共産党員が労組に入り党組織と団体交渉したことの画期的意義

 共産党を相談相手にしている民青(日本民主青年同盟)の専従(職員)を福岡県でしていた油鳥さん(仮名)は体調を壊して退職し、共産党福岡県委員会を相手に残業代を請求していましたが、労働組合に加入して団体交渉を行い、このほど解決金として約23万円が支払われました。おめでとうございます。

 

 「民青の専従なのにどうして共産党?」と思われるかもしれませんが、共産党県委員会が民青の専従の給与分を民青に「寄付」しており、社会保険も共産党県委員会に入っていて、事実上共産党で雇用され、民青に「出向」していた扱いでした。なので、共産党県委員会側も「自分たちは油鳥さんを雇用していない」とは言わず、団交の相手として認めたのです。

 

 この事件で画期的だと思うのは、次の2点です。

  1. 党員が労働組合に入って雇用されていた党組織と団体交渉しても問題ないとされたこと。
  2. 党職員は労働者であり、残業代が請求でき、支払われること。

党員が労働組合に加入して共産党と交渉し成果を勝ち取った画期的事件

 2.がもともとの要求ですが、1.が切り開かれ公然となったのは初めてではないでしょうか。共産党の104年の歴史の中で画期をなす出来事だと思います。

 油鳥さんは、職員は辞めましたが、現在も党員です。

 共産党の党員が労働組合を結成・加入し、共産党組織を相手に団体交渉などをすれば、「分派」だというレッテルを貼られ、処分される危険がありました。もちろん、労働条件に関わる問題や労働基本権は基本的人権の根本をなす問題ですから、それを理由に処分されるなどあってはならないことですが、今の党幹部はそういう乱暴な「理屈」を言い出しかねませんでした。

 しかし、“労働者階級の政党を自認する共産党が労組結成・加入を理由に労働者を首にした”となれば天下の笑い物になってしまいます。さすがにそれはやめたのでしょう。

 油鳥さんは北九州地域一般労働組合という全労連を上部団体にする労働組合に加入しました。そこに入って、福岡県委員会を相手にして団体交渉を行ったのです。

 労働組合の結成・加入と、使用者との団体交渉は、労働基本権の3つのうちの2つを構成しており(あとは争議権)、油鳥さんは、まさに労働者としての権利の最も原則的なカードを切ったわけです。

 このカードが使えたことは、全国に2000人いる共産党職員にとって朗報だと言えます。労働組合があることで、初めて労働者は使用者と対等にモノが言えるようになります。

 実際、団交の様子を話として聞かせていただきましたが、油鳥さん一人ではとうていこんな交渉にはならなかったでしょう。私自身に対する「調査」の席では、私は1人なのに、相手側は5人(あるいは11人)もいるのです。そして「調査者」の尊大なことと言ったら! いろんな人がこういう「1 対  数人」というハラスメント同然のやり方をされ、いくら正論を言っても密室で暴論で返されるという屈辱を味わってきました。

 しかし、油鳥さんの団交には数人の労働組合のメンバーが参加して、県委員会側は2人だけで防戦一方です。ああ、なんて労働組合ってすばらしいんだ!! と心底実感しました。

 

残業代を請求し、解決金を支払わせた

 共産党で雇用されていた職員であった人が残業代を請求し、その要求額が支払われたことはもちろん大事な成果でした。

 驚くべきことに、共産党福岡県委員会は油鳥さんを実質的に雇用していたのに勤怠管理をしていませんでした。それは労基署に福岡県委員会に是正指導されたことでもあります。

 そこで油鳥さんは、労働組合の指導をもとに、行動のメモをもとに詳細な記録を作り、県委員会側に提出したのです。油鳥さんが、深夜まで街頭・駅頭で仲間たちと民青同盟員の拡大(同盟に入りませんかと勧誘して加盟してもらうこと)に立ち、県内の遠くまで自動車で班会の支援に出かけたりした記録などです。これが連日です。正直、大昔には共産党の活動家でもこういうスタイルはよく見かけましたが、2020年代の今、福岡県委員会で働いている職員でここまで献身的にやっていた人は聞いたことがありませんでした。心身を壊すのも無理はないと思います。

 団交の際に党幹部が語った言葉がメモにされています。

団交の期日が遅くなったのは申し訳ありません。
残業代についての回答をさせていただきます。

油鳥さんからの催告書でいわゆる残業代そのもので言いますと22万9761円。それは未払い残業代及び労働基準法所定の時間外労働割増賃金の…となっております。油鳥さんがご自分のノートに記録されているものと認識しております。

県委員会としてはこの記録は残念ながら残せておりません。それについては福岡県の労基署にも、油鳥さんは共産党県委員会には実際には勤務しておらず民青同盟福岡県委員会に出向していたため勤怠管理ができておりませんでした。そのため未払い残業代を事実確認できる状況にはございませんでした。この間油鳥さんに話し合いを求めてきましたがお返事をいただけず団体交渉に至ったという経緯だと考えております。

社会保険の都合上油鳥さんは共産党の福岡県委員会の職員という立場に、扱い上はしています。しかしながら共産党県委員会に出勤・退勤という形にはなっておらず、県委員会の勤務上の活動には当たらないのではないかと思います。給与も実際には民青には寄付という形でお渡ししていました。ただ油鳥さんと最後県委員会でお会いした時に支えきれずに申し訳ないという趣旨のことを申し上げましたけども、退職という形になったものの4年間民青同盟の専従として青年運動を担って奮闘してきた労をねぎらい、請求額の22万9761円を本人が指定される口座、もしくはこの場でお渡ししたいというふうに考えております。

今後これ以上の請求をしないことをお約束できれば、お互いに覚書を用意させてもらっておりますので、その覚書で確認としたいと考えております。

 

そうは言っても社会保険上の扱いはしていたし、実際に深夜までの活動はあったでしょうから、それについて細かく争う材料もこちらも持ち合わせておりませんので、これはどうなんだあれはどうなんだと、いたずらに話を引き延ばすよりは。

 そして締結された覚書がこちらです。

 経緯を見ると、残業代として請求があったが、県委員会として勤怠管理をしていなかったので詳細はわからない、だけど「社会保険上の扱いはしていたし、実際に深夜までの活動はあったでしょうから、それについて細かく争う材料もこちらも持ち合わせておりませんので、これはどうなんだあれはどうなんだと、いたずらに話を引き延ばすよりは」「4年間民青同盟の専従として青年運動を担って奮闘してきた労をねぎらい」「解決金」として直ちに支払う、ということだろうと思います。

 「残業代を請求し、深夜までの活動があった事実などは認めた上で、解決金として支払われた」という印象を受けました。遅延損害金が払われていないことには注目する必要はあります。ただ、それでも「残業代を請求し、その額が支払われた」ということは画期的なことだと私は思います。

党員・党職員が現場からの声と粘り強い行動で、党組織・党幹部を動かした

 そして、実は一番このことが大事なのかもしれませんが、「党員・党職員が現場からの声と粘り強い行動で、党組織・党幹部を動かした」ということです。

 共産党を変えるのは、「パターナリズム(共産党の文献の言葉を使うと「上からの善政主義」)」ではなく、まさに党員の声と行動です。一人一人の声と行動で、共産党自身が生まれ変わりうるということです。何しろ創立以来104年間できなかったことを、福岡の青年たち(&その協力者)がこじ開けてしまったのですから。

 油鳥さんは、羽田野美優さん砂川絢音さんなど、人権侵害を告発したために共産党を除籍された福岡県の他の若い人たちと協力して、残業代請求を内容証明郵便で県委員会に送りました。党幹部はこれを黙殺しました。

 しかし油鳥さんたちはあきらめずに、労基署に告発。労基署が調査を行い、是正勧告を受け、新聞沙汰になりました。共産党党首にまで記者会見の場で追及が及ぶに至ります。そして、共産党として歴史上初の、就業規則の作成・提出、36協定の締結というところに事態が動きます。

 3人はこの結果をまとめて記者会見し、メディアでも大きく報道されました。

 これでも県委員会は油鳥さんの残業代を支払いませんでした。

 そこで、油鳥さんは労働組合に相談し、前例もあったことから、加入して団体交渉を行い、ようやく支払いを勝ち取ったことになります。

 油鳥さんは途中かなり悩んでいる様子でしたが、いろんな人たちの励ましやご本人の変化もあって、たたかいを継続しました。

 世の中には「政党からの独立」という労組の原則も忘れて党幹部におもねって、“共産党職員は労働者ではない”と公言した労組幹部もいたようですが、北九州地域一般労働組合のみなさんは油鳥さんが労働者であり、残業代請求が正当であることを認めて激励し、たたかいを組織してくれたようです。

 どんなに動かないと思われていた組織でも、粘り強く声と行動を積み重ねることで事態を動かしたのです。全く共産党や民青の中で「お手本」とすべきような姿勢ではないでしょうか。ザ・コミュニストです。

 そしてこれは共産党を破壊する行動ではなく、明らかに共産党をよい方向に変えるための行動です。「どうせ組織は変わらない」とあきらめるのではなく、粘り強く取り組んだ結果、重い石のようだった党幹部を追い詰め、104年の共産党に新しい1ページを開いたのです。これこそ共産党史に載せるべきではないでしょうか。

 私もまた、励まされました。