福岡市長選挙の結果についての私のコメント

 2018年11月18日投開票の福岡市長選挙の結果が出ました。

 私、かみや貴行は、9万4437票で得票率24.9%を獲得しましたが、及びませんでした。当選は高島宗一郎氏でした。

 以下、私が記者会見で行なったコメントの要旨です。*1

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広がりを当選には結びつけられなかったことはお詫びしたい

 選挙戦で私をご支援いただき、当選のためにがんばっていただいた皆さんに、まず深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 今回、私はまったく無名の新人として出馬しましたが、選挙戦の中で大きな広がりを感じました。

 支持母体の団体の皆さんが奮闘していただいたのをはじめ、無所属議員、他党の議員候補の方々が私への応援に駆けつけてくださいました。

 また、まったく見ず知らずの方が私のペンネーム名義の新書を読んでいて「この人に決めていた」と言ってくれました。

 国会議員レベルの人が「あなたに入れた」、保守系の議員が「頑張れ」と言ってくれたというケースもありました。

 演説を聞いていて立ち止まり最後まで聞いていてくれて、駆け寄ると「棄権しようと思っていたがあなたに決めた」と言われたりしました。

 私は候補者としては初めてでしたが、選挙自身は裏方でやってきました。そういう私の経験している中での話ですが、従来にない広がりを感じました。

 しかし、これだけ多くの期待や負託を当選という形で実らせることができませんでした。これは候補者として率直におわびしたい。

 

公開討論会に応じないことで作り出した「魔法の数字」

 高島さんの当選とその得票については、一言で言って、公開討論に応じないことで作り出した「魔法の数字」であり、結論に私は納得しません。「納得できない」というより「納得しない」と言いたい。

 私は伊達や酔狂で公開討論を要求したわけではありません。1対1の選挙で市民にわかりやすく論点を示すことで多くの市民の選挙への関心を高め、市政の問題を一方的な宣伝でなく双方のわかりやすい議論で明らかにするという、政治家としての責任として提起しました。

 しかし、高島さんは一貫してこれを避け、返事もしませんでした。「お魚くわえたドラ猫」をブログで上げ、市民の無関心を煽るのが選挙戦術のように見えました。「政策や主張をSNSに連投すると嫌がられる」という陣営幹部の発言は、その端的な表れでした。その結果、膨大な棄権票が生まれました。7割の市民が参加しない選挙というのは民意と言えるのでしょうか。

 私としては訴えるほどに変化を感じました。「高島市政に大きな失点はない」と本気で思っていた市民の方が多かったけど、それが私の訴えを聞くうちに足を止めて聞き入り、変わっていき、「あなたに入れる」と言ってくれたりする変化が生まれたわけです。特に(1)経済成長しているというが実際には市民は貧しくなっている(2)ロープウエー計画は無謀である(3)高齢者乗車券の切り捨ては許されず、ぜひ守って欲しい、(4)町内会に何でもかんでも押しつけないでほしいなどの4点には大きな反応がありました。

 私の訴える範囲は限られていたので、もしこれが公開討論という場ができて市民の関心が集まれば、大きな変化があったと思います。

 ただし、これは私の側からの意見で、高島さんには「私の訴えで支持が広がった」という言い分があるかもしれません。公開討論をしていたらどちらが得票をもっと伸ばしたのかは神学論争なので、一番いいのは実際に公開討論をしてみることだったと思います。ひょっとしたら高島さんはもっと伸ばしたかもしれないし、逆に私が伸びたかもしれません。

 しかし、結局そういう機会を奪われたままの選挙となったのであり、7割が棄権し、世論は不十分にしか反映しておりません。よって、私はこの結果には納得しないのです。

 もちろん、法律的にはルールに則った選挙だから、訴訟をするという意味ではありません。政治的・道義的に納得しないという意味です。

 高島さんに言いたいことは、このように7割が棄権し、民意を十分には反映しない結果である以上、市民が高島市政を信任したものでは決してなく、ロープウエー計画に見られる経済政策や高齢者乗車券の削減計画などの福祉政策など、今の市政のあり方そのものを根本から見直すようにして市政運営に当たるべきだということです。

 

 

*1:記者会見で話した中身とほぼ一致しますが、文字起こしでなく私のメモにもとづくものですのでその点はご了承ください。