昨年夏に開催された世界水泳福岡大会。その経済波及効果については開催前は黒塗りだったことは前に書きました。
大会は終わったけども、決算が全く出て来ず、どうなってんのかと思っていました。経済波及効果の数字も全然確定しなかったんですよね。
ところが、3月にそれが確定し、各紙が一斉に報道。
共産党がこれを3月議会で取り上げました(中山郁美市議)。
世界水泳福岡大会の経済波及効果として、市は540億円の当初見込みに対して433億円になったと報告しています。中山市議は、これは数字を大きくするため意図的に不適当な計算モデルを使ってはじき出した経済波及効果だと指摘。共産党市議団が妥当な計算モデルを使って再計算したところ315億円にすぎなかったと紹介しました。
これは一体どういうことか。
福岡市がはじき出した経済波及効果の試算を詳しく見てみます。
福岡市がおこなった経済波及効果試算のあらまし
福岡市の試算では、市内への波及効果の内訳は大きくは次の2つの柱からなっています。
- 大会事業費:組織委員会が注ぎ込んだお金174億円を35の産業分野に分解。
- 来場者消費:大会に来た人たちが落としたお金183億円を35の産業分野に分解。
174億円+183億円=357億円は35産業分野に分類できます。それを産業分野ごとに自給率をかけて、市内にどれくらいお金が落ちるかを計算します。その結果275億円が市内に落ちるお金となります。この275億円を産業連関表で波及効果を調べると一次効果が83億円、二次効果が74億円。よって275億+83億+74億=433億円が市内の経済波及効果の総額…ということなんですね。
このうち、1.の「大会事業費」は実費なので、一応認めるしかありません。
しかし、2.「来場者消費」については、実際に落としたお金ではなく、モデルを掛け合わせてつくった推計値です。ここに悪意が入り込むと、計算する人間が自分の思惑で数字を操作できてしまいます。相応の根拠が必要になります。
また、波及効果を計算する分析ツールにも、どんな設計にするかによって自分の思惑で数字を操作できてしまいます。
「来場者消費」試算の問題点
来場者消費の項目は膨大にあるのですが、実はそのうち太い柱になっているのは
- チャンピオンシップの「観客」(県内・県外・海外)の消費(84.7億円)
- マスターズの選手「同行者」(海外)の消費(45.7億円)
この2つだけなんですね。この「2つの太い柱」で来場者の全消費額183億円の71%(130億円)を占めます。1.の一般観客だけでもほぼ半分を占めます。
どれも人数×泊数×単価が消費額で計算されています。このうち泊数・単価に都合のいい数字(モデル)を使うことになったら、あっという間に数字を膨らませることができてしまいます。
県外観客の宿泊数はなぜ「観光・レクレーション」の宿泊数を無視するの?
これを見ると、県外(国内)からの「観客」は1人2.2泊することになっています。この根拠は観光庁「旅行・観光消費動向調査」2022年の「宿泊旅行」全体の平均泊数です。
すなわち「観光・レクレーション」「帰省・知人訪問等」「出張・業務」という3つを全て含んだ宿泊数の平均なのです。
しかし、全体ではなく「観光・レクリエーション」に限れば平均泊数は1.7日になります。世界水泳の観戦は明らかに「観光・レクリエーション」であり、「帰省・知人訪問等」「出張・業務」を含んだ全体の平均の泊数を採用する必要は全くありません(後者の2つの方が平均泊数は高い)。
数字を大きく見せるため、わざと不適切なモデルを選んでいる可能性が高いですよね。
なぜ「スポーツイベント」でなく「Meeting」を使うの?
次に、県外(国内)からの「観客」は「国内移動費」で1人24,122円使うことになっています。
これは観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のうち「Meeting」に出かける日本人宿泊者1人が使う国内移動費根拠にしています(p.41)。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/810003507.pdf
しかし、このモデルでは「Meeting」以外にも9区分があります。
「Meeting」の備考欄に書いてありますが、これは「出張業務」です。つまりビジネスマンが、遠方で会議などの出張に行ってそこで落とすお金のことなわけで、スポーツイベントに来た観客が落とすお金とは全然行動パターンが違うことがわかりますよね。
なぜ世界水泳の一般観客の消費単価を推計するのにこの「Meeting」を使うのか。
他にも9の区分があるのに?
9の区分を見てみると「Meeting」よりももっとふさわしい区分が…あった! ありますよね?
そのうちの一つに「Event(スポーツイベント)」があります。まあ、誰が見てもこちらを使うべきですよね。しかし、こちらの国内移動費は10,947円しかありません(p.42)。
世界水泳参加者に、ビジネスの会議を想定した「Meeting」モデルを採用する必然性は全くなく、「Event(スポーツイベント)」モデルを避けているのは不自然としか言いようがありません。
海外の宿泊数もなぜ「観光・レジャー目的」を使わないのか?
また、海外からの「観客」は1人平均して11.2泊することになっていますが、これは観光庁「訪日外国人消費動向調査」の2023年7-9月期での平均泊数を根拠にしています。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001634972.pdf
しかしこれも全体を平均した数字であって、「観光・レジャー目的」という限定をすると、泊数は7.2泊になります。
宿泊数が1泊から2泊に増えるって大したことがないように思えますか?
いえいえそうではありません。
経済波及効果を試算する場合には、めちゃくちゃ大きな違いになります。例えば、
1万人の観客×1万円の消費単価×1泊=1億円
…ですよね? これが2泊になると…
1万人の観客×1万円の消費単価×2泊=2億円
はい。消費額は倍になりました。
消費単価の差より、宿泊数の差の方が、経済波及効果を膨らませる上では簡単にできるのです。消費単価の違いは簡単には2倍、3倍の差にはなりませんが、外国人客と国内客の宿泊数の違いはすぐに消費額全体を数倍、十数倍の違いにさせられるからです。
海外からの観客はなぜ「Event(スポーツイベント)」モデルを使わないの?
海外からの「同行者」の1人あたりの「飲食費」は6,927円、「宿泊費」は12,755円で計算されていますが、この数字もやはり先ほど挙げた観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のうち「Meeting」に出かける海外旅行者1人が使う「飲食費」「宿泊費」が根拠になっています。
しかし、同様に、「Event(スポーツイベント)」モデルでは「飲食費」は4,376円、「宿泊費」は10,844円と大幅に低くなっています。ここでも、「Event(スポーツイベント)」モデルを不自然に避け、「Meeting」モデルを使って数字を水増ししているのではないかという疑惑が生まれます。
富裕層が多い!?
これは過大な計算モデルを適用しているのではないか? と共産党は議会で質問しました。それに対して、市側は次のように答えました。
世界水泳や世界マスターズ水泳大会のような長期にわたる大規模国際スポーツ大会におきましては、その運営費のほとんどが参加者ではなく、主催者により賄われること、また参加する選手や同行者は比較的富裕層が多く、高額な消費が期待されることから、一般的に通常のスポーツ大会に適用しますスポーツイベント単価ではなく、企業が主催する会議等に適用しますミーティング単価を使用したところであります。(2024年3月22日、市民局長)
いやいやいやいや。
問題にしている単価は「選手や同行者」ではなく、「一般の観客」なのです(全体の半分)。世界水泳にきた「一般の観客」は「比較的富裕層が多い」んですか? 国内外から世界水泳を見に来られたあなた。あなたは「富裕層」でしたか?
また、富裕層が多いにしても、なぜそれがさまざまにある区分のうち「企業が主催する会議等に適用しますミーティング単価」相当なのかは理由がわかりません。
実際、福岡市が参照した前述の観光庁「MICE開催による経済波及効果測定のための簡易測定モデル」のp.4には、「Event(スポーツイベント)」では「スポーツイベント(各種競技の大規模な国際大会)」がちゃんと想定されとりますよ、と書いてあります。
つまり、「いやぁこの観光庁のスポーツイベントモデルは、大規模な国際大会で海外からたくさんの富裕層が来ることは想定されていないので、しょうがなく他のモデルを使ったんですわ〜」という福岡市の言い訳は成り立たないのです。
もちろん、「土産・買物費」をはじめ「Meeting」モデルよりも「Event(スポーツイベント)」モデルの方が高い項目もいくつかあります。公平に全て「Event(スポーツイベント)」モデルで計算した場合、「2つの太い柱」{チャンピオンシップの「観客」(県内・県外・海外)の消費額と、マスターズの選手「同行者」(海外)の消費額}の合計は83億円になり、実に元の数字(130億円)から4割近くも激減して今います。つまり、消費額は数字の操作によって1.6倍に水増しされているのでは? という疑いが生じるんですね。
延べ数の観客に宿泊数掛けたらダメです!
この単価や宿泊モデルが不適切だという話とは別に、観客の数がおかしいという問題もあります。これは共産党の中山郁美市議の質問から紹介しましょう。
◯中山 最後に「観客数」ですが、どうやってはじき出したか、これ、担当に聞き取りしたところ、客席にいる人を目測で数えて、例えば1日目にスタンドに1万人いた。2日目に5000人いた。3日目に1万人いた。そうしたら3日間で2万5000人いたと。こういう延べ計算をしてます。しかしこれに1人あたりの宿泊日数や消費単価モデルを掛けるのは明らかに不適当です。Aさんが2日間試合を見にきたら、Aさんは実際には2泊しかしていないのですが、モデル宿泊数は1人あたり2.2泊とされているので、2.2泊×2人でAさんは4.4泊もしている計算になってしまいます。(これに消費単価がさらに掛けられるので)これ、実態とかけ離れて、ものすごい勢いで経済効果(の数字)が膨らみます。お尋ねしますが、観客数を目測し、延べでカウントする計算の仕方も、実態よりも数字を過大にするために用いた悪質な手法だと思いますが、答弁を求めます。
◯市民局長 観客数につきまして日々の実数をカウントして集計をいたしております。また、宿泊数につきましても、これは実数を把握するためにですね、大会選手登録情報、それからその数字から取れないものでですね、アンケート調査を行なった上で、その基数に基づいて算出しております。
いやいやいやいやいや。それは嘘です。というか、めちゃくちゃごまかしです。
アンケートをして宿泊数を出したのは、選手やスタッフたちの方だけです。消費額の半分を占める一般観客の方は、さっきも述べたように観光庁の統計モデルから引っ張ってきたモデルの数字であって、実際の宿泊日数ではありません。
◯市民局長 それから実数と延べ数ということでご指摘がございましたけれども、こういったイベントにおける来場者数をカウントする場合には、1日1日で消費効果がございますので、その実数ではなくて日々来場される観客数をカウントする、積み上げる延べ数で計算をするということになります。日々来場される方の数をカウントしてですね、その宿泊数を乗じることによって、その期間に行います消費活動による効果をですね、算出できるというものでございます。
フンフンなるほど。確かに延べ数に消費単価を掛けるのは正しいと言えます。
しかし、しかしであります。
そこに宿泊数を掛けてはダメでしょう。そこに大きな間違いがあるのです。
ここは反論になってませんよね。
いやあ、中山質問の経済効果部分の答弁を読み直してみて、全体として想像以上に市側の答弁がダメダメだったことがわかりました。全然別の話してるんですもん。この市民局長は、保健福祉局長だったときのことなど知っていますが、なかなか冷静な答弁をする人です。ところが今回まさにしどろもどろ。理由があったのですね。
そして、目測で観客数を計測した場合、一体どうやって外国人と日本人を分けたのだろうと疑問がわきます。実はこんな手法を取っていました。
◯中山 しかも当局からの聞き取りによれば、外国人観客と日本人観客の割合は、実際の数字ではなくて、前回世界水泳の会場であるハンガリーのブダベスト大会での比率をもとに推計されたということでした。陸続きの隣国から大勢やってくるヨーロッパでの大会のモデルを使えば、外国人観客の数が実際よりも多くはじき出され、外国人観客の方が宿泊数は日本人より何倍にもなりますから〔日本人は1〜2.2泊だが、外国人は11.2泊〕、経済効果の数字もあっという間に数倍に膨れます。
あらら…。
経済波及効果を計算する分析ツールもなんだか多めに出てないか?
産業連関表に基づく「分析ツール」(経済波及効果を計算するソフト)は今回のために市が発注先に特別に作らせています。
しかし、福岡市が公式サイトに載せている「観光・イベント消費」の「分析ツール」(「令和5年11月27日 全ての分析ツールで使用している消費係数を最新値に更新しました」と記載)がちゃんとあるのです。
https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/renkanhyo/sangyorenkanhyo.html
これに、福岡市がはじき出した433億円の経済波及効果の元になった数字(直接効果275億円)を前提にした数値を投入してみました。
分類が若干違うので、いくつかの場合を想定してみたのですが、378億〜397億円となり、いずれも400億円を超えることはありませんでした。
つまり、分析ツールの作り方で、ひょっとしたら1割程度水増しされている可能性があります。
◯中山 私ども共産党市議団では、観客数は市の数字をそのまま使い、1人あたりの宿泊数および1人あたりの消費単価を適切な国のモデルを使って計算し直し、さらに福岡市が公表している波及効果の分析ツールを使って再計算したところ、世界水泳の経済波及効果は直接効果、1次効果、2次効果全てあわせて315億円に過ぎないという結果を得ました。私が決算特別委員会で明らかにした観客数の実数に置き換えて計算し直せば、この金額はさらに大きく下がります。そこで、あの手この手を使って導き出した433億円という経済波及効果の試算は、全く根拠のないものだと思いますが、御所見を伺います。
540億円→433億円→315億円→…とどんどん下がっていきます。
福岡市のいう経済波及効果は、エンピツなめなめやれば、少なくとも数百億円の規模で膨らんだり縮んだりする数字だということです。