければなりませんが。

*2:「私は、新しい体制のなかで、党を代表するものの一人として、ひきつづき党の活動のあらゆる分野で必要とされる責任を果たす決意です。国政のうえでは、田村新委員長が党を代表する役割を果たすことになります」