第6回期日(26年2月26日)で問われること

(この記事は私の不当な除籍・解雇事件の問題の一部についてです。全体像を簡単に知りたい方はこちらを先にお読みください。)

 

 私が原告である共産党不当解雇裁判の第6回期日が2026年2月26日の午前11時半から東京地裁(709号)で行われます。

 今回は、私たち原告のターンです。

 

私が共産党幹部から受けたハラスメントについて述べます

 裁判官から「いつ・誰から・どういうハラスメントを受けたと訴えているのか整理して示してもらえますか。訴状や準備書面のどこにあるということで結構ですから」と言われましたので、今回、表にして示しました。また、準備書面ではそのポイントになる点について示しています。

 私が受けたパワハラそのものはすでに第1回期日で述べていますので、今回はそれを繰り返さず、法廷での私の陳述では、今回の準備書面を踏まえて、私なりのポイントと考えることを訴えます。

 共産党幹部は、ハラスメントだと私が訴えることについては、すべて「規約上の調査だから問題ない」という立場です。そして大声を出したり、殴ったりしていないのでハラスメントではない、というのです。

 ある行為がハラスメントであるかどうかは、一般市民であっても党員であっても関心が高いところだと思います。ぜひ見極めてください。

 

共産党幹部が裁判所から聞かれたことに答えます

 もう一つ、今回の裁判では、被告(共産党幹部)らが裁判所に求められていたことに答えるというものがあります。

 第一は、「共産党員の党籍がなくなったら自動的に共産党職員から解雇される」という「黙示の合意」はいつの時点で存在したと主張するのですか? ということです。

 第二は、「不祥事以外の事情で、共産党を除籍されて職員を解雇されたケースは具体的に存在しますか?」というものです。

 これらについて被告らがどう答えるかが、今回の期日で明らかになります。

 

 共産党は党職員が労働者であることを認めています。

 だから、この裁判は、単に特殊な共産党という部分社会の話ではないのです。

 ここで労働者がどう扱われるかは、一般社会で労働者がどう扱われるかに影響します。

 だとすれば、党籍をなくすかどうかは完全に党組織の判断に委ねられ裁判所は口が出せないと言って、好き勝手に党籍を切っておいて、「とにかく党籍がなくなれば自動的に問答無用で解雇できるんだ」というやり方を認めたら、「ブラック企業」が新しい手口を覚えてしまうことにならないでしょうか。

 無法な解雇を規制するという旗を高く掲げ、党綱領にまで掲げている政党が、実は自分の組織の職員にはそんな扱いをしているのだということになれば、多くの国民が「左翼・リベラル」に失望するのではないでしょうか。「なんだ、国や企業にはきれいごとを声高に叫ぶけど、いざ自分たちのことになると、思いもつかない最悪のやり方でいじめるんだな」と。

 そんな「裏付け」になってしまわないよう、今からでも被告らは反省して悔い改めてほしいと強く思います。

 

 多くの方の参加をお待ちします。 

 

「ママ戦争止めてくるわ」で思ったこと

 雨宮処凛さんの次の文章を読んでいろいろ思うことがありました。

maga9.jp

 

「身内では通じる言葉」:志位氏の指摘と雨宮さんの指摘の共通点

 雨宮さんの主張のポイントは

そう、このような言葉が「わかる」のは、特殊な界隈で特殊な訓練を長期間受けている人に限られるのだ。そんな特殊界隈にいる一人として、最近、そのことに自覚的でいなければと強く強く、思っている。自分が「身内では通じる言葉」に慣れてしまっていないか、常に問い続けるようにしている。

という点にあるように思えます。「身内で通じる言葉」になってしまっているという点です。

 その後、日本共産党の志位和夫議長が、シンポジウムで次のように発言しているのを知り、興味を惹かれました。

志位氏は、「いかにして『戦争国家づくり』を許さない国民多数派をつくるか」と題して発言。総選挙の結果生まれている大軍拡と憲法9条改定を中心とする「戦争国家づくり」を止めるには、それに反対する国民多数派をつくる以外にないと強調。「そのためには、『大軍拡反対』『9条守れ』というスローガンを掲げるだけでは足りません国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力を国民的規模で行う必要があります」とし、重要だと考える点を四つの角度で語りました。

 雨宮さんが「ママ戦争止めてくるわ」というスローガンに意義を感じつつも、その限界を感じたこと、あるいはそこに抱く違和感と、志位氏が「大軍拡反対」「9条守れ」というスローガンの自動的な思考停止を批判していることは、共通しているように思いました。

 「特殊な界隈で特殊な訓練を長期間受けている人に限られる」(雨宮さん)ような自動的な了解を求める「スローガンを掲げるだけ」(志位氏)の運動は、一定の意義があるけども、やはり限界がある、ということです。

 すでに存在している「味方」を、署名やデモのように数として可視化して、社会に示すような運動の意義と限界です。

2026年2月20日付「しんぶん赤旗」より

 そうした運動に意味がない、というつもりはありません。「あなたの住む地域社会にはこういう声をあげている人がこれくらいの数でいるんですよ」ということを示すこと自体には現在でも意義があると思います。

 しかし、以前(10年前くらいのスパン)のように、すでにいる「味方の数を示すことで相手の意図を挫く」という運動としての意義はかなり減退し、そうでない世代や人たちにアプローチすることがもっと重要になっていると思うのです。

 これまで全くリーチしなかった人たちのところに足を運び、声を聞き、対話をするところから始める運動でなければならないんじゃないでしょうか。雨宮さんや志位氏の言っているのはそういうことなのだろうと思います。

 憲法第9条についての意識は、世論調査では、「改正しない方がよい」が「改正した方がよい」を少し上回るという結果が続いてきました。

 にもかかわらず、この二人が上記のような問題意識を持つように至ったというのは、だからと言って、今の「味方」を固めてその数を示すだけの運動ではまずいと思ったからでしょう。ひょっとしたら、この総選挙あたりを境にして、9条についての賛否は逆転している可能性も小さくないと思います。

 戦争体験世代がいなくなり、9条が「国家として戦争を起こさないこと」の誓約=制約であるという自動的な観念がすっかり希薄になってしまったのではないかという危機感です。もちろん、ゼロになってしまったわけではないし、そのことを知っている戦後世代であっても、そのことにプラスして思考し、「とはいえ、今のアジアの安保環境の中で、それだけでいいのかと思いますね」くらいは思うでしょう。他方で、自衛隊を認め、その活躍に期待する人が9割近くに達しているわけです。

 この点で、志位氏が

国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力を国民的規模で行う必要があります

としているのは大事な観点だと思いました。

 しかし、志位氏がその後に掲げた「四つの角度」は間違っていないけど、あまり問題の的を射ていない、ポイントがズレているのではないかという“残念感”を抱きました。「国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力」になっているだろうか? と思ったのです。

 志位氏があげた「四つの角度」は

  1. トランプ米政権言いなりの「戦争国家づくり」を進めていいのか(対米従属性批判)
  2. 抑止力の強化で平和をつくれるか(抑止力批判)
  3. 日中両国が積み上げた積極的合意を足掛かりになるのではないか(日中関係の解決方向)
  4. 憲法9条の誕生の経緯、戦後の役割、それを壊すことが何をもたらすかを明らかにしていく(9条論)

というものです。

 別にそれらを語ることはマイナスではないとは思いますが、基本的に「戦争か平和か」「軍事か非軍事か」「外交か武力か」で対抗軸を作ってしまっている印象を受けます。

 真剣に「国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力」をしようとするなら、「軍事」をどう扱うかについては対話する側が考えておかねばならないことです。

 

 共産党は自衛隊を一気に廃止せず、国民の合意ができるまでは気長に存続してもらい、有事には「活用する」という方針です。

 その点で、共産党の考えはちゃんと合理的な土台を持っています。

 しかし、そこだけにとどまっていていいのかという問題はあります。

 「国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力」をしようとするなら、では自衛隊をその間どういうふうな兵力レベルでどこに配置し、どういう戦略で存在してもらうのがいいのかを政策的に用意していなければいけないのではないでしょうか。

 しかもそれは対米従属下で米軍の戦争に巻き込まれ、参戦してしまう自衛隊とは違った「真の専守防衛の自衛隊」として構想され、国民の前に示される必要があるでしょう。

 

田村智子委員長が対話で変容した瞬間

 この点について、もう少し具体的に考えてみます。

 共産党が田村智子委員長を先頭に「ストリート対話」を始めたのはいいことだと思います。なんと総選挙後の党活動の取り組みの「第一」的課題の一つとしてこのストリート対話が提唱されました

www.youtube.com

 この第2回の動画の2分25秒あたりで、田村委員長は、「日本の国を攻撃してくるのを撃ち落とすっていうのはわかる」と防衛のためにミサイルで迎撃することは必要であるという主張をはっきりと行っています。

 相当具体的な中身です。その部分はハズミでまずいことを言った部分として削除もされていません。

 それを動画にして全党・全国民・全世界に発信し、しかも党の第一方針に掲げるようになっているのですから、単に言葉のあやではないのです。これはすごいことだと思います。

 これは、国民と対話する中で、共産党委員長である田村さん自身が、専守防衛の現時点での具体的な政策を語り、ある意味で自分自身を「変容」させた瞬間です。これまでの共産党の政策の境界線を超えて自分を変えたのです。

 『マルクス主義と言語哲学』などを著したバフチンは、ダイアローグ=対話主義を提唱しましたが、バフチンのいう対話は、自分自身が変容をこうむり、知らなかった自分が現れるようなそんな関係を「対話」としました。

 単に説得の手段として対話するだけでなく、実際に左派として「軍事」を考え、その役割を実際に認め、政策提言していくような発展を見せない以上、対話は成り立ちません。*1

 田村さんはこの2分25秒の瞬間、対話によって自身を変化・変容させたのだといえます。そうしなければ、この2人の男性との対話が成立しなかったからです。

 左翼の再生は対話から始まります。

 それは単に対話をしてニーズのリサーチをするというだけにとどまりません。対話によって自分自身がその対話の現場から変わるということが必要なのです。

 相手を性急に変える必要はないと思います。安全保障でどういうことを考えているかをじっくりと聞き出し、対話をし、それによって自分自身も変容する、そういう運動が求められています。

 「戦争国家づくりをやめさせよう」「憲法の改悪を許すな」という一方的な演説をしたり、「いつメンが大半の学習会」を“成功”させているだけでは、もう間尺に合わないということです。

 

線引きの整理

 さらに具体的に考えてみます。

 概念的にどこで線引きされるのか、という整理です(あくまで線引きの整理です)。

 憲法9条の問題をめぐる現在の運動の性格は「軍事か非軍事か」「戦争か平和か」「戦争か対話か」ではありません。極端なことを言えば、どれだけ軍拡をしても、あるいはどれだけ自衛隊が国防のために戦おうと、そのことはこの運動においては全く問題ないのです。この運動においては。むしろ積極的にそうした仕事を考え、讃え、激励し、共感しあうべきなのです。さらに極端なことを言えば、核武装さえそこでは共感しあう余地があります(日本政府は昔から、9条のもとでも核兵器保有は理論上は可能であるとしてきました)。この問題(9条改正か擁護か)での線引きはそこではないからです。

 また、中国が軍備を拡大し、核兵器を備え、台湾に武力行使をちらつかせていることは大いに憤激すべきなのです。そして、それをなんとかするべきなのです。ここでも大いに共感できるはずです。

 問題は、国土防衛の戦争は「いい戦争」だけれど、アメリカと中国が起こす戦争で、台湾の近くで自衛隊が戦争に参加し、報復で日本が焦土になる、それは「悪い戦争」であり避けなければならないい、ということです。この課題設定は「戦争か平和か」ではなく、「いい戦争はしていいけど、悪い戦争はダメだ」ということになります。

 問題の性格から言えば、9条の改憲は集団的自衛権をフルスペックでの解禁をするものであり、そのような惨劇に日本を巻き込む「悪い戦争」に道を開く危険があるということです。安保法制はその具体化です。だから改憲はすべきではないし、安保法制は廃止すべきなのです。個別自衛権の範囲で自衛隊が専守防衛に制限されている今の9条のもとでの安全保障がベストである、ということが概念的な整理の核心です

 しかし、その境界線は念頭におきつつも、運動においては、そして対話においては、その境界を時には融かして、相手とのやり取りの中で自分が変容をこうむることも含め留保しておくべきだと思います。自分の立場だけは死守して相手を説得してやろうという姿勢では対話になりません。

 日本共産党の綱領はもともと安保条約に象徴される対米従属を日本にとって喫緊の危険と考え、それに対して自衛隊の解消=非軍事(非武装)はなんら緊急の課題ではなく、解消の国民合意ができるまでとこしえに待ち、その間は活用もするという悠長さを見せ、明らかにその扱いを区別してきました。

 また、中国の台湾への武力侵攻方針や、その覇権主義を批判してきました。

 もともとなかなかいい出発点を持っていたのです。

 その出発点を活かして、対話をし、積極的に変容=発展していくべきなのです。

 そういう運動は自分が変わっていくものであり、参加していても楽しいと思います。

 

 冒頭の雨宮さんの文章に戻りますが、雨宮さんが感じてきた違和感は、戦後民主主義を経験してきた世代が自動的に結びつけてきた課題や言葉が効力を失いつつある中での違和感だと思います。

 「9条を守ろう」ということだけで一致が勝ち取れた、戦争体験を軸にした平和主義が急速に変化(衰退)しつつあります。「9条の会」のような運動や、安保法制反対のデモのような運動はそのままでは通用しなくなりつつあります。それらをリニューアルしなければならないのです。

 リアルにある危険を語ったり、認めたりするところから問題を始める、そういう新しい運動が必要ですから、軍事はなんらタブーではないのです。

(総選挙の結果生まれている大軍拡と憲法9条改定を中心とする「戦争国家づくり」を止めるには)『大軍拡反対』『9条守れ』というスローガンを掲げるだけでは足りません。国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力を国民的規模で行う必要があります

という志位氏の提起には大いに賛成できますが、「対話」というものをもっと踏み込んでとらえるべきではないでしょうか。

 本文はここまでです。

 あとは余談です。

 

余談1:課題設定=憲法改定反対? 憲法9条改定反対? 戦争国家づくりを許さない?

 課題設定のことを一言。

 「憲法改定阻止」なのか「憲法9条を守る」なのか「大軍拡反対」なのか「戦争国家づくりを許さない」なのか。

 今ならべた4つでも、課題ごとに、国民の意識状況と一致点は全然違います。

 例えば憲法改正の賛否を問われたら、改正賛成派の方が多くなります。ところが、9条だけに絞ってみると逆転します。

 志位氏は

大軍拡と憲法9条改定を中心とする「戦争国家づくり」を止める

としています。

 う〜ん…。なんとなくふわっとしてしまっていますね。あいまいで雑然としています。共産党の方針も総選挙後にいろいろ出ていますが、同じ状況です。

 

www.jcp.or.jp

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 ここがあいまいだと「国民の疑問や不安をしっかり受け止め、それに丁寧にこたえる、本腰を入れた、粘り強い、対話の努力を国民的規模で行う」こともできないんじゃないでしょうか。

 私は「憲法第9条を守る」という点で絞って考えてみたいと思います。

 「絞っちゃダメなんだ。憲法9条の改定も、他の条項の改定も、スパイ防止法も、大軍拡も『戦争国家づくり』と結びついているんだ」と言いたくなるのはわかります。

 しかし、それこそ「特殊な界隈で特殊な訓練を長期間受けている人に限られる」(雨宮さん)理解なんじゃないでしょうか。

 一つ一つの運動の違いをよく見極めて、最後に合流できたらいいなと思える「結論」がそれだとは思いますが。

 

余談2:私の立場

 誤解のないように、私の立場も述べておきます。

 私は、高市政権の改憲の動きに危機感を抱いている一人ですし、米中戦争に日本が巻き込まれるかもしれないという対米従属の安保体制の危険性を感じている一人でもあります。

 また、先の総選挙(2026年2月)では、「#ママ戦争止めてくるわ」には少しついていけなさを感じていましたが、それでも気持ちはわかる気がしましたし、「#戦争止めてくるわ」のハッシュタグをマンガ家や関連の人たちが次々使っていることに、共感を含め強い関心を持っていました。

*1:もちろんこのような想定自体がすでに自分の中にあらかじめ仕込んだ「変化」でしかなく、本当に対話をしていく中では、こうした想定さえ崩してしまう予想もしないような事態が生じるかもしれないのです。

不滅であるという確信を持てるのか

 2026年総選挙についての共産党常任幹部会の声明が出ました。

www.jcp.or.jp

 私として、総選挙総括、その中で「共産党がなぜ後退したか」をどう考えどうすべきかの基本点はもう明らかにしています。

kamiyatakayuki.hatenadiary.jp

 ここでは、共産党員のみなさんが、支部で議論する際に、幹部側のロジックがおかしいことをどうやってただしていくか、そのポイントを2点だけを記しておきます。

 

常幹声明は共産党後退の原因を高市旋風のせいにしている

 常任幹部会声明では「なぜ日本共産党が、重大な後退をきっしたか」と問いを立てています。

その総括については、党内外の方々の声によく耳を傾け、学びながら、あらゆる面で自己検討を深め、次の中央委員会総会で明らかにするようにします。

と述べていますが、党幹部なりに立てている仮説が後に続いています。

高市旋風」がつくられ、多くの政党が高市政権に迎合・屈服する状況がつくられたことは、高市政権と正面からたたかうわが党にとっては、大きな逆風として作用しました。それは高市強権政治に立ち向かうわが党のかけがえのない役割が、多くの有権者に伝わるならば、わが党の前進・躍進の契機にもしうるものでしたが、逆風を押し返すには党の力があまりにも足らなかったというのが、私たちの強い実感です。

 常幹声明には「高市旋風」を選挙情勢の基本点に据えています。

高市首相は、内閣支持率の高さだけを頼りに、「高市早苗でいいのかを国民が決める選挙」という一点で総選挙を押し切るという作戦をとり、急速に「高市旋風」が吹き荒れるという状況がつくられました。

疑問1:「つむじ風は吹いていない」と選挙対策本部は声明したはずでは?

 問題の第一は、選挙が公示された1月27日に共産党の総選挙対策本部の声明では「わが党の頑張りいかんで勝利をつかみ得るチャンスが間違いなく生まれています」と述べて、そのチャンスの条件を2つ挙げていました。その一つが「風」が吹いていないと評価したことです。

www.jcp.or.jp

 もう一つは、今度の選挙では、真の争点を覆い隠す“つむじ風”が吹いていないことです。

 一昨年の総選挙では国民民主党が「手取りを増やす」と打ち出し、昨年の参院選では参政党が外国人問題を唱え、それぞれ選挙の本当の争点を見えなくさせる「突風」となりました。しかし今度の総選挙では、今のところ真の争点を覆い隠す“つむじ風”は吹いていません党首討論会でも、物価高や消費税減税、トランプ政権の無法、外交・安保問題などが正面から争点として問われ、いわばわが党の土俵で論戦が展開されています。消費税減税をめぐっては、財源問題が焦点になり、党の先駆性が際立っています。政治論戦上は、わが党にとって本当にたたかいやすい選挙であり、有権者に党の主張を届けやすい選挙になっています。

 ちなみに、「つむじ風」は「小規模な回転する風の渦巻」のことで漢字表記をすると「旋風」です。

 参院選後の中央委員会総会決定では「突風」と表現していたものを、総選挙になって総選挙対策本部の声明でわざわざ「つむじ風」=「旋風」と表記し直して、それが起きていないことを否定していたのです。

 ところが、選挙が終わって惨敗した途端に、“高市旋風のせいで共産党が重大な後退をした”と言い始めました。

  1. 矛盾したことを言っている。
  2. 途中から吹き始めた。
  3. 選挙対策本部の声明は間違っていた。

のどれかしかないはずです。

 もしも「重大な後退」をさせるほどの情勢が存在していたのに、総選挙対策本部の声明でわざわざそれを否定したというのは、明らか、かつ重大な情勢判断のミスです。

 …と言いたいところですが、「重大な情勢判断のミス」などあろうはずがない、というのが私の実感です。なぜなら共産党議席が後退したのは、「高市旋風のせい」などではないからです。

 

疑問2:「高市旋風が吹くと共産党が後退する」?

 第二の問題は、では、仮に「高市旋風」が吹いていたとして、なぜ共産党が後退するのでしょうか。高市旋風を厳しく批判した共産党になぜ高市批判票は集まらなかったのか、という謎が存在します。

 高市政権の支持率は高く出る読売でも7割でした(1月25日付)。

 とすれば3割の批判票が存在したことになります。

 「多くの政党が高市政権に迎合・屈服」(常幹声明)したというのなら、批判票を集めるチャンスです。批判票のうちの一部だけでも共産党にくれば、共産党は少なくともこれほどの後退を喫することはなかったはずです。

 ましてや、中道が「補完勢力」となり自民党政治の「軍門に降った」はずなら、高市旋風は逆風ではなく、高市旋風が吹けば吹くほど、帆に風を受けた船のように、共産党に批判票が集まることになるはずです。

 常幹声明では、「逆風を押し返すには党の力があまりにも足らなかった」と言っていますが、高市旋風は「逆風」ではなかったはずであり、共産党の総選挙対策本部の認識においても「チャンス」だったはずではないでしょうか。

 「いや、高市に逆らうものは全て吹き飛ばされたのだ」とでもいうのでしょうか。

 なるほど党幹部が自民党の補完勢力や排外主義勢力と認定した国民民主党(+1)・参政党(+13)・維新(+2)は議席を増やし、自民党政治を「追認」と批判したチームみらいも議席を増やし(+11)ました。しかし他方で、新たに「補完勢力」「軍門に降った」という認定をした中道は大敗し(-123)、やはり排外主義勢力と認定されている保守党は消滅しました(-2)。高市旋風の影響が他の党にどのように影響を与えるかが、全くチグハグなことがわかります。すなわち個別の党の事情によって、全く問題が異なることを浮き彫りにしています。

 このように「高市旋風が吹くと共産党が後退する」というロジカルな説明が常幹声明にはどこにもないのです。「風が吹くと桶屋が儲かる」レベルの「ロジック」だと言われても仕方がないでしょう。

常幹声明を一刻も早く乗り越えよう

 以上の2つの指摘を見ても分かるとおり、私は、この2つの疑問を埋めるロジックをまじめに常幹に求めているわけではありません。声明の細かい矛盾を突いているのではないのです。

 一言で言えば、こんな穴だらけの声明などで満足するわけにはいかないということです。多くの党員に言いたいことは、こんな声明は乗り越えて、ちゃんとしたデータに基づいた議論を始めてほしいということなのです。

 幸い、声明自身が

その総括については、党内外の方々の声によく耳を傾け、学びながらあらゆる面で自己検討を深め、次の中央委員会総会で明らかにするようにします。

と述べているのですから、このような杜撰な声明など、どれほど厳しく批判して乗り越えていこうとも、問題ないはずです。かような「総括」に付いていってもその先には何もありません。断崖があるだけです。

 間違った戦争に最も厳しく反対した日本共産党が結果的に最も強い愛国者であったように、今の党幹部の間違いを最も厳しく指摘することこそが、最も強い愛党精神だと言えるでしょう。

 

すり替えに気をつけよう

 総括議論をする際に「すり替え」に気をつけましょう。

 前の記事でも言いましたが、「高市政権の反動的な政治に反対するたたかいに、前を向いて立ち上がる」ことと、「共産党の後退の原因を分析する」ことは、全く別の問題です。

 支部会議では、往々にして「共産党の後退の原因を分析する」議論だけをしていると「後ろ向きの議論」とみなし、「高市政権の反動的な政治に反対する声がどんどん起きているぞ! 共産党に期待する声も出ている! 後ろ向き・内向きの議論などしている場合ではない! 前を向いて立ち上がろう!」と一部の人がアジって、「共産党の後退の原因を分析する」議論そのものを否定することがあります。

 しかし、それは重大なすり替えです。両者は別の問題です。

 

 また、上記の通り、なぜ高市旋風が吹いた(あるいは吹かなかった)のかという問題と、共産党がなぜ壊滅的な後退をしたか・連続後退をしているのか、という問題も別の問題です。それはすでに書いた通りです。高市旋風が吹いたからだ、と言われたら「それならなぜ最も厳しい批判者である共産党が大きくならないのか?」と問いかけてください。

 

 さらに、常幹声明は「強く大きな党をつくる」ことが「総選挙の最大の教訓」としていますが、それが「最大の教訓」であるかどうかは何も自明ではありません。

 党員が増えた地区・支部、読者が増えた地区・支部と減った地区・支部の、それぞれの得票の増減を、一部ではなく全て相関グラフにして、示させるべきです。データを見ていませんが、断言できます。おそらく何の相関も示されないでしょう。示されるというのなら、ぜひ示してほしいものです。

 今の党幹部のやり方で「強く大きな党」は長期にわたって作れませんでした。なのに、次の統一地方選挙(2027年)までに作れるのでしょうか。その道筋は何も示されていないのです。そこで後退するなら、また同じ総括を繰り返すだけです。「なぜ繰り返すのか」「繰り返さないにはどうしたらいいか」は何も示されていません。何回も何回もそれを繰り返して議席がなくなり、党組織も消滅し、「結局できませんでしたね」と終わった頃には、それを叫び続けていた党幹部はおそらく地上からいなくなっていることでしょう。党幹部はその路線の果てにある絶望に、責任をとってくれないのです。

余談:「不滅」という言葉について

 最後に余談です。

 常任幹部会声明の終わりは

社会発展の法則を明らかにした科学的社会主義への世界観的確信、党綱領路線への科学的確信をもち、どんな困難があっても私たちの事業は不滅であるという確信をもって、前途を開こうではありませんか。

で結ばれています。「こんなことを繰り返していたら共産党が消えてなくなるではないか…」という不安に必死で応えようとしたのでしょう。

 常任幹部会自身、いや、おそらく起草者自身が不安なのです

 しかし、「不滅」だ、「確信」を持て、と何億回言おうとも、目の前で具体的な現実として議席と組織が次々消滅しているのを見せられ、ほとんどガラクタのような声明の紙切れしか示されないなら、「不滅」だと信じる方がどうかしてます。

 それで「不滅」だと信じるなら、もうそれは“石ころに不思議な魔力が宿っているのを信じろ”というのと、そんなに違いはありません。

 かつてソ連・東欧の「社会主義」を掲げた政権が次々崩壊していった時に、日本共産党の指導者だった宮本顕治は、『科学的社会主義の不滅の党として』という大胆なタイトルの著作を出しました。

 今の党幹部たちはその顰みに倣ったのでしょう。

 今の綱領にも「不滅」という言葉がありますが、それは侵略戦争と絶対主義的な天皇制に反対した戦前の日本共産党の活動の意義が「不滅」だと言っているだけです。すでに終了した歴史的事実の評価に関わるもので、これからの未来に向かっての事業の先行きについて使った言葉ではありません。

 当時宮本顕治がこの表現をしたのは、ソ連・東欧で「社会主義」という偽りの看板を掲げた党が崩壊しているけど、それがいくら崩壊してもそんなもので社会主義の未来は測れない、そもそも社会主義は資本主義の矛盾を乗り越えようとする思想や運動であって、資本主義の矛盾がある限りはそれを乗り越えようとする事業自体は無くならないから、「不滅」であるとしました。事業の根拠を見誤らないようにさせたのです。

 つまり「資本主義の矛盾がある限り科学的社会主義の事業は不滅である」というのがその本当の意味です(「資本主義の矛盾がある限り」「不滅だ」というのは、ある条件を設けその範囲では「不滅」だと述べているわけで、実に奇妙な構文です。まあ、それはおいておきましょう)。

 その意味では私も同意します。

 しかし、一つの組織体が不滅かどうかは、別の話です。

 あらゆる事物が、変化と発展のうちにあるとした弁証法は、科学的社会主義の哲学の基本であり、「不滅」という概念の対極にあります。全ての事物は不滅であることはできず、生成し発展し没落していきます。

 科学的社会主義の哲学の入門書である『フォイエルバッハ論』の中で、エンゲルスマルクス主義哲学の下敷きとなったヘーゲル哲学の革命的な命題を紹介しました。

現実的なものはすべて合理的なものであり、合理的なものはすべて現実的である。

 これは現実に存在する制度や国家を合理化する命題として非難されましたが、エンゲルスはそうではない、この命題は実は支配階級にとっては恐ろしいものなのだ、と解説をつけます。

以前には現実的であったものもすべて、発展のすすみゆくなかで、非現実的になり、その必然性をうしない、その存在の権利をうしない、その合理性をうしなうのであって、死んでゆく現実的なもののかわりに、新しい生活力のある現実性があらわれてくる。

 共産党自身が、新しい現実に対応した合理的なものに変わらなければ、「その存在の権利をうしない、その合理性をうしな」い、「新しい生活力のある現実性」にとってかわられるということです。

 そのことは共産党であっても免れられないのです。

 「共産党」の看板をつけていながら、そうやって消えていった党は山ほどあります。

 そして、消えた共産党とは無関係に、資本主義の矛盾の前に、新しい別の組織や運動が立ち上がっていくかもしれないのです。*1

この哲学のまえには、究極的なもの、絶対的なもの、神聖なものは、なにも存在しない。この哲学は、ありとあらゆるものについてそれがすぎ去りゆくものであることを示す。

 あらゆる事物の不滅性を否定するのがマルクス主義哲学です。

 党幹部にとって、なんという恐ろしい哲学ではないでしょうか!

*1:「太陽がある限り太陽光からエネルギーを取り出す事業は不滅だ」というテーゼは、なるほど半永久的な真理かもしれません。他方、そのエネルギーを取り出す技術装置は1950年代に実用化されました。当時は画期的なことでしたが、変換効率は6%でした。今の世代の装置は20%を超えています。開発当時はいくら「画期的」だった初期の装置も、やがて非効率となり、誰にも使われなくなります。太陽光の不滅性をいくら指摘しても、非効率な技術装置は不滅ではないのです。

2026年衆院選での共産党の壊滅的な敗北を受けて

 2026年の衆議院選挙が終わりました。

 共産党で選挙をたたかったみなさん、本当にお疲れ様でした。政治的なだけでなく、天候的にも非常に厳しい中での選挙戦だったと思います。まずはゆっくりお休みください。

 選挙結果は相当に厳しいものでした。

 自民党の歴史的な大勝、中道という野党第一党の大敗という日本の選挙情勢全体のこともあるんですが、私は共産党が半減という惨敗を喫し、れいわ・社民などの左派全体が壊滅的な敗北を喫したことをどう考えるかを書いておきます。

 

 この選挙戦では、確かに高市旋風という「爆風」が吹いたとか、中道があまりにダメだったとか、そういう「総括」がされそうな気もします。それらが事実だったとしても、ではなぜそれらを批判した共産党をはじめとする左派には票はこず、維新・国民・みらいが伸びたのか、という問題が残ります。

 共産党と左派が国民から厳しい審判を受けたのだ、というところから総括を始める必要があるのではないでしょうか。少なくとも連続的に劇的な後退を喫している共産党については、いつまでも天気予報のように「突風」とか「旋風」*1とか「逆風」とか「爆風」とかのせいにするのはもうやめて、事実に向き合うときです。

今度の総選挙では、今のところ真の争点を覆い隠す“つむじ風”は吹いていません。…わが党にとって本当にたたかいやすい選挙であり、有権者に党の主張を届けやすい選挙になっています(1月27日の党総選挙対策本部声明)

共産党衆院比例ブロック別の前回と今回の得票比較



 2025年の参院選後に私は全党的な討論をする臨時党大会を呼びかけましたが、党幹部はそうした根本的な見直しをする気配は全くないまま突き進み、高市首相の国会解散の動きを受けて動揺して、大会で決めた総選挙目標だけを、常任幹部会だけの判断で3割も下げるなど、大破綻をきたしました。この過ちを繰り返すべきではありません。

 

 「さあ前を向いて行こう、たたかいはこれからだ」という呼びかけがされるかもしれません。それ自体はそうだとは思いますが、肝心の前を向いて走っていく組織装置が壊れている可能性が高いのです。「車が壊れてますよ」という指摘に耳を貸さないで、荒野を走り抜けようというのは無謀というものです。

これ、動くんですか?

 私は引き続き臨時党大会を開いて全党の討論をすべきだと思っていますが、加えて、かなり厳しいものも含めて、広範な有識者からの意見をもらい、全党からの意見とあわせて公開すべきだと思います。*2

 トロツキー共産党を、革命を推進する装置(機関)であると比喩したことがありますが、その装置が壊れている可能性が大きい今、共産党員の多くが「赤旗」で読みたいことは、高市政権とたたかう意味ではなく(もちろんそれは読みたいだろうが、大半の党員はそんなことはわかっている)、どうしたらこの装置が直るのか、ということではないでしょうか。どうしてこの装置は、民意を汲み上げて議席を膨らませる機能が働かないのだろう? と。それには、厳しい意見を含め、いろんな人の考えを今こそ聞きたいはずです。

 左翼の概念の洗い直し、路線・政策の見直し、組織・活動の見直しなど、どんな問題にもタブーを設けないことです。それもかなり時間をかけてやる必要があるでしょう。私なりに思うことはありますが、そういう一人の知恵でどうにかなるものではありません。*3

 この問題に向き合うことは、単に内向きな話なのではなく、階級闘争の焦点です。壊れた装置を直さないで前には進めないのですから。

 

 こうした抜本的な反省の措置に進むには、最初に述べたように、共産党が国民から審判を受けた、という認識を得ないことにはどうしようもありません。そこをまず起点にするよう望みます。

*1:ちなみに「つむじ風」は「旋風」と書きます。

*2:規約上の特別の措置ですから、大会や中央委員会の決定によってそれを行うべきでしょう。

*3:仮に「共産党が正しいことを言っているが国民がそれを理解していない」という結論になったとしても、ではそれを理解してもらうための方法はそれでよかったのかといえば、これまでのやり方を根本的に見直さないと難しいということが明らかになったのではないかと思います。

共産党は3つのことを改善せよ

 総選挙で日本共産党には頑張ってほしいと書きました。

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 前から書いているように、(1)草の根のネットワークを持ち、困った人の相談に乗る、(2)不正の暴露など行政の厳しいチェック、(3)社会主義や非同盟などオルタナティブを提示する力は、一朝一夕では作れない厚みのある資産であり、今の日本に必要なものだからです。

 

 他方で、こうした共産党の役割をそこない、組織を私物化している今の党幹部たちの悪弊を改めることを、この選挙戦でも求めます。そこを改めない以上、党は蝕まれ、前進は難しいと考えるからです。

 

異論排除の非民主的体質をやめよ

 一つ目は、ハラスメントやルール違反などのさまざまな方法で、異論を排除する非民主的な体質です。

  

 松竹伸幸さんの追放をめぐる裁判で、この体質は明るみに出つつあります。しかもその後も逆らう人たちが陸続と追放されたり、まつろわない議員・候補・職員に対して聞くもおぞましい圧力がかけられ続けています。

 当たり前ですが、こんなことをしていれば、民主的な議論ができなくなり、組織はダメになっていきます。また、いくら「赤本」「青本」で「共産主義への偏見を克服」しようとしても、現実の党幹部の行動によって異論を排除する体質を露呈させてしまうなら「なんだ結局ソ連や中国と同じか」と、その情報に触れた人が思ってしまうことでしょう。

 「こっそりやっているから、影響はない」と思って無視するなら、そうすればいいとは思いますが、そう思っているのは党幹部だけでしょう。世の中にはわかってしまうもの。世論から厳しい審判を受けるだけです。

 

党職員を労働者であるときちんと宣言して制度を整備せよ

 二つ目は、党職員(専従)を労働者扱いしない反労働者的な体質です。

 

 共産党幹部は記者会見や党内の教育で、党職員はあたかも労働者ではないかのように必死で取り繕っているのですが、すでに私の裁判では言い逃れができなくなり、党職員が労働法上の「労働者」であることを認めました。だから、各地で声をあげた人たちによって残業代などが「こっそり」と支払われています。

 今、労働者を労働者として扱わない働かせ方が社会問題になっています。

 そんな時に、「労働者階級の党」であることを看板にしているはずの共産党が、自分の党の職員を「労働者」として扱わないのですから、天下の笑い物です。かように恥ずかしい姿をさらしているのは、あげて党幹部の責任でしょう。

 共産党が今回の総選挙で掲げた政策には労働者むけの政策がたくさんあります。その政策は共産党職員には何ら適用されないのかと思ってしまいます。

 以下、ご覧ください。

https://www.jcp.or.jp/web_policy/16513.html

  • 時間外・休日労働の上限を規制し、1日2時間を超える残業割増率を50%に引き上げます。連続出勤・休日出勤規制を強化し、サービス残業」を根絶します。
  • 不当な雇い止め、解雇をなくし、非正規ワーカーの雇用の安定をはかります。
  • 実労働時間を正確に把握・記録しサービス残業」が発覚したら残業代を2倍にします
  • 名ばかり管理職」を規制します
  • フリーランス・ギグワーカーなどのプラットフォーム労働者の生活と権利を守り、「多様な就業形態の普及」の名目で無権利の働き方を拡大することに反対します
  • 若者使い捨て」企業をなくします

 

 共産党が掲げた立派な労働者むけの政策を、党幹部自身が嘲笑し、踏みつけているのです。

 党職員を労働者であるときちんと宣言し、党内にふさわしい制度を整備すべきです。

 

人権侵害は外部に訴えることを認めよ

 三つ目は、ハラスメントや不当解雇などの人権侵害を「外」に訴えることを押さえつける隠蔽体質です。

 

 党幹部は「党内問題は内部で解決する」という規約を悪用し、ハラスメントや解雇などの人権侵害の声を上げた人までを次々追放しています。自分たちの都合の悪いことを隠そうとするからです。

https://www.jcp.or.jp/web_policy/16376.html

ハラスメントへの対応について、法律で事業主に対して、相談窓口を設置する、事後に適切な対応をとるなどの防止措置義務が課されています。しかし実際は、多くの場合、被害者があきらめたり、希望する解決が図られずに泣き寝入りせざるをえない実態があります。

 これは党幹部自身が作り上げている、共産党の中での恐るべき現実です。

 少なくともハラスメントや不当解雇などの人権侵害を外部に訴えることを認めるようにすべきです。共産党幹部は、党内でどんな人権侵害が起きたとしても、あくまで不祥事を外に漏らさないために口を封じるつもりでしょうか。

 

 この3つを求めます。

 「えらそうなことを言うけど、オマエらの組織はめちゃくちゃじゃん」という視線——左派やリベラルに注がれる視線は厳しいものがあります。

 それとも「そんなのはこっそりやれば大丈夫。影響なんかない」とここでも言い張るつもりでしょうか。なぜいくら「正しい」ことを言っても前進しないのか、もっと根本も含めて反省すべきではないでしょうか。

 この3つを改善せずに、共産党の前進は望めないでしょう。

 総選挙中にこの3つの改善をすることを私は求めておきます。

 

 「共産党の足を引っ張るな!」と思う共産党贔屓の人がいるかもしれません。その通りです。でも足を引っ張っているのは私ではなく、党幹部なのです。その言葉はまず党幹部に向けましょう。病根がなくなれば問題は解決するのですから。

 あるいは「選挙中は黙れ!」とおっしゃるかもしれません。私は黙りません。選挙は有権者の声を聞く絶好のチャンスです。票を得るために緊張感を持って反対の声を聞くでしょう。今がまさに声をあげるその時なのです。

 

「突風は吹いていない」

 共産党の総選挙対策本部は、1月27日に声明を出し、

 もう一つは、今度の選挙では、真の争点を覆い隠す“つむじ風”が吹いていないことです。

 一昨年の総選挙では国民民主党が「手取りを増やす」と打ち出し、昨年の参院選では参政党が外国人問題を唱え、それぞれ選挙の本当の争点を見えなくさせる「突風」となりました。しかし今度の総選挙では、今のところ真の争点を覆い隠す“つむじ風”は吹いていません。党首討論会でも、物価高や消費税減税、トランプ政権の無法、外交・安保問題などが正面から争点として問われ、いわばわが党の土俵で論戦が展開されています。消費税減税をめぐっては、財源問題が焦点になり、党の先駆性が際立っています。政治論戦上は、わが党にとって本当にたたかいやすい選挙であり、有権者に党の主張を届けやすい選挙になっています。

と断じました。今度の総選挙では「突風」「つむじ風」は吹いていない、と明確に述べています。*1

 だとすれば、問題はクリアなはずです。

 正面からの勝負になっていて、勝つか負けるかしかありません。

 共産党が伸びれば共産党の戦略・戦術が成功したということであり、共産党が後退すればそれが失敗したということになる、と考えるのが自然な論理でしょう。

 結果を注目して待ちたいと思います。*2

*1:「2025年の参院選は突風で後退した」という規定自体には私は同意しませんが。

*2:「つむじ風は吹いていなかったが、突然の解散とか突然の中道の結成など、やっぱり『突風』は吹いていた」という「言い訳」がされないことを祈るばかりです。

総選挙で共産党には踏ん張ってほしい:7中総を読む

 総選挙に向けた日本共産党の(第29回党大会期)第7回中央委員会総会(7中総)が開かれました。全会一致だそうです。

www.jcp.or.jp



私の立ち位置

 記事に入る前に、私の立ち位置を改めて書いておきます。

 私は、共産党幹部から不当に除籍・解雇をされ、その撤回及びその過程で受けた激しいパワハラの償いを求めて裁判を闘っています

 同時に、日本共産党には、まだまだ組織を改革した上で日本の政治でがんばってほしいと思っているし、思っているからこそ党に戻ろうとしているのです。

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 ですから、今度の2026年2月の総選挙でも、日本共産党にはさまざまな問題がありつつつも、議席を増やして日本の政治の中で役割を果たしてほしいと願っています。

 応援いたします。

 具体的には、例えば、急な選挙で、特定の党勤務員が夜遅くまでかかって準備していると仄聞している「候補者のビラ・ポスター・公報・動画などの宣伝物」「演説スポットや流しスポット参考例」の作成には協力できますので、どこの中央・地方組織でもお声かけください。(私が起案しても、決裁・決定するのは党機関ですからなんの問題もないはずです。)



左翼の軸として共産党には頑張ってほしい

 この記事では7中総の読み方について書いてみます。

 「7中総を簡単に言えば」は、中央の書記局コミュニケ「第7回中央委員会総会について」に書いてあります。

 これは

  • 「中道改革連合」(中道)の誕生は、「立憲民主党公明党への吸収」が本質。
  • つまり衆院において立憲が消え公明が肥大化したようなもの。
  • 立憲民主党というリベラル・左派の大票田が巨大な空白になった。
  • 野党共闘に頑張ってきた「ブレない共産党」は、なくなってしまった旧立憲民主のリベラル・左派のリーダーポジションを受け継ぐので、その票をください。
  • だけど、「中道批判」をするんじゃなくて、基本は高市自民・維新政権との対決こそ論戦の基本なのでそこを間違えないように。

ということになります。

 共産党の宮本徹・元衆院議員がネクタイを立憲カラーに変えたのをアピールされているのはそういう考えの現れでしょう。

 

 なので、共産党の「総選挙政策アピール」を読んだのですが、従来の野党共闘が困難になったので、いよいよラジカルな路線を出してくるのか!? と思ったのですが、拍子抜けするくらい“通常運転”でした。

 例えば、これだけ台湾有事で米軍の戦争に巻き込まれる危険が高まり、トランプ政権による露骨な帝国主義的な行動があらわになる中で、今こそ「日米軍事同盟=日米安保条約を廃棄」する旗が高々と掲げられるのかと思いきや、「総選挙政策アピール」のどこにも書かれていないのです。その後にある、やや細かな項目が並ぶ「重点政策」の見出しにもなく、「重点政策」にさえないのだろうかと初めは思ったのですが、よく読むと、その本文の隅に、ひっそりとあるのをようやく発見できました。

 つまり「アピール」として前面に押し出しているのは、「これまでの立憲民主支持層も近寄って来れそうな範囲」のものに限定してあるのです。

 

 私は、この考え方にはさまざまな問題があると思っています(後述)。しかし、政治が右派と中道だけになることは、日本の政治にとって大きなマイナスであり、少なくとも左派が一定の陣地を示しておかねばなりません。そして左派として結集する軸が必要になります。

 これまで何となくそれを「左派・リベラル」として立憲民主(またはその左派的な一部の議員)が担ってきたふしがありましたが、それが「中道」を掲げるようになり、さらに「れいわ新選組」は「左派・リベラル」の結集軸になる気があまりなさそうなので、ここはやはり日本共産党にがんばってもらわねばならないと思います。

 目標としては共産党議席が8から5になってしまう*1のを防ぎ、せめて6〜7議席になる程度に減少幅をとどめること。8維持できれば大健闘。議席増なら大勝利…という感じでしょうか。

 今後の左翼結集の軸が痩せ細りすぎては困るのです。

 ただし、「左派・リベラルのリーダーポジションが空いた」という認識が正しいのかどうかは私もわかりません。これまで「自民党ではない大きなオルタナティブ」というタイプの人たちだけでなく、「左派・リベラル」ということで立憲民主党を支持していたタイプの人たちも一緒に、ほぼ丸ごと中道について行ってしまって、ほとんど何も残っていないという可能性も低くないからです。

 その場合は、「今のような左派であれば、そういう左派の塊は要らない」という審判を有権者から厳しく突きつけられたのだと受け止める必要があります。そして、左派・リベラル的な意見は中道で代弁されていると有権者の多くが判断したという事実を冷厳に受け止めるべきでしょう。

 

 繰り返しますが、7中総の提起した方向に問題があることは承知の上で、とにかく日本共産党議席が大きく減らない、できれば維持、増加させるということでぜひがんばってほしいと思っています。(本文ここまで)

おまけ1:「自民党政治を変える」という綱領的な意味

 7中総では立憲民主党について

立憲民主党が、公明党に引きずられて自民党政治軍門に下った

立憲民主党公明党に吸収され、政治的にも組織的にも解体され、自民党政治にのみ込まれた

と激しい言葉で批判しています。

 そして、共産党とそのたたかいの方向性を

自民党政治を変える党」を正面から打ち出してたたかう

と打ち出しています。

 「自民党政治を変える」とはどういうことでしょうか。

 そもそも自民党政治の根本は、大企業優先政治と対米従属だというのが綱領の規定です。

 対米従属の根幹には日米軍事同盟=日米安保条約があり、その廃棄こそ「自民党政治を変える」ことの不可欠のポイントだというのが今の共産党綱領の規定です。

 だからこそ「自民党政治を変える」ためには安保条約を廃棄する民主連合政府以外には考えられず、その中間段階を提起したという理由で松竹伸幸氏は除名をされたほどでした。

 しかし、公明党はもちろんですが、立憲民主党はもともとこのような立場を持っていません。立憲民主党の2025年の政策

日米安保条約に基づく日米安保体制は、わが国自身の防衛体制とあいまってわが国の安全保障の基軸です。日米同盟のゆるぎない信頼性がわが国の安全保障にとって大前提であり、抑止力を高めることにつながることから、わが国自身の防衛体制を強化するとともに、健全な日米同盟の一層の深化を進めていきます。

なのであって、共産党から見て「自民党政治を変える」政党ではなかったことは明らかです。確かに立憲民主党が安保法制の一部を違憲としてその廃止をめざしていたことは進歩的な立場であったことは間違いありませんが、今まで「自民党政治を変える」立場で、安保法制の政策変更によって「自民党政治を変える」を捨てたと評価するのは、共産党綱領の路線から逸脱したものだと言わざるを得ません。*2

 しかも前述の通り、日本共産党の総選挙政策アピールに「安保条約廃棄」は一言もなく、「重点政策」の本文にわずかにあるだけで、とても「自民党政治を変える」ことを「正面から打ち出す」とは言えないものです。せいぜい「すみっこでちょろ出しする」程度ですね。

 立憲民主党との共闘は、もともと「自民党政治を変える」共闘ではありませんでした。*3綱領の言葉で言えば、「民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線」、あるいは「国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり」での「さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線」です。

 「現在の反動支配(ここでは自民党政治)を打破してゆくのに役立つ」共闘が野党共闘でした。

 立憲民主党という「自民党政治を変える立場を持っていない政党」と、「自民党政治を打破してゆくのに役立つ(その第一歩となる)共闘」をしていたというのが、これまでの立憲との野党共闘でした。

 「現在の反動支配を打破してゆくのに役立つ」といった場合、共闘相手がどんな思惑を持っているかは関係ありません。キラキラした純粋な瞳でやっているのか、ドロドロした二心をもった腹黒い気持ちでやっているのか、そこは関係ないのです。客観的に役に立つかどうかですから。(実際、立憲民主が日米安保廃棄に進むなどということは立憲自身、約束もしていなかったし、そぶりさえなく、何の保証もないことでした。)

 だからこそ、共産党は過去に民主連合政府構想以外にも、「選挙管理内閣」「暫定連合政府」「非核の政府」「国民連合政府」などの構想を打ち出せたのです。

 「現在の反動支配を打破してゆくのに役立つ」共闘は、自由自在に組めるように、共産党綱領は柔軟に作られています。

 例えば消費税の減税などで一致点を探り、小選挙区では中道を応援をしないまでも、自民・維新か中道かの有力候補が絞られた場合に、柔軟な対応をすることはあり得たのではないでしょうか。

 しかし、共産党幹部は、綱領の実現=「自民党政治を変える」ことに本当の意味でこだわるのではなく、「安保法制の廃止」という一つの政策にこだわりすぎてその柔軟性を失わせてしまいました。

 

 特に、立憲民主を「自民党政治の軍門に下った」として、中道を

高市政権と対抗する立場はなく、補完勢力であることを自ら公言しています。

と規定したことは、維新や国民民主と同じ規定をしたことになります。

 中道が「反動ブロック」を形成する側に行ってしまったという意味でしょうか。

 立憲が左派・リベラルポジションからいなくなったことを強調したいがあまり、表現や規定が過剰になっていると思います。

 「反動ブロック」と言えば、今回の7中総には「反動ブロック」やその形成に反対する共同という規定が消え、代わりに「憲法を真ん中にすえた共同」というものに置き換わってしまっています。

 志位和夫氏は盛んに「21世紀の反ファシズム統一戦線だ」と言って回っていますが、ヨーロッパで行われたのは、共産党の不倶戴天の敵だった社民党ブルジョア政党と手を組んでファッショ政党を孤立させたのが「反ファシズム統一戦線」であって、「ほとんどの勢力がファシズムの方向に向かっていくのに対して、左派だけがごく少数で抗する」が「反ファシズム統一戦線」ではありません。それは「大政翼賛会のもとで反戦平和を貫いた戦前の日本共産党」でしかなく、どうも志位氏は後者でイメージしているんじゃないかと思います。

おまけ2:共産党の選挙のたたかい方

 立憲民主ポジション狙い、立憲民主の左派票狙いだから、政治全体の右寄り批判、立憲民主の代替アピールをしがちなのですが、そこにリソースを割くのはどうなのかと思います。

 多くの国民は物価高騰に苦しんでおり、高市政権の物価高騰対策には不満を持っています。

 だとすれば、左翼としての自分をアピールするのは、何よりもその生活苦に寄り添う政治姿勢と公約の徹底した強調ではないでしょうか。

 特に消費税減税です。

 中道の消費税減税(食料品0%)政策にあわてた高市自民党が「2年限定での消費税食料品ゼロ%」をにわか打ち出しましたが、そもそもこれまでどれだけ消費税公約を反故にしてきたんだという「豊富な実績」もさることながら、よくよく聞いてみれば消費税減税の「検討を加速」するだけだというではありませんか。

www.asahi.com

 国民を愚弄するのもほどほどにしろと言いたくなります。

 高市政権にやる気がないのは明らかです。

 共産党としてはそこを厳しく批判し、すべての消費税の5%への減税をまずは訴えるべきでしょう。

 その上で、財源と税のあり方をセットにした訴えへと進みます。

  • そもそもこんな弱いものいじめの税金を基幹税制にしていていいのか。
  • 大企業や大金持ちへの課税はゆるいままだ。
  • この不公平税制を変えよう。

 そして、そのままの流れで、自民党政治が大企業奉仕であるというゆがみを告発し、それを是正して最賃1700円など、物価高騰に苦しむ国民の手取りを増やし、暮らしに回すよう訴えます。

この12年間で株主への配当は2・8倍になり、大企業の内部留保は、333兆円から561兆円へ、200兆円以上も積み上げられています(日本共産党の政策アピール

中小企業への直接支援と一体に、最低賃金を全国どこでもすぐに1500円に引き上げ1700円にします。大企業の内部留保に時限的に課税して5年間で10兆円以上の財源をつくり中小企業の賃上げを支援するとともに、賃上げ分を課税から控除して、大企業の賃上げも促進します。(同前) 

 党幹部の演説が、少し前は、株主資本主義の話とかから入っていて、うーん、なんか経済学の講義みたいに聞こえないかなと心配していました。(でも、23日の田村委員長の演説を聞いたら、まず消費税から話を始めていて、そこは安心しました。)

 これは全くその通りだと思います。

 安保・外交問題は演説では思い切ってカットするか、比重をグッと下げるべきです。

 この分野では、世論は共産党が短い時間で語って納得してもらえる状況になっていないと思うし、共産党の政策も整っていないように思います。



おまけ3:左翼統一名簿の可能性

 もうこの総選挙では間に合わないでしょうが、次回以降は、左翼としての統一名簿を考えてもいいかもしれません。

 右のかたまり、中道のかたまり、左のかたまり、というわかりやすさ、存在感を出す考え方です。

 日本共産党は今、社民党新社会党沖縄の風などと懇談し、「憲法を真ん中にした共同」などと言っています。れいわにも協議を持ちかけています。

 それはそれでいいと思うのですが、「憲法を真ん中にした…」ではなく、例えば「消費税引き下げ同盟」のような統一名簿にすべきだと思います。国民の手取りを増やすことを中心理念にして、消費税減税の実現を是が非でもやってしまう立場を押し出します。そして、消費税減税を実現してくれるならということで、中道や自民党に対し、政局で絡んでいくようにします。

 こういうことができるようになるためにも、今度の総選挙で共産党には踏ん張ってほしいところです。

 ただ、私としては共産党が組織改革を行う方が先だと思っています。今のままの体質では党自体が萎んでしまう危険性があり、また、国民にも支持されない可能性が高いからです。

おまけ4:「台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべき」が重点政策に

 今回の日本共産党の重点政策を読んでいて、中国に対する政策の中で、「中国の台湾に対する武力行使や武力による威嚇に反対します」とともに、「台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべきです」が入ったことは驚きでした。歓迎します。

 もちろん、これらは前から言ってきたことです。

 ただ、日本共産党は「一つの中国」論をかつては「堅持」する立場でしたが、昨年12月3日の志位インタビューを契機に日本政府と同じ「理解し尊重する」論に変わりました。中国の言い分としては聞くけど、自分たちは必ずしもそうではないよ、というニュアンスです。そうした中で「台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべきです」という文言はもし台湾住民が独立を表明したら、それを尊重せよという主張です。事実上、「一つの中国」論を転換させたと言えます。

 この立場自身も前から日本共産党は言ってきましたが、それを重点政策に押し出したことは画期的なことだと思いました。 

*1:7中総で25年参院比例票ならこのレベルになると警告された議席数。

*2:そもそも立憲民主党は、核兵器禁止条約の加盟さえ公約していませんでした。

*3:なお、社民党やれいわは安保条約を解消するという政策を持っています。消費税について言えば、社民党は廃止する立場を持っていませんが、れいわは廃止を主張しています。

共産党の総選挙目標論議と志位氏の議員引退

 解散・総選挙ということになり、共産党が常任幹部会声明を出しました。

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ここはどこの地形でしょうか?(26年1月神谷撮影)

共産党後退の「総括」の行き詰まりと破綻

 びっくりしたのは、第29回党大会で掲げた「650万票、得票率10%以上」という総選挙目標が「450万票、得票率7・5%以上」に勝手に引き下げられていたことでした。

 「議会を通じての革命」をめざす政党として、国政選挙でどれだけの得票をするかということは、当面の最も重要な目標です。情勢認識や党の現状の認識を総合してその結論が導かれます。

 その最も重要な結論が大幅に変わってしまったということは、それを導いた情勢認識や党の現状の認識が間違っていたか、根本的に変化したことを意味します

 本来なら、大会を開いてそれを変更すべきものです。

 ところが、大会を開くでもなく、中央委員会を開くでもなく、それどころか、幹部会さえ開くことなく、常任幹部会だけで大会目標を勝手に変えてしまったのです。

 もちろん緊急事態の場合にそういうことがあり得ないわけではありません。

 しかし、前回総選挙の後に4中総(第29回党大会期 第4回中央委員会総会)、そして前回25年参院選の後に6中総もありました。見直すために1年から半年は時間があったです。私は、25年参院選共産党が歴史的惨敗を喫したことは、重大な事態だから臨時党大会を開いて全党で議論をすべきだと提起しましたが、党幹部はそうした警告を全く無視して、6中総で大後退について“「突風」が吹いたから”と言い訳する「総括」を出しました

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「これらの『突風』は、選挙戦の真の争点を覆い隠すとともに、わが党の前進を妨げる大きな圧力となって作用した」

「複雑な『突風』が吹くもとで、わが党は、…」

「複雑な『突風』が吹くという情勢のもとで、わが党の主張を広い有権者に伝えることは…」

「『比例を軸に』を貫く点でのこれらの弱点が、複雑な『突風』が持ち込まれたときに、党が存在感を発揮して前進することができなかった一つの要因となった」

(6中総決議より抜粋)

 つまり後退したのは“「突風」という特殊事情だったから”という言い訳をしてきたのです。私から見るとこれはまじめな総括とは言えませんでした。

 ところが今回の常幹声明では、昨年参院選の「比例286万票、得票率4・84%」を「起点」とし「450万票、得票率7・5%以上」を目標にせよ、としました。今でも「突風」が吹き続けているとでもいうのでしょうか? 

 特殊事情であった「突風」が吹いていたはずの状況をなぜ「起点」とし、それを基準した目標へと引き下げるのでしょうか。説明がつきません。実は共産党が大後退したのは「突風」でも何でもなく、基本的な情勢がそれを生み出したということに他なりません。

 

 結局、共産党が大後退する情勢が現在もベースとして続いていることを、党幹部は認めざるを得なくなったのです。「突風」でも何でもなかったわけです。

 これは4中総から6中総で示してきた党幹部の「総括」が行き詰まり、破綻したことを意味します。しかし情勢や党の現状についての再度の真摯な反省はどこにもありません。実践を受けて検証することをしない態度、思っていたのと違う結果が出たことを自己分析しない不真面目な態度です。

 統一した実践を受けて検証することが民主集中制の原則ですから、まもなく開かれる7中総では、6中総の総括が間違いだったと認めるところから始める必要があります。それもしないのであれば、党幹部自身が、規約や民主集中制の原則を踏みにじっていることになるのではないでしょうか。

 もちろん、私は、得票目標の引き下げはせざるを得ないと考えています*1。しかし、そのやり方や過程が、あまりにも反規約・反民主集中制であると言いたいのです。

京都のとある駅から(26年1月神谷撮影)



志位氏の議員引退も行き詰まり・破綻の表現

 このことに関連して、志位和夫氏が議員を引退し、次の総選挙には出馬しないということを表明しました。

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 私から見れば、これもそうした共産党の大幅後退のまじめな総括をしてこなかったことの行き詰まりの現れであり、その破綻を示すものだと思います。

 

 志位氏は議員引退について「私自身の心の中では、2年前、2024年1月の第29回党大会で、新しい党の体制をつくった時に、だいたい決めていた」として、あたかも前々から考えてきたように述べています。

 しかし、不出馬会見の発言を読んでもそのように読める箇所はありません。他のことについて述べた部分*2を強引にそのように解釈しているだけです。

 ではなぜ志位氏は不出馬を突然表明したのでしょうか。

 志位氏が出ていたのは衆議院比例の南関東ブロックで、前回総選挙では43万7724票の得票でした。AIに計算させたら、あと約8万5000〜9万票減ったら1議席失うということでした。ということは2割得票が減ったら志位和夫氏は落選することになります。

 2割減。

 前回総選挙では共産党全体の比例得票は361万票で、翌年の参院選の比例得票は286万票となって、総選挙に比べて3割減っています。

 つまりこのままいけば南関東で「志位落選」という非常に無様な状況になってしまいます。

 志位氏はそのことにぞっとし、急遽出馬を取りやめ、後付けでいろいろ言い繕ったのではないでしょうか。

 

 そもそも24年1月の党大会で志位氏が議員引退を考えていたならなぜそれから10ヶ月もたった24年10月の総選挙に出馬したのか、今回もどうして候補者発表が現職から行われなかったのか、「世代交代のため」と言いながら発表された比例候補で元国会議員の畑野君枝さんは2つしか違わないのでは、など疑問がつきません。それは急に気づいて怖くなった、ということで整合的な説明がつきます。

 

 そうだとすれば、参院選の大後退をまじめに検証せず「突風」だなどと言ってすませてきたことのツケが、「突然の志位氏不出馬」という大破綻となって現れたというふうに考えることができます。

 だから、私は、志位氏の議員引退表明を白けた気持ちで見ました。

 私一個としても、志位氏の国会論戦に学んだことはそれなりにありましたが、そういう問題ではないからです。

 志位氏クラスの議員引退となれば、その論戦の軌跡を振り返り、全党、とりわけ議員が自身の議会活動の糧とするはずのものですが、記者会見で志位氏自身が述べた、含蓄の乏しい、間に合わせのまとめが、なんとも言えない哀愁さえ誘います。それはあわてて臨んだ会見だからでしょう。(詳しくは下記の「まとめ2」をどうぞ)

 

福岡市内の川のそば(26年1月神谷撮影)

 議員職(候補者職)からは逃げ出しても、議長職はそのままのようです。

 私の裁判や松竹伸幸さんの裁判では、志位氏は引き続き被告です。

 異論排除の不当な追放、およびハラスメントの全容を裁判で徹底的に暴き、議長職のまま、その責任を取るようにさせたいと思います。

(本文終わり)

北九州市内(26年1月神谷撮影)



おまけ

 下図は福岡県で使われている共産党後援会ニュースです(26年1・2月号外)。次の26年2月の総選挙に向けては、25年参院選並みの得票では、現在九州・沖縄ブロックで獲得している共産党衆院比例の1議席は失われ、あと1.5倍化しないといけないという大変な状況がつわたってきます。

 全国的に共産党を取り巻く支持の状況が深刻なことがわかると思います。

26年2月の総選挙に向けた福岡県の共産党後援会ニュース。
南関東に限らず共産党を取り巻く事態の深刻さがわかる。

 

おまけ2

 「いや、志位氏はこの会見の後半の記者との一問一答ではけっこう語っとるじゃないか」と思われるかもしれません。

www.jcp.or.jp

 しかし長い議員生活を振り返って志位氏は「自民党政治の劣化」とまとめていますが、「自民党政治の劣化」は不破哲三氏が10年以上前から語ってきたキーワードの「劣化版」ですよね。33年もつとめてきながら結局大先輩のひそみにならって自分の仕事をまとめてしまうあたりは、逆にいかにも志位氏だという気もします。そこは「自分の言葉」が欲しかった。

 また、この記者会見、たとえば志位氏は「世代交代」についても語っていますが、年齢については上記で述べた通りです。加えて、年齢を持ち出して「出処進退はそれぞれの方の判断を尊重」「私のケースが基準になるわけではない」と言いながら「比例の場合は、世代交代を自覚的にやらないと」と述べており、支離滅裂です。仮に95までやる人が候補になったり議員で続けてもそれは「本人の判断を尊重する」のでしょうか。志位氏は、高齢(78)の赤嶺政賢氏が引き続き候補者として出ることの矛盾に気づいてあわてて“比例と選挙区候補は違う”という「にわか基準」を喋り出すのですが、赤嶺さんは比例重複ですよ…。もうめちゃくちゃです。自分の「思いつき」を合理化するために、その場でガラクタな「基準」を量産するのは、やめてほしいです。

 党員減少や高齢化など「党勢の課題」を聞かれているのに、志位氏は国政での躍進の話をしているのも噛み合っていません。

 あと「やり残したこと」を聞かれた際の回答の中で志位氏は「党の政策や路線を、国民の願いにそくして発展させていくことも必要」と述べているんですが、これは何のことなのかなと思いました。「憲法を真ん中にすえた共同」のことだとすればそれは従来からの路線であって、何も「政策や路線の発展」ではないように思うのですがどうでしょうか。

 ちなみに「反動ブロック形成反対の共同」が、いつの間にか、「憲法を真ん中にすえた共同」にスライドして、社民党新社会党沖縄の風などいわゆる左派だけの共同に置き換わっていることも気がかりです。いや、そういう共同はアリ(ありうる)だと思うんですが、概念が不安定で、幹部の好きなように揺れ動いていて、定義的な概念になっていない。定規のように悟性的に定義しないというヘーゲルマルクスの「伝統」でしょうか(笑)

 立民・公明の新党の動きを「注視する」と志位氏が表明したのは、節度があるとは思いました。ただ、安保法制もそうですが、さらなる根っこである安保条約に踏み込まないのはなぜかは相変わらず疑問です。

*1:引き下げ幅がこれでいいのか、議席などの関連目標はこれでいいのかなどは別に検討しなければなりませんが。

*2:「私は、新しい体制のなかで、党を代表するものの一人として、ひきつづき党の活動のあらゆる分野で必要とされる責任を果たす決意です。国政のうえでは、田村新委員長が党を代表する役割を果たすことになります」