自衛隊への名簿提供について

 福岡市は、自衛隊リクルートのために18歳と22歳の市民の名簿を自衛隊に提供しています。

 福岡市政だより2024年4月15日号より

 この問題について、「議会と自治体」2024年5月号に、有田崇浩・平和新聞編集長が「『安保3文書』と軍拡の現段階」という論文を書いていました。

 現在、自民・公明政権は安保3文書にもとづいて対米従属下で「戦争国家」づくりを進めていますが、この名簿提供の動きは、そのような政治の動きの中でどう位置付けられているかを解明した部分に注目しました。

 

安保法制下および安保3文書のもとでの「名簿提供」

 まず、自衛隊は安保法制で任務が危険になったこと、そして少子化で、応募者が減っていることを指摘します。

 有田論文によれば安保法制下で任務の危険性が増し、自衛隊への応募者は減少を続けています。

特に現場部隊で中核となる「曹」や現場の最前線で活動する「士」の採用環境で厳しさが増大しています。(p.21)

 一般曹候補生の応募者は4万3639人(2009年度)から2万4841人(22年度)と半分近くになってしまっています。自衛官候補生の応募者は昨年春の採用達成率が目標の4割強だと言います(2009年度以降で最低)。

 私は少子化や安保法制化での危険に加え、ハラスメントが深刻であることが世界的に知られるようになったこともあげられるのではないかと思います。

www3.nhk.or.jp

www.bbc.com

 このもとで、安保3文書でのこの問題(自衛隊の人材確保)の問題がどう位置付けられているかを次のように書いています。一言で言えば「人的基盤の強化」です。

 国家防衛戦略は「防衛力の中核は自衛隊員である」と明記した上で、

採用については質の高い人材を必要数確保するため、募集能力の一層の強化を図る

 防衛力整備計画では、「人的基盤の強化」として、

防衛力の抜本的強化のためには、これまで以上に個々の自衛隊員に知識・技能・経験が求められていること、また、領域横断作戦、情報戦等に確実に対処し得る素養を身に着けた隊員を育成する必要があることに留意しつつ、必要な自衛官及び事務官等を確保し、更に必要な制度の検討を行うなど、人的基盤を強化していく。

 また「採用の取組強化」として

少子化による募集対象人口の減少という厳しい採用環境の中で優秀な人材を安定的に確保するため、採用広報のデジタル化・オンライン化等を含めた多様な募集施策を推進するとともに、地方協力本部の体制強化や地方公共団体及び関係機関等との連携を強化する。

としています。

 有田論文によれば、

二〇二三年二月の自治体への自衛官募集の協力依頼には「安保関連文書が決定された」ため、今まで以上に自治体と連携を強化したいと書き込まれました。

とあります。

 私は、自衛隊について、最終的には国際環境が整えば解消に向かうべき組織だとは思っていますが、当面は災害派遣および急迫不正の主権侵害に対応する部隊として活躍してほしいと思っています。その点で、ハラスメントの実効的な根絶に取り組みつつ、適正な形で人員募集が行われること自体を否定するものではありません(少なくとも私が市長になったとしたら、そのような募集業務そのものを否定することは考えていませんでした)。

 しかし、第一に、安保法制下で集団的自衛権の行使が容認された存在になってしまっており、そのような意味で「違憲」化してしまっています。そして募集された人員はアメリカの不法・違法な戦争に巻き込まれる危険があります。そのようなもとでの自衛隊の「徴兵」は許されないと考えます。専守防衛の部隊としての任務を全うできるよう、安保法制そのものをやめさせることが前提だと思うのです。

 第二に、自衛隊への名簿提供が自治体としての適正な形で行われていないという問題があります。福岡市においても不適切です。この問題が解決しないもとでは、名簿提供は許されません。

 地方議員や自治体での運動を見ていると、あまり安保法制や安保3文書との関連が取り上げられず、「自衛隊憲法違反だから名簿提供するな」とか「とにかく自衛隊を利するから反対」とかいう向きがあって、それはどうかなあと思っています。逆に「自治体の名簿提供の方式が適正なものになれば、安保法制の下であっても名簿は提供してもいい」という人もいて、それは私とは立場が違うなと感じます。

 むろん、社会運動ですからどういう動機であっても「名簿提供するな」という一致点で共同しようと思っています。

 

リクルートそのものよりも自治体と連携することがねらい

 有田論文では“名簿提供にこだわるのはリクルートそのものよりも自治体と連携することがねらい”という指摘が興味深かったです。これは引用して全文を紹介しておきます。

 提供された名簿に基づき、入隊加入のためのダイレクトメール(DM)が郵送されたりしますが、私が入手した陸上幕僚監部の内部資料によると、「地本の郵便物」の効果は一%程度としています。氏名・住所などの四情報は決して使い勝手がよいものではなく、名簿提供が具体的な募集効果をもたらす手段でないことは、防衛省自衛隊もある程度わかっているものと見られます。

 昨年度の募集に向けて作成された防衛省で作成された内部文書では、名簿提供などを求める理由を「協力関係の一層の強化のため」として、わざわざ傍線付きで強調しています。私が取材した防衛省関係者は「理解が広がっていることが重要」と言及しましたが、「適齢者名簿」の提供は、リクルートそのものより「自衛隊の人的基盤の強化のため」として、自治体にシームレスに住民情報を提供させる「仕組み」づくりや理解形成を強化すること自体にねらいがあると見るべきです(p.21)

 これは私の実感にもそいます。

 

自治体による名簿提供は何を根拠にしているのか

 最後に、自治体による自治体の名簿提供についてです。

 これは自治体によって名簿提供の根拠が違っているという不思議な現象があります。

 福岡市が持っている18歳と22歳の市民の情報は個人情報です。

 それを勝手に渡していいのでしょうか。

 

 福岡市の個人情報保護条例第10条ではそれを禁じています。

実施機関は、利用目的以外の目的のために保有個人情報…を自ら利用し、又は当該実施機関以外の者へ提供してはならない。

 

 しかし、例外として同条第2項で「渡してもいいよ」という場合を想定しています。

2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号のいずれかに該当する場合は、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は当該実施機関以外の者へ提供することができる。ただし、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでない。

(1) 法令等に定めがあるとき。

(2) 本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき。

(3) 出版、報道等により公にされているとき。

(4) 人の生命、身体、健康、生活若しくは財産又は環境の保護のために緊急に必要があるとき。

(5) 専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は他の実施機関若しくは国等に提供するとき。

(6) 前各号に掲げる場合のほか、実施機関が、福岡市個人情報保護審議会の意見を聴いて、公益上の必要があると認めるとき。

 だいたい他の自治体も同じように定めているのですが、「(1) 法令等に定めがあるとき」を根拠にしている自治体が時々あります。

 自衛隊法第97条1項では

都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う

 同2項では

防衛大臣は、警察庁及び都道府県警察に対し、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部について協力を求めることができる

 そして自衛隊法施行令第120条では

防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。

とあるので、これが根拠=「法令等に定めがあるとき」だと考えている自治体があるからです。

 しかし、有田論文でも指摘されているように、施行令120条の「資料」に、市民の名簿=住民基本台帳情報が含まれるとは言い難いのが実情です。

 なので、これで突破しようとしている自治体もありますが、法務関係者から「これは苦しいですね」と言われているところは、それを根拠にしていません。

 福岡市もそうなのですが、

(6) 前各号に掲げる場合のほか、実施機関が、福岡市個人情報保護審議会の意見を聴いて、公益上の必要があると認めるとき。

を根拠にしてきました。

 個人情報保護審議会が「いいよ(公益上の必要があるね)」と言えばできるだろうという建前にしたのです。

 福岡市が主張した「公益性」とは「事務の効率化」でした。名簿を提供することで事務が効率化するからいいでしょ、というわけです。

 しかし、福岡市ではこれはけっこう難航しました。

 意見がいろいろ出てしまったのです。当然ですね。事務がスムーズに行くから、禁止されている個人情報を渡してもいいでしょ? というのはあまりにもいい加減な理由です。そんならなんでもOKになってしまいます。審議会に出ている専門家が「はいそうですか」とそのまま通したら名折れです。

 そのあたりを共産党福岡市議団が市議会で追及し説明しているので、見てみましょう(2020年3月3月23日条例予算特別委員会、倉本達夫市議)。

◯倉元 まず、市長は名簿提供の根拠として、公益性があるからと言っている。市が挙げた公益性の一つ、事務の効率化については、審議会で、「こういう効率化ができるから提供するのが当然だとかいった説明は、慎重に願いたい。もしそれだけなら反対する」などの意見が相次いだ自衛隊以外の国などの機関に提供したいという2つ目の諮問は、効率化のみを理由に諮問したため否定されている。したがって、市長が主張した、事務の効率化を公益性とするのは明確に否定されたと思うが、所見を尋ねる。

◯市民局長 審議会においては、事務の効率化をもって個人情報を目的外利用する公益性があるとするには十分でないといった趣旨の意見もあったが、自衛隊の担う役割の重要性も含め、総合的に審議され、公益上の必要性があると判断するとの答申を受けたものである。

 もう一つの「公益性」は「法定受託事務だから」というものです。「自衛隊員の募集は法律で国が市長がやるように命じている事務だから、事務の範囲以外のことでもその事務に役に立つことはできるだけ協力するのは公益性があるでしょ?」というわけです。

 ところが、これについても審議会では批判されているんですね。

◯倉元 事務の効率化は明確に否定されたのである。もう一つ市長が挙げた公益性は、本市としては、法定受託事務を担うところで、できる範囲での協力を行うということである。しかし審議会では、部会長から、法定受託事務だから公益性があるのだというのは短絡的と批判されている。ほかにも、個人情報を守るのは大事な自治事務であり、憲法で保障されたプライバシー権を侵害してよいというほどの公益性が法定受託事務だということからは直ちに出てこないという意見もあった。つまり、法定受託事務を理由とすることに疑問が出された。したがって、いくら法定受託事務であっても、自衛隊に人が来ないから、その募集のためにプライバシー権を無視して、名簿を勝手に使ってよいとはならないと思うが、所見を伺う。

◯市民局長 審議会における法定受託事務に対する意見については、法定受託事務であることをもって、個人情報を目的外利用する公益性があるとするには十分でないといった趣旨の意見を受けたが、自衛隊の担う役割の重要性も含め、総合的に審議され、公益上の必要性があると判断するとの答申を受けたものである。また、自衛官等募集事務については法定受託事務であることから、可能な範囲で協力すべきであると考えている。

 このように、審議会からはかなりの批判が出て、傷だらけで「公益性」のハンコが押されたのです。

 そして、審議会は名簿を渡してもいいけど、条件があるよといって、4つ条件をつけたのです。

 その一つが、「私の情報は、自衛隊に渡す名簿から除外してください」と申請したら除外しないといけないという条件でした。

 共産党としては本人の同意を取るべきだと要求しましたが、市は頑なに拒否します。しかし、「私の情報は、自衛隊に渡す名簿から除外してください」という場合は、福岡市にいる18歳と22歳全員にもれなく周知されいないとこの条件は成り立ちません。

 そこで、共産党としてはハガキで本人に通知することを条例提案したことがあります(2021年9月3日、山口湧人市議=当時)。

 初めに、本条例案の概要について説明いたします。
 福岡市個人情報保護条例の第10条に、その3号として「実施機関は、前項第6号の規定により保有個人情報を提供する場合において、本人の求めに応じて当該本人の保有個人情報の提供を停止することとしているときは、保有個人情報の提供について公益上の必要があることその他の当該保有個人情報の提供に関することを市民に周知するとともに、本人の求めに応じて当該本人の保有個人情報の提供を停止することについて、あらかじめ、本人に通知しなければならない」という条文を加えるものです。
 …
 続いて、本条例案を提案する理由について御説明いたします。
 福岡市による自衛隊への名簿提供問題で、対象者の情報を紙媒体等で提出することは、公益上の必要があると考えており、提供については、紙媒体または電磁的記録による提出を行ってよろしいかという市長の諮問に対して、福岡市の個人情報保護審議会は2020年2月14日付の市長への答申で、公益上の必要性が認められるものと判断するとしながらも4つの条件をつけました。そのうちの1つとして「毎年度、情報の提供に先立って、公益上の必要性に関する説明を含めた市民への周知を行い、自己の情報を提供してほしくない旨の意思表示を行った市民については、提供する情報から除外する措置を講じること」という条件を付しました。
 個人情報保護法では、こうした除外希望者の除外措置はオプトアウトと呼ばれる制度ですが、このような制度は、通常、公益性の低い民間事業者に対して適用されるもので、行政などの公的機関が行う事業は公益性が高いことが当然に想定されており、通常、オプトアウトを設けることはあり得ません。だからこそ、自治体が扱う個人情報を対象にする各市町村の個人情報保護条例には、福岡市をはじめ、どこでもこのようなオプトアウト制度は存在しませんでした。したがって、市審議会がこうした条件を付したのは極めて異例です。自衛隊への名簿提供について、辛うじて公益性の必要が認められるものと判断したものの、その公益性は極めて低く、それゆえに普通は民間業者にしか適用されないオプトアウトを条件として付したのです。そのことは、審議会目的外利用等審査部会2020年2月7日の議事録を見ても、市の説明に対して「法定受託事務だから公益性があるのだというのは、ちょっと短絡的な感じがする」、「公益上の必要の、公益の中身が分かりにくい」などの異論が出ていることからも分かります。
 審議会答申を受けて市は、情報の提供に先立って、公益上の必要性に関する説明を含めた市民への周知を行った上で、自己の情報を提供してほしくない旨の意思表示を行った市民については、提供する情報から除外する措置を講じるとしています。
 ところが、この措置は市個人情報保護条例上、何ら位置づけがないため、どんなにずさんな周知や措置を行ったとしても、本人または第三者の権利利益を不当に侵害するものには当たることはないとされています。市長への答申で述べられている周知、除外措置は言わばただのおまけでしかありません。実際にオプトアウトをする際に行われている本人に通知するためのダイレクトメールの郵送などを市はかたくなに拒否し、本人が容易に知り得る状態に置くことになるホームページや広報紙への掲載などは個人情報保護法ガイドラインの要件を全く満たしていません。これでは措置はただのお飾りになってしまい、審議会答申の趣旨が踏みにじられてしまいます。
 そこで、条例を改正することで答申の趣旨を生かそうとするものであります。

 福岡市の広報が以下の不十分かも、共産党は論戦しています(2021年9月3日、綿貫英彦市議=当時)。

 実際に本市は、周知、措置の一つとして福岡市ホームページへの掲載をしています。個人情報保護法では、民間事業者にオプトアウトする際には、個人情報提供について、あらかじめ本人に通知し、または本人が容易に知り得る状態に置くと定め、具体的なガイドラインを設けております。例えば、ホームページではトップページから1回程度の操作で到達できる場所での掲載を例示しておりますが、本市のホームページでは自衛隊への名簿提供について6つのディレクトリをクリックしないとたどり着くことができません。以上のことから、本市の周知、措置は本人が容易に知り得る状況にはなってなく、ガイドライン違反となっています。市政だよりへの掲載も1回のみであり、高校、大学へのポスター掲示についても、実際に貼り出しが行われたかも確認されていません。実際に18歳や22歳の対象者に聞いてみても、圧倒的多数の若者が知らないと答えています。以上のことから、周知及び措置は全く不十分なものになっていると考えています。 

 つまり、「あなたの個人情報が今から渡されますよ、いいですか?」ということがちゃんと全ての対象者には周知されていないのです。それで個人情報を渡したらダメでしょ、ということなんですね。

 せめてこれがクリアされたら渡してもいいよ(ハガキで知らせた上でやるならいいよ)、という他の会派の市議さんもいて、こういう人たちと共闘をしてきました。

自衛隊への名簿提供に反対する市民(2021年5月)