(追記あり)共産党の8中総を読む——国政選挙目標に続き党建設目標まで破綻

※(追記)3月22日に、この記事の後半の「私の批判した点への対応」を2点付け加えました。

 

 日本共産党の第8回中央委員会総会(8中総。第29回党大会期)が開かれました。 

www.jcp.or.jp

 前回総選挙、昨年の参院選、そして今年の総選挙で連続して壊滅的な大敗を喫し、党勢の拡大を号令した「特別期間」も失敗して党勢を大きく減らし続ける中、今後日本共産党の活動をどうするかを打ち出す会議のはずですが、その根本には目を背け続ける中身になっています。

 いろいろ言いたいことはありますが、一番大きなことは、2024年の第29回党大会で決めた最も大きな目標の柱である「国政選挙での目標」と「党建設の目標」が大会を経ずに下方修正され、第29回党大会の路線が総破綻したことでした

 大会で決めたはずの「国政選挙での目標」の修正は、すでに、新たな大会を経ることもなく、常任幹部会であわてて行われ(26年1月)、同月、総選挙直前の第7回中央委員会総会で泥縄式に追認されています。

 今回、これに加えて、党建設の目標までもが、やはり大会を経ずに、下方修正されました。

 革命運動にとって最も重要な選挙目標と、現在の党活動の焦眉の問題である党建設目標という、活動の根幹になる2つの目標が、いずれも次期大会を待たずに修正されてしまったのです。

 大会を開かずに途中での修正です。緊急の激変が起きたなら話は別ですが、もともと第29回党大会では、次の党大会を「2年後」=2026年と想定していて、それを1年こっそりずらした挙句ですから、破綻以外の何ものでもありません。

 前に述べましたが、目標を含め、その時々の「共産党の任務」というのは、指導部が恣意的に決めるものではなく、内外情勢と党の主体的な力量から判断して、全党で「科学的」に決定するはずのものです。それにそって実践を行い、間違っていたらその間違いを認め、それを検証して、より正確な認識での目標や任務を決めるというのが、共産党の方法論です。まあ、PACDとも言えるし、自然科学の実験に似た検証の方法ともいえます。

 なので、最も重要な目標が破綻したというのは、単に目標の数値だけの問題ではなく、それにつながる情勢認識や主体的力量の判断が間違っていたことを意味します。

 実際修正後にどういうレベルにまで下がったかといえば、国政選挙は大会前の最後の総選挙の得票と同レベル(400万票台)を「目標」にし、党建設では「大会後も党勢を維持する」レベルを「目標」にしたわけで、要するに「国政選挙でも党建設でも大会時点と同レベルを維持しろ」という目標を立てたことになり、これは共産党の歴史の中でもおそらく初めてのことでしょう。そのような歴史的修正をかけねばならなかった、修正前の情勢認識や主体的力量の判断が、根本的に間違っていないはずがないのです。

 それなのに、中央委員会総会でそのまともな説明はありませんでした。

しかし、党大会後の全党的な党勢拡大の到達は、党員でも「しんぶん赤旗」読者でも、長年にわたる後退から前進に転じることができておらず、第29回党大会の時点からさらに後退し、党大会で決めた目標には現時点でかなり大きな距離があります

 あたかも自然現象のように「さらに後退」して「大きな距離」ができたので下げる、というだけです。

 大会で決めた根幹の目標が破綻し、その目標の基礎となる情勢認識や主体的力量の判断が誤っていたかもしれないのであれば、大会をやり直すべきものです。そうした反省もなくただ目標だけを下げて突き進むのは、民主集中制にもとづく真理検証の精神を踏み躙っていると言わねばなりません。

 前にも言いましたが「元の目標のままでやれ」という意味ではありません。目標を下げて進む——戦術的な小さな修正をして済むような話ではないということです。「インパール作戦は補給の失敗だった」という「教訓」を得て、補給をどうにかしようとするようなものです。戦争を始めた大もとになぜさかのぼらないのか、というのに似ています。

 

 今回の8中総決定では

40年間、後退を続けてきた党づくり(第二報告

40数年にわたって大会ごとに後退を続けてきた党勢(手紙

と規定されています。これ自体は前から言われてきたことで、第29回党大会決定および2中総決定(手紙)の中でその「長期的後退」の原因は(1)共産主義崩壊論の影響、(2)党員拡大の後景化が挙げられてきました。

 しかし、そういう分析自体が、もはや誤り、もしくは抜本的に不十分な解明であったというべきではないでしょうか。

 (1)に対応して、 「赤本」「青本」は大いに売れ、ネットでも動画に大変な注目が集まったそうです。8中総決定は嬉しそうにそれを告げています。

資本主義の矛盾が深まり、世界で「マルクス・ブーム」が起こるもとで、日本のネットメディアも相次いで「赤本」「青本」を番組でとりあげ、わが党と海外の研究者との交流も始まるなど、『Q&A』が党外の人々にも反響を呼んでいます。(手紙

 また(2)を是正した第22回党大会(2000年)以後、もう四半世紀を超えた時が過ぎ去りました。

 しかし、党勢の後退はやまず、それどころか国政選挙で壊滅的な連続敗北を喫しています。長期低落の原因に対応した(1)(2)という手を打ったはずなのに、それが効くどころか、いっそうひどい泥沼に落ちていったのです。医療で言えば、何かしらの診断をして薬を処方したが、症状がますます悪化していったようなものです。診断と処方が間違っていたと考えるのがスジでしょう。つまり「29回大会決定で行った(1)(2)の認識と方針自体が誤っていた」ことが濃厚になったのではないのでしょうか。

 8中総が示したことは、第29回党大会が示した路線の破綻です。党大会を開いて、全党でもう一度議論し直すしか道はありません。

 

私の批判した点への対応(1):国政選挙目標の修正を6中総でしなかったこと

 ところで、8中総決定では私が批判していたことに対応して「回答」している点があります。珍しいことですね。とにもかくにも「応じた」という意味では評価いたします。4点述べます。

 一つは、8中総決定では、党中央の反省として、

次の総選挙の比例代表の得票と得票率の目標をどう定めるかは、6中総の時点で明確にするべきでした

ということを挙げていることです。

 私は、“なんで国政選挙の目標修正を党大会を再度開くことはおろか、修正のチャンスのあった6中総(25年9月)でもやらずに、総選挙直前(26年1月)の常幹であわててやったの?”と批判しました

 8中総は、私のこの批判をしぶしぶ認めたことになります。

 しかし、正面から認めるのは癪だったのでしょうか。「第二の反省点は、総選挙の比例代表の得票と得票率の目標をどう定めるかは、6中総の時点で定めるべきだったという弱点についてです」と書くべきところなのに、「第二の反省点は、衆院比例ブロックごとに、得票と議席の目標を明確にし、日常的・戦略的活動を進めるうえでの弱点です」などと書いています。

 ブロックごとの目標など、全体の目標が定まっていないのに、できるわけありません。私はその立場ではありませんが、仮に今の党幹部の言いたいことを代弁するとしてもそれは「ブロックごとに、得票と議席の目標を明確にするかどうか」ではなく「早くに総選挙の比例代表の得票と得票率の目標を修正すべきだった」という反省のはずです。全体の目標の修正のまずさについて反省せず、「ブロックごと」の問題だと言っているのは、中央の責任を矮小化したい(「言い出さなかったブロックが悪い」と言いたのか?)ためではないかと言われても仕方がないでしょう。

 

私の批判した点への対応(2):要求アンケートの位置付け

 二つ目は、要求アンケートの位置付けが弱かったことを認めたことです。

 私は、昨年の12月に次のように書いていました。

kamiyatakayuki.hatenadiary.jp

 幹部会決議では

選挙勝利を目指して、国民のあらゆる要求にこたえ、苦難を軽減する党の立党の精神に立った活動を強めましょう。全有権者を対象にした宣伝活動を強化するとともに、「要求対話・アンケート」を新たな意気込みで思い切って位置づけ、広い国民の要求をきき、対話することを重視しつつ、党建設の躍進をかちとろうではありませんか。

とありますが、事実上かなり小さな位置付けしかありません。この方向を思い切って強化し、共産党の今の役割と結んで中央が提起し直すべきではないでしょうか。 

 これについて8中総で

第一の反省点は、2024年の総選挙の総括を踏まえて戦略的大方針と位置づけた「要求対話・要求アンケート」の取り組みが、25年9月の6中総以降の時期、中央としての位置づけが弱まり、事実上中断したことです。

とここでも私の批判を認める形となりました。

 これは覚えておいてほしいことですが、昨年5月の段階ですでに対話・アンケートは110万を超えているという報告がされていました。それはかなりの数です。

 しかし、これは中身こそ問題ではないでしょうか?

 単に数だけ積み上がり、これまでの共産党の政策を単に追認するだけならあまり意味がないと思うのです。

 「国民は本当は何を望んでいるのか?」を探るものにしていく——自分自身が変化するという本当の意味での「対話」をすべきだろうと思います。

 

私の批判した点への対応(3):下げた目標のこと

 三つ目は目標を下げたけども、仮にその下げた目標でやろうとするなら、下げ方はそれでいいのか、という問題です。

 私はそもそも大会での大きな目標が破綻したのだから大会をやり直して根本的に全党で議論し直そう、という立場です。

 しかし仮に大会を開きなおさず、中央委員会総会で目標を下げたやり方のまま突き進むなら、目標の下げ方は果たしてそれで妥当なのかという問題が起きます。

 これも昨年12月に私が述べていたことです。

 過大な拡大目標を立てても全く実現する見通しがありません。党幹部は今の全党のがんばりがどこまできているのかさえ明らかにしようとしないのですから。

 そういうものをめざす党活動の水準になっていないことを率直にまず認めるべきでしょう。現実を直視しないといけないのです。

 だとしたら、今の力量で党がまずクリアすべき現実的な目標を設定して、そこを軸にした丁寧な党づくりを始めるべきではないでしょうか。

 ここでも私の批判に対応した形になっています。

 しかし、じゃあ目標だけ下げればいいのかというとそんなことはないのです。本当に下げた目標が現実的なのかどうかを示す責任が指導部にはあります。それがなければただの雰囲気です。「ぜんぜんわからない 俺たちは雰囲気で革命運動をやっている」ということになってしまいます。

 志位和夫氏は8中総で

「誰が見てもやれない」というような目標は、思い切って見直していく

発言しました。

 私はそれを見て唖然としました。

 いや、目標を見直したこと自体は前向き…というか現実の前にそうせざるを得なかった「破綻」の現れでしょう。

 「唖然」としたのはそこではありません。

 党幹部たちにとって、一体いつ「誰が見てもやれない」目標に転化したのでしょうか。8中総のわずか1ヶ月前(26年1月)に党幹部は7中総を開いていたはずです。その時、志位氏はもちろん党幹部の誰一人として大会で決め実践しているはずの目標には異論を唱えず、方針に全会一致で賛成していました。「誰が見てもやれない」目標になっているはずなのに、それをおかしいぞ、とは言わなかった、あるいは保留や反対票でそれを表現しなかったのです。

 もし心の中で志位氏をはじめ党幹部みんなが「こんなの誰が見てもやれないよな」と思っていたのに、現場の党員に押し付けていたなら、目標達成のために真面目に指導をしていた地方の指導部はまことに「いい面の皮」ではありませんか。

 そして、今回の8中総で決め直した目標を志位氏は「これは頑張れば手が届く目標」「やれない目標ではない」と断定していますが、なんの根拠も書かれていません。

 前の目標が「誰が見てもやれない」根拠は何か。

 今回の目標が「頑張れば手が届く目標」だという根拠は何か。

 何も示されていないのです。

 目標を下げたから今度はやれるだろう、というのは雰囲気の問題だけでしかありません。率直に言って、現場はこれでもできっこないと思っています。「党中央が自己変革して、大会で決めた目標を下げたこと自体は画期的ではないか」と思うかもしれませんが、数字を示した根拠のある指導をしなければ現場の苦労は変わりません。

 また同じことが繰り返されます。そのことは厳しく警告しておきます。

 

私の批判した点への対応(4):「つむじ風」の意味不明な珍論

 四つ目は、例の「つむじ風」です。

 総選挙で“つむじ風は吹いていない”と1月の選挙本部の訴えでは書いているのに、選挙後の常幹声明では高市旋風(というつむじ風)が吹いたためそれに耐え切れる自力がなかったと書いていて、完全に矛盾していることを指摘しました。

kamiyatakayuki.hatenadiary.jp

 矛盾しているのか、途中でつむじ風が吹いたのか、それとも1月の選挙対策本部の訴えが間違っていたのか、はっきりさせてほしいと書きました。

 全国から同様の疑問は寄せられたらしく、私のこの問いにわざわざ8中総決定で「回答」をしています。

 

 しかし、これが稀代の珍論なのです。

 まあお読みください。

 選挙の情勢判断にかかわって、1月27日、公示日の選挙対策本部の訴えで、「自民党政治対日本共産党」という構図がはっきりしたこととあわせて、「手取りを増やす」「外国人問題」のような「真の争点を覆い隠す“つむじ風”が吹いていない」とのべたことについて疑問が寄せられています。この点では、今回の総選挙で、この種の“つむじ風”は、最後まで吹かず、経済でも、外交でも、わが党の土俵のうえでの論戦となったことは、事実です

 今回の総選挙の難しさは、参院選のさいの“つむじ風”的な難しさでなく、自民党が「高市早苗でいいのかを問う」という一点で選挙を乗り切ろうと、莫大(ばくだい)な資金を使い、「高市旋風」をつくりだしたことにありました。この動きは、公示後、急速に強まりましたが、この困難については、2月2日の常任幹部会の「訴え」で「わが党の前進を阻む重大な逆風となって作用しています」と明らかにし、「わが党の奮闘が足らず、この逆流に押し負けるならば、わが党の重大な後退につながることを、私たちはリアルに直視しなければなりません」と強調しています。節々での常任幹部会の情勢判断は基本的に正確なものだったと考えます。

 

 どうでしょう?

 何を言っているのかわかりますか?

 “つむじ風は吹いていなかったが、違うつむじ風が吹いていた”と言っているのです(「つむじ風」は漢字で書くと「旋風」です)。

 一読して失笑を禁じ得ませんでした

 「つむじ風は吹いていないが、別のつむじ風が吹いていた」————もうこういう「天気予報」みたいなことは、やめたらどうでしょうか

 「つむじ風」とあわせて、「取り組みが中断した」というのも、今回から党幹部が新たに手に入れた(と党幹部だけが思っている)「ニュー言い訳」です。

 国政選挙は衆参あわせると平均して1年半に1回はあります。統一地方選挙を入れるともっと頻繁でしょう。その度に「ああ中断しちゃったなー」と言えば根本的検証をせずにチャラになるのなら実にカンタンなお仕事です。

 党員や読者が増える中での「中断」ならそういう言い訳も通じるかもしれませんが、「40数年にわたって大会ごとに後退を続けてきた」(8中総決定)上に、この「特別期間」中も大きく減らしていっているのに、「中断」も何もないでしょう。


 もうこういう言葉遊びのようなことはやめようじゃないですか。

 現場はこんなことを信じてやっているわけではありません。

 8中総の掲げた党勢拡大目標の達成——ずっと減ってきた党員があと半年で1万3750人、日刊紙読者が1万2803人、日曜版読者が6万8398人増える(純粋な増加数ではなく減少数を差し引いた増加前進数)ことをマジメに信じている党員・党幹部はおそらくほとんどいないでしょう。仮にそれができたとして、先延ばしになった28大会水準の回復、さらにその後にはもっと先延ばしになった28大会比で130%増の目標ができると思っている人は皆無ではないでしょうか(というかそんな「先延ばし目標」の存在自体を忘れている)。

 それでも現場の党員が頑張って活動に取り組むのは、目標そのものではなく、「手紙」にあるように、目の前の国民の苦難軽減に一歩でも取り組みたい、新しい抜本的な議論が起こるまでは、党員や読者をできるだけ減らさないように、そういう思いでやっているのです。そういう「善意」に甘えていてはいけません。まだそうした「善意」が少しでも発揮できるうちに、新しい道を、全党の抜本的な戦略議論によって見つけ出さねばならないと思います。

 私は、共産党の再生を心から願う一人です。

 そのために裁判に勝って党に戻ろうとしています。

 党幹部の誤った道に黙々と従うことが党を愛している、あるいは党のことを真剣に考えていることではありません。「それは間違っていますよ」とはっきり忠告して立ち直りを提言することこそ、本当の友人じゃないでしょうか。

 いや、本当に冷静に考えてみてください。他の組織でここまでひどい状況に落ち込んでいる時に、こんな「総括」文書が出たら泡吹いて倒れてしまうのが当たり前じゃないんでしょうか。どうかいま一度少しでも客観的に考えてみてください。お願いします。